彗星は不吉を運ぶ
彗星が尾を引くのは恒星の熱によって周囲の氷が溶けるからだ、と聞いたことがある。
だとすると、明らかに恒星から距離があるというのに尾を引いて飛んでいるあの物体は、やはり彗星ではないのだろう。
こちらに飛んでくる彗星らしきものの数は、六つ。知性体に発見されるリスクを負いながらも尾を引いて飛翔する理由は一体何なのか。疑問が増えた。
「エモーション。データの収集を頼むよ」
『何か気になることでも?』
「まあね。ちょっと気にかかる」
尾を引いて飛ぶ。かなり遠くからでも見えるのは、おそらく自分自身が発光しているからだ。あるいは発光する物質を放っているから。
生物への寄生を目的とする生物が、自分の姿をあからさまにするということは、何かの理由がある。その理由が見えない。テラポラパネシオの話を聞くかぎり、連邦のみならず、知性体と連中の戦闘はかなり昔から散発的に行われているようだ。
ただ『そういう生物だから』という考えで立ち止まるのは、カイトのやり方ではない。恒久的な解決をするわけではなくとも、ルフェート・ガイナンの行動原理くらいは押さえておきたい。
『分かりました。最低限、確実に必要なデータを選別してください』
「まずは連中の体組織の構成。次に、放たれている発光体の波長。確保出来たら連邦に保存されているデータとの照合も頼むよ」
『了解』
久々に、自身の勘が言っている。これはかなり重要なことだと。
彗星に擬態している母体の大きさは、最も大きいもので直径10キロ、小さいもので3キロ程度だそうだ。そういえば彗星擬態型機動母体は、それ自体が生物であるのか、それともルフェート・ガイナンを運んでいる船のようなものなのか。
カイトはクインビーの外に出ると、編隊を作っている連邦の船団から抜け出して、一隻で機動母体がよく見える位置を取った。
『突出するな、そこの船! ……あ、いや! カイト
通信で飛んで来た命令が、途中から忠告に変わった。有名なのも悪いことばかりではないようだ。道理は完全に向こうにあるので、頭を下げて詫びを入れる。
「すみません。連中の姿をはっきりと確認したら下がります。少しだけ待っていただけると」
『わ、分かりました! 射撃開始のタイミングまでにはお願いします!』
「了解です」
通信の向こうでカイト三位市民と会話しちゃったぜ、と船内の仲間と話している声が漏れている。聞こえていますよ?
カイトの目が、先頭の機動母体の姿を捉えた。周囲に光る物質を撒き散らしているせいで、奥にある本体の姿はよく見えない。ここはエモーション頼りだ。
『撮影完了です。下がりましょう』
「おうけい」
射線から外れるようにクインビーを動かすと、カイトも戦闘のために準備を始める。
『おや、サイオニックランチャーは使わないのですか』
「うん。あれを撃つと、他の船の射撃の邪魔になりそうだからね」
『なるほど、確かに』
それに、貫通力の高いサイオニックランチャーは、ばら撒かれる幼体に対してはあまり制圧力を発揮しない。むしろ弾幕のように運用できる方が面制圧には向く。
『彗星に接触してラムアタックとかは』
「幼体どもに群がられる可能性があるけど?」
『……失言でした。忘れてください』
エモーションも、船体にわさわさと群がるアレを想像したのだろう。カイトはそれを思い浮かべて、最初から選択肢には入れていない。やるなら真面目にクインビーの中から操作しないとだ。船体だけでなく、カイトの体にも群がりかねない。
機動母体の先頭が、こちらの有効射程に入った。だが、船団からはまだ射撃が始まっていない。
理由は簡単だ。母体の対応はテラポラパネシオがするからだ。船団が負っているのは、母体がばら撒いた幼体の駆除。幼体が吐き出されない限り、船団は動かない。
「それにしても、何で撃たないんだろうね。こっちで多少は削っても良いような気がするんだけれど」
『それをやると、後ろからついてきている機動母体が離脱を選択するから、だそうですよ。幼体を吐き出し始めたら、母体は離脱しなくなるそうなので』
「なるほど。既に試したわけね。そりゃそうか」
少なくとも戦闘経験は連邦の方が遥かに多いのだ。カイトが今思い浮かべた程度のアイデアなど、既に通過していて当たり前だった。
二体目、三体目、四体目。徐々に他の機動母体も射線に突入してきている。
五体目が射線に入るのと同時に、一体目から発光体ではない何かが出てくるのが見えた。カイトが待機している位置から、相当近い。
『射撃開始!』
同時に指示が飛ぶ。連邦の船団が、一斉に射撃を始めた。
ばら撒かれた物体――これが幼体なのだろう――が、抵抗の暇もなく消し飛ばされていく。だが確かに一体目はばら撒き続けるだけで、離脱を選択していない。随分と近づいてくるその姿を目で追うことはせず、カイトはその後ろからやってくる機動母体に視線を向けた。
「最後尾も……射線に入ったようだね!」
働きバチを差し向けて、放出されたばかりの幼体群を粉砕する。すぐさま次の幼体が吐き出されたので、戻る動きでもう一撃。
発光体をかき混ぜながら、働きバチは二体目の機動母体から放出される幼体群を破壊して回る。
後ろからは三体目、四体目と放出を始めている。物凄い数だ。
「こりゃ確かに、数が要るよね!」
『最後尾も幼体の放出を始めました。機動母体は、視力はそれほどではないのでしょうか』
「あるいは、発光体の放出を追いかけているのかもしれないよ。発光体が見えているうちは離脱しないのかも」
『ありえそうですね』
先頭の機動母体が、クインビーの近くを通り過ぎていく。見たいという欲求をねじ伏せて、働きバチの操作に集中する。こちらがいちいち見るまでもなく、エモーションが上手いこと撮影してくれているはずだ。
他の機動母体も徐々に近づいてきたので、カイトは対象を二体目から後ろにずらしていく。
少しばかり働きバチの動きが鈍くなってきたように感じる。何だろう。
「エモーション。働きバチの反応が良くないんだけど」
『確認します。……付着した体液の関係でしょうかね。強い酸性です。働きバチはキャプテンの超能力で防護されていますが、その周囲に体液が付着して結晶化しています。削り落とさないとパフォーマンスが低下しますよ』
「了解!」
幼体の体液は酸性の液体だが、宇宙空間でほどなく凍結しているようだ。その状態で他の幼体を破壊するから、体液が重なって結晶化しつつあるのだとか。
一度働きバチを退避させて、それぞれを擦り合わせるように指示。結晶はほどなく剥がれ落ちて、動きが目に見えて良くなる。
何かの研究に役立つかもしれない。後で結晶を回収しようと思いながら、働きバチを再度機動母体たちへと差し向ける。
と、強い超能力の反応。カイトはちらりと視線を後ろに向けた。
ディ・キガイア・ザルモスから、虹色の光が放たれる。いや、それを捉えたのはカイトの目だけだったかもしれない。虹色の光は機動母体を包むと、ぎゅっと収縮したように見えた。
「うわお」
何も見えなければ、ただ機動母体が破裂しただけのように映ったかもしれない。破裂した後には、機動母体の痕跡は跡形もない。吐き出されていた幼体ごと、ぐしゃりと握り潰したわけだ。
テラポラパネシオが攻撃的な超能力を発揮したところを見たのは、そういえば初めてだったかもしれない。
ディ・キガイア・ザルモスが前に出てきた。一気に他の機動母体も射程距離に入っていく。程なく機動母体はあますことなく潰れて消えた。
「……機動母体の標本とかって、連邦に残っているのかな?」
『……どうでしょう?』
吐き出された無数の幼体は、惑星や小惑星に辿り着くこともなく圧倒的な火力の前に残さず破壊されていく。こちらはテラポラパネシオの破壊と違って、残骸がそれなりに残っている。
「こっちは標本になりそうなぶん、問題なく残りそうだね」
『……そうですね』
テラポラパネシオが銀河最強の戦力と呼ばれる理由が、よく分かる対比だった。
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