彗星擬態型機動母体とかいう端迷惑な代物

 その連絡があったのは、カイトとエモーションがラーマダイトを出て、二人が次の目的地をどこにしようかのんびり話し合っている時だった。

 連邦からの通信が入る。出てみるとモニターには見慣れない人物の顔が映る。


『カイト三位市民エネク・ラギフ! 私は連邦議員のニディキッドだ。連邦内で一定以上の戦力を保有している市民に緊急の要請が出ている』

「何ごとです?」

『エンディリア星系付近にて、彗星擬態型機動母体が発生した。駆逐のために君たちの力を借りたい』

「彗星擬態……何です?」

『そこにエモーション五位市民アルト・ロミアはいるな? 情報は送っておくから、今はとにかく向かってくれ! 事態は一刻を争う!』


 言いたいことだけ言い終えると、議員らしい人物は一方的に通信を打ち切った。何なんだろう。


「ええと、エモーション?」

『はい。今の人物がニディキッド議員であるのは間違いなさそうです。また、議会からも彗星擬態型機動母体の駆逐ミッションが発令されています。情報に間違いはなさそう……ですね』


 少しだけ疑っていた、勢い任せの詐欺という線はこれで消えた。エモーションのレスポンスが弱いのは、ニディキッドとやらが手配すると言った情報を確認しているためだろうか。

 それで結局、彗星擬態なんちゃらというのは何なのか。彗星に擬態している生物らしいというのだけは分かったが、逆にそれ以外には何も分からない。


「それで結局、一体なんなのさ」

『ええと、送られてきた情報によりますと、宇宙空間でも生存可能な生物のようですね。彗星に擬態して長距離を航行する母体が、周辺の惑星に幼体を撒き散らしていくという生態を持っています。根本的に知性体と相容れない生態であるためか、連邦の定める敵性生物として登録されているようです』

「あの剣幕だから、危険な生物らしいってことはよく分かったよ」


 取り乱しているとでも言えそうなニディキッドの態度から、相当慌ただしいミッションだということは分かる。

 声をかけられたのが自分だけではないというのはちょっとした安心ポイントだ。連邦議会は、カイトとクインビーを戦力として便利使いするような組織ではない。分かっていたことだし信頼もしているが、それが証明されることで毎度安心するのは仕方ないことでもある。


「取り敢えず事情は分かったよ。それじゃエモーション。エンディリア星系だっけ。急いで向かうとしよう」

『そうですね』

「あと、その彗星擬態型母体とかいうやつの情報、適宜追加を頼むよ」

『了解しました』


 視界に示されたナビに応じて、クインビーの舳先を傾ける。

 転移を起動しながら、カイトはエモーションの準備した情報に目を通すことにするのだった。


***


 彗星擬態型機動母体。

 連邦のみならず、ほとんど全ての組織で発見次第の即時殲滅を義務付けられる、生粋の敵性生物である。

 その生態は謎に包まれている。連邦でさえ、彼らの発生源などの特定には至っていないというから相当の隠蔽能力だと言える。宇宙空間を生身で航行する能力を持つことから、珪素生命の一種ではないかという研究もあるようだ。


「ま、体の材質はこの際あまり関係ないかな……?」

『同感です』


 知能は高いが、知性はない。それが連邦による断定。テラポラパネシオが過去に一度、コミュニケーションを取ろうとした記録が残っている。結果は不可。食欲と繁殖欲求だけが肥大しており、自分たち以外の生物は全て餌か卵を産み付けるための苗床という認識しかない。頭がおかしくなりそうだった、というのは当該のテラポラパネシオの残した言葉だ。

 かれら(と言っていいものか分からないが)は唐突に彗星の形状で観測される。それ以前にどういった形で移動しているのか、どこから来たのかは確認の方法がないために観測不能とされている。

 彗星に擬態している理由も不明。わざわざ彗星のように宇宙空間を飛翔しなければ発見も出来ないというのに、かれらは常にそういう形で宇宙空間を移動する。何か意味があるのか、何の意味もないのか。それすらも掴めていないのだとか。

 さて、宇宙空間を飛んでいるだけならば、それ自体は特に問題はないのだ。だがかれらが敵性生物とされるのは、その傍迷惑な生態が原因だ。


「……生物に寄生、ねえ」

『厳密には産卵先を他の生物にしている、というのが正しいでしょう。地球に存在する寄生型の生物に似ていますね、確かに』

「まあ、そうだねえ。ぞっとしないなあ」


 寄生されるのは嫌だな、と考えていると端末に注釈が表示される。宇宙に進出して身体改造を施している知性体であれば、産卵されても寄生を防ぐ機構が組み込まれているので問題はないという。

 万が一カイトが体内に産卵されたとしても、体に組み込まれた微細マシンが孵化する前に卵を破壊するから問題ない、と。


「いや、そんな怪生物に組みつかれるのが嫌だって話なんだけど」

『ではクインビーの外に出なければ良いのでは?』

「それも手かなあ。でも、それだと出力が分かりやすく下がるんだよね」

『テンションが上がらないから、ですか?』

「そう」

『きゅるきゅるきゅる……』


 そんな厄介な船を何故選んだ、と言わんばかりのエモーションの声。

 済まないねえ、と誠意のかけらもない声で謝りつつ、カイトは端末に保存されている彗星擬態型機動母体と、その幼体とやらの画像を見る。

 なんとも直視に堪えない醜悪な外見だが、それを見つめるカイトの眉根が思わず寄った。何だろう、見覚えがあるような。


「エモーション。僕はこいつらの姿に何となく見覚えがあるのだけれど」

『見覚え、ですか? 変ですね、キャプテンはこの生物と遭遇したことはないはずですけれど』

「そのはずだね。だけど、何かひっかかるんだよなあ。それこそ、連邦に来るより前に見たような……あ」


 唐突に記憶が戻って来る。そうだ、そのものではないがよく似たものを見た覚えがある。

 カイトは片手で額を押さえつつ、エモーションに告げた。


「ねえ、エモーション。そんな場合じゃないのは分かっているんだけど、ちょっと見たい映画があるんだ」

『はあ』


 実際に見たのは随分と前だ。ホラー系はあまり好きではなかったので、見たのも一度だけ。

 似ているように記憶しているだけで、実際に見比べてみればそんなに似ているものでもない。そうに決まっている。

 この時のカイトは、無邪気にもそう思っていたのだ。


***


「……ええと」

『……何も言わないでください』


 カイトは思わず天井を仰いだ。

 激似だった。むしろデザイナーはこれを間近で見たことがあったんじゃないかと言わずにはいられないくらい。

 混乱しているのは、カイトよりもエモーションの方だろう。さっきからずっときゅるきゅる言っている。ホラー映画としてのこれが怖かったわけじゃないはずだ。たぶん。


『キャプテン。地球の歴史には彗星擬態型機動母体と接触したなんて記録は残っていませんよね』

「残っていないねえ。残っていても不思議じゃない気がしてきたけど」

『やめてください! 論理矛盾が発生しそうです』


 珍しくエモーションが悲鳴を上げる。

 カイトも心から取り乱したいところだが、収拾がつかなくなる。取り敢えず偶然だろうと思考を誤魔化しながら、強引に意識を切り替える。


「ま、まあ最早確認の方法はないわけだし。現地に行こう」

『……そうですね。急ぎましょう』


 あらゆる問題を棚に上げて、カイトとエモーションはエンディリア星系までクインビーを急がせることにしたのだった。


「……そういえばさ、エモーション」

『なんです?』

「君が保存していたデータ、一旦全部連邦に売却してたよね?」

『はい。それが何か……あ』

「大騒ぎになってないといいけど」


 エモーションが売却した中には、当然ながら先程閲覧した映像も残っている。

 カイトとエモーションは、どうか騒ぎにならないでくれと願った。

 それがきっと叶わないだろうと自覚しながら。

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