地底を知らぬ者たちが

 人工天体『ラマディア』。

 数名の小人族を乗せてラーマダイトに現れたこの人工天体は、何と惑星ラガーヴの移転のために用意された人工天体のひとつであるらしい。

 他の人工天体が故障したり、当初予測よりも人工天体の必要数が多い場合に備えて準備されていたが、結局使われることなく保管されていたという。それが今回、ラーマダイトの事情が明るみに出たことによって流用される運びになったのだ。


「ラマディアの代表を務めるパシネシ・オと申します。階位は六位市民アブ・ラグです! よろしくお願いします!」

「よろしく、パシネシ・オさん」


 代表を務めるのも小人族だった。六位市民ということは、かなり優秀な人材が送り込まれてきたということだが。


「この人工天体には僕だけでなく、百名ほどの小人族が常駐します。そのうち二割を今回連邦に迎え入れた地上小人族で構成する予定です」

「予定、ということはまだ来ていないんですね」

「はい! 合流のためには学ぶべきことが多いという判断です! それに、長老たちの頃のように、今回地上で暮らす小人族は全員受け入れました。しばらくは地上小人族と呼ぶべき小人族は発生しないものと思われます」


 カイトはパシネシ・オの話を聞きながら、ラーマダイトの小人族について考える。地底小人族にとって、地上への追放は死刑に等しい。政変の直後なので、それなりの数が地上に送られることになるだろう、というのがエモーションの推測だった。彼らを地上小人族と認めるかどうか、というのが最初の判断基準となる。

 エモーションは特に異論を挟むでもなく黙って聞いていた。彼らの決めてきた基準で構わないと思っているのか、それとも別の理由か。


「同胞の件、お力添えありがとうございました。地上小人族と地底小人族の線引きについてですが」

「はい。私が見てきた地底小人族の情報を元に、線引きをどのようにするかアドバイスをするように承っています」

「地底の同胞たちは、エモーション五位市民アルト・ロミアにはどのように映りましたか?」

「そうですね……。見ている世界の規模が小さい、と思います」


 エモーションの言いたいことは、カイトにも分かった。

 地底小人族にとって、自分たちが住む地底こそが世界のすべてなのだ。自らが『天のひとや』と呼ぶ地上は、彼らにとっては異世界にも等しい。だからこそ、追放刑などというものが存在するのだろう。

 カイトの基準では、地上を知らないのが地底小人族、地底を知らないのが地上小人族だと思っている。地上に住む小人族として、地底に帰ることなく一世代以上経過した者が地上小人族だと認めて良いのではないかと思っている。

 その間に獣の被害に遭うであろう小人族には酷な基準だと思うが、それなりに分かりやすくはある。


「ボルノ・ッキ氏たちの祖先は、自分たちの命を懸けて地上に適応しました。地上に適応し、地底での生活と比較しない小人族を地上小人族と判断するのが良いかと思います」

「なるほど。参考になります」


 やはりエモーションの基準も、カイトとそう変わるものではなかった。

 パシネシ・オも特に異論はなさそうだ。その辺りが現実的な落としどころでしょうか、と頷く。

 だが、それで終わりとはいかなかった。最後の確認です、とパシネシ・オは何とも判断に困る仮定を提示してくる。


「地底小人族が政策として地上での生活区域を広げようとし始めた場合は、どうしますか」


***


 地底帝国で、ゼレキア・ラ帝は唯一残った神器を手に玉座に座っていた。

 帝室に実権が戻ってきたのだ。それを自分の代で成し遂げられたことが、何よりも誇らしい。

 神器の使い方も修繕方法もザルト・ヴァから聞き出している。これを使いこなせれば、地底の小人族は更なる繁栄を手に出来るはずだ。バッサレムやダンダリオルもある。最終的には天の獄への進出も考慮すべきだろう。自分の代ではなく、子や孫の代の栄光にしてやっても良い。

 駄目だ。普通にしていても思わず笑みがこぼれる。


「ふふ。この国はきっともっと良くなる。素晴らしいことだな」


 ゼレキア・ラ帝はおろか、地底の小人族は誰も知らなかった。

 狡猾なザルト・ヴァは、自分の活路を残しておくべく、神器の修繕方法の中でひとつだけ伝えなかった内容があった。

 彼にとっての誤算は、いくつかある。ひとつは彼が失脚する原因となった樹上小人族。彼らが厳密には地上ではなく、もっと別の場所からやってきたことに最後まで気づかなかったこと。二つ目は、樹上小人族がカイトを獣として使役していると勘違いしてしまったこと。キャプテンという名前の新種の獣だと誤解したのだ。自分たちの地上での安全を甘い見積もりで確認しようとしたザルト・ヴァは、結局その内容を誰に伝えることもないまま二度と帰らなかった。

 結果、地底小人族は知らず知らずのうちに、神器がいつ壊れるか本人たちにも分からないというチキンレースに巻き込まれる羽目になった。


「帝国中興の祖、などと呼ばれたりしてな。ふふ……」


 ゼレキア・ラ帝は生涯知ることはなかった。

 彼の死後、何代か後の代で神器が破損し、二度と修繕できなくなることを。

 そして地底での移住生活を送ることが出来なくなり、帝室が解散することになる未来を。


***


「地底と地上を行き来するのであれば、それは地底小人族と見るべきでしょう。あくまで精神性は地底小人族ですから、地上小人族とは認めるべきではないかと」

「なるほど。長老もアディエ・ゼ五位市民も同じ意見でした。やはり地底の同胞は同胞と見なすべきではありませんか……」


 納得したという様子でパシネシ・オは、カイトとエモーションに頭を下げた。


「カイト三位市民エネク・ラギフ、エモーション五位市民。貴重な情報をありがとうございました。この基準は文章として整理した後、連邦議会の裁可を受けようと思います」

「ええ。頑張ってください」

「はい!」


 カイトも、エモーションも知ることはなかった。

 この後、エモーションとラーマダイト小人族が定めた方針のために、ラーマダイト小人族は二度と地上に小人族の勧誘に向かわなかった。

 何世代か後の地底小人族が、地底と地上を行き来しながら自分たちの居住空間を確保しようと考え始めたからだ。

 ラマディアは結果的に無用の長物となってしまったが、その後も長きにわたってラーマダイトの自然の移り変わりを見守り続けたという。


***


「さて、次はどこへ行こうか。エモーション」

『そうですね。燻製を齧りながら、ぼちぼち考えることにしましょう』

「それはいいね」


 今日も今日とて、カイトとエモーション、クインビーは平常運転である。

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