思ったよりも大規模な

 エンディリア星系に到着したカイトは、集まった船団のあまりの数に驚きを隠せなかった。

 それだけ連邦および連邦市民が、彗星擬態型機動母体を危険視しているということだ。詳しい事情を教えてもらえたわけではないので、取り敢えず知り合いがいないか探すことにする。

 いちいち確認して回らなくても、エモーションに頼めばすぐに探し出してくれる。


『居ました。テラポラパネシオの船です』

「……仕方ないかぁ」


 探せば他にも知り合いがいそうな気がするが、あらゆる点で話が早いのは間違いなく宇宙クラゲだ。

 連邦の勢力下にいる限り、宇宙クラゲとの縁は切れないのかもしれない。

 クインビーをディ・キガイア・ザルモスの付近に走らせると、テラポラパネシオの側もこちらに気付いたようだった。


『カイト三位市民エネク・ラギフ! 来てくれたのだな』

「はい。取り敢えず向かうようにとニディキッド議員から」

『ああ、済まない。特別に緊急の事態なので、情報は最低限のものしか届いていなかったようだね』

「ええ。ですので色々と教えてもらえれば」

『もちろんだ。我々はここで連中を迎撃する。到達までは時間があるのでな、何でも聞いてくれたまえ』


 やはり話が早い。クラゲ状の生物さえ関わらなければ、宇宙クラゲは本当に頼りになる。ともあれまずは、なぜこんなに船が集結しているのかを聞いておかなくてはならない。


「随分と船が多いですね。連邦の船団が、一つの目的でこんなに集結しているのを見るのは初めてかもしれません」

『そうだな。彗星擬態型機動母体は極めて厄介でね。連中が立ち寄った宙域を徹底的に確認しなくてはならないのだよ』

「徹底的に確認、ですか」


 宇宙クラゲの説明は、エモーションが確認した情報にはなかった部分を補填してくれる内容だった。

 彗星擬態型機動母体は宇宙空間を移動する際に幼体をばら撒くのだが、惑星や小惑星の別なく、軌道の付近に存在する岩石形質の物体に向けて散布される。幼体はそれぞれ本能に応じて別々の行動を取るのだが、生命のいる星といない星とで行動の内容が大きく異なるという。


『生命のいる星であれば、惑星への落下後、近づいてきた生物に寄生する。寄生した生物の情報を取得しながら成長し、苗床になった生物の肉体を食い破って出てくるわけだ。そして脱皮を繰り返し、成体になったら本能に従って他の生物を襲うようになる』


 聞けば聞くほど、カイトたちがよく知る映像作品のクリーチャーに似た生態だと感じる。発見者と研究者の名前を取って『ルフェート・ガイナン』と呼ばれているだけでも、違いが見つかってありがたいと言うか。

 それにしても、幼体を無作為にばら撒く意味がいまいち分からない。生物が存在する惑星に突入させるのは分かる。他の生物に寄生することで仲間を増やすか、成長するのが目的だと思えば辻褄が合うからだ。

 分からないのは、生物が存在しない惑星や小惑星にまでばら撒く理由だ。生物に寄生して増えるのが目的なのであれば、そんな場所に幼体を放り込むのは明確に意味がない。


「生物がいない星では、連中はどうするんです?」

『様々だ。地球でいう卵のような形状でじっとしている者もいれば、地中に潜る者、他の生物がいないか探して回る者もいる。動き回っている個体は生物がいないといつの間にか餓死しているがね』

「ふむ……」


 やはりよく分からない。そもそも彗星に擬態する理由も分かっていないというから、カイトがあれこれ推測しても意味はないのかもしれないが。


『ここで連中を待ち受けるのは、連中の動いている軌道からして、ここを目指してくる可能性が極めて高いからだ。通った宙域を探るのも大事だが、まずは元凶である母体を駆除しなくては被害が増えるだけだからね』

「それは分かります。これだけの船団がいるということは、その母体が吐き出す幼体は相当の数が?」

『それもある。幼体の一匹たりとも惑星に落としてはならないから、とにかく手数が必要なのだよ。それに、母体の駆除が終わった後にもやることがあるからね』


 一匹たりとも残さないと言っている以上、母体の駆除が終わった後にやることの見当もすぐにつく。確かに、これだけの船団が集まってもまだ足りないかもしれない。

 

「観測された最初の宙域からここまで、どれだけ幼体をばら撒いたかの確認と駆除、というわけですか」

『そういうことだ。さすがはカイト三位市民、良い洞察力だな』


 宇宙クラゲに褒められても、何故だかあまり嬉しくない。

 カイトは軽く笑みを浮かべるに留めた。まだ聞きたいことがあったからだ。


「小惑星についた個体も駆除するんですね?」

『ああ。惑星の持つ重力に引かれて、落下する可能性もあるからな。多くは小惑星と一緒に燃え尽きるんだが、たまに地上に着弾するものがいる』

「そんな状態でも生き残っているんですか!?」

『実際、その形で侵入を許してしまった惑星は過去にあった。気付いた時には、その惑星に生存する生物のおよそ四割が減少していたよ』


 連邦がルフェート・ガイナンの侵入に気付いたのは、小惑星の落下から半月も経っていないという。その間に怪生物は惑星の生物を四割も減らしてしまった。もう少し遅れていたら、間違いなくその惑星は滅びていただろうと宇宙クラゲは結ぶ。


「その惑星は連邦に参加していなかったのですか?」

『ああ。我々が観察をしていた惑星でね。目につく範囲で殲滅はしたが、結局すべてを駆除出来たかは分からなかった。当時の連邦はやむなく彼らのために居住用の人工惑星を作って、残った生物を移住させることにしたのさ』

「なるほど……?」


 そういった過去の苦い経験があるからこそ、連邦は数多くの船で迎撃態勢を取ったし、テラポラパネシオを動員してもいる。


『他の我々は、連中の発生源から逆算して周辺に異状がないか調べている。母体が航行可能になる前に、どこかで悪さをしていないとも限らないからな』

「彗星に擬態するまで、見つけるのは困難なのでしたっけ」

『そうだ。だからこそ、動き出してからは即時の駆除が必要なのだ』


 これもまた、解せない話だ。

 彗星に擬態しはじめた途端、天敵たる知性体が襲い掛かってくるのだ。本来は彗星に擬態などせず、見えないままに侵食した方が生物としては効率的だ。

 まるで何者かに、自分たちがここにいることを証明しようと言わんばかりに動いている。戦いたい願望でもあるのだろうか。

 つくづく、目的が理解できない生物だ。


『ふむ。連中の生態に興味を持つとは、感心なものだ。そういえば今回の船団の中にサイトー博士もいるはずだ。あとでルフェート・ガイナンの生態について、氏の考察なども聞いてみたいものだな』

「伝えておきますよ」


 そうか、ゴロウも来ているのか。カイトたちとの関わりを機に、フィールドワークの楽しさに目覚めでもしたのか。

 と、にわかに船団の動きが慌ただしくなった。どうやら来たようだ。


「彗星擬態型とやらが来たんでしょうかね」

『そのようだ。さて、配置につくとしようか』


 と、テラポラパネシオが星系を背負うようにディ・キガイア・ザルモスを動かした。次々に追従していく周囲の船団。

 カイトとクインビーは少々出遅れた。その間に宇宙クラゲから通信が入る。


『カイト三位市民。君たちには、ばら撒かれた幼体の駆除に参加して欲しい。何しろ数が多くてな。君たちが手伝ってくれると心配がいくらか減る』

「分かりました。彗星の方はどうします?」

『この個体がどうにかするさ。心配いらない』


 普段は温厚な宇宙クラゲから、極めて濃密な殺気が漏れ始める。

 カイトはそれを頼もしいと思うと同時に、テラポラパネシオや議員たちの慌てた態度の意味と、彗星擬態型機動母体の厄介さが理解できた気がした。

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