ザルト・ヴァの零落
「やれやれ。こんな多数を一気に追放するなんて、過去なかったんじゃないか?」
「いい気味だ。俺の大叔父さんはこいつらに追放されたんだ、今度はまとめてこいつらの番ってだけさ。良かったな、一族の仲間と一緒でよ」
罵倒とともに、四本の腕を縛られた小人族がぞろぞろと天道を歩かされている。先頭はザルト・ヴァ、そして後に続くのは彼の一族。老若男女の区別なく、全員が追放されるはこびとなった。
地底小人族は、それを歓迎した。ザルト・ヴァの一族は預言士の一族だったために追放を免れ、それゆえに数も多い。
彼らを追放することで、地底の人口が減る。少なくとも自分たちの家族が追放されることは、向こう数世代にわたってなくなったのだ。しかも、一族単位で同胞への背信行為を働いたのだ。同情する者は一人もいなかった。
「それにしてもよ、こんなに多くて聖地は大丈夫なのか? はみ出るんじゃねえの」
「だから今回はこの人数なんだろ? お前ら、早めに安全な棲み処を見つけるんだぞ。次から来る連中が大変だからよう」
ザルト・ヴァの一族を連れて天道を登る人員は、『ダルヴァ・ニの解放者』だった者たちから選ばれている。家族を追放されたことを恨んでいる彼らは、間違ってもザルト・ヴァたちに温情をかけようとは思わないからだ。
ゆっくりと天道を登り切った一行は、聖地の中にぞろぞろと並ばされる。全員が揃ったことを確認したところで、一人だけ縛られていた手を解放される。
「ほらよ。刃物だ」
「変なことを考えるんじゃねえぞ。それを使っていいのは、仲間の縄を切るためだけだ。まあ、終わった後は好きにすればいい」
「分かっていると思うがよ、壁にかけてある槍は全部持って行っていいぜ。精々頑張って生き延びるんだな」
そう言って、ザルト・ヴァたちを連れてきた小人たちは元来た道を戻って行った。
途中、エモーション一行を案内した時には使われなかった扉が、軋るような音を立てて閉じられる。地底側からは開けられるが、地上側からは決して開ける方法がない、絶対の隔壁。
元々は、偶然にも聖地に迷い込んだ獣が地底に来るのを防ぐための扉だった。しかし今では、追放された小人族の戻る望みを断ち切るためのものでしかない。
ザルト・ヴァはどうやっても扉が開かないことをよく知っていた。これを作ったのは、かつての自分たちの祖先だったからだ。
解放された少年が、渡された刃物を使って同胞の縄を切っている。聖地がいっぱいになるほどの同胞が、あの恐ろしい天の
***
ザルト・ヴァの一族は、地底の要職に就いていた者が多い。自然と、地上こと天の獄についてもそれなりに知識を備えている者が多かった。
巨大な獣が支配する、ジュモクに溢れた世界。バッサレムやダンダリオルの前には手もなく逃げを打つようなものばかりだが、生身の小人にとっては恐ろしい天敵ばかり。
「……ダンダリオルを一蹴した、あの獣を手懐けなくてはならない」
追放されることが決まり、実際に追放されるまでの日々。情報を尋問や拷問で容赦なく絞られながら、ザルト・ヴァは来たる追放の後にどう自分たちが生き延びるか知恵を絞っていた。
そして、最も生存可能性が高い可能性に賭けた。あの二本腕を探し出して、手懐けること。
あの伝説の樹上小人族が連れていただけあって、凄まじい闘争能力だった。バッサレムを破壊し、ダンダリオルを苦もなく退けてしまったあの獣を、上手く手懐けることが出来れば。天の獄での安定した生活はおろか、地底での復権さえも見えてくるのではないか。
何人かは調整室であの光景を見ていたようで、ザルト・ヴァの方針に積極的に賛成してくれた。
だが、問題もある。そのうちのひとつは、何とも根本的なものだった。
「問題は、あれがどこにいるのかということだ」
「ええ。これまでにあんな二本腕、一度も見たことがありません」
「よほど希少な生物なのだろうな。樹上小人族はあれを手懐けたから、移住生活をする必要がなくなったと見る。相当に知能が高そうだった。もしかするとどこかに定住しているのかもしれん」
天の獄の獣は、食糧を求めて移動生活をするものが少なくない。ジュモクや、周囲に住む別の獣を襲って喰らい、餌が減ったら他の地域へ流れていく。大型の獣ほどそういった傾向が強く、そういった獣に食い荒らされた地域から逃げるかたちで小型の獣も移動生活を送る。
だが、二本腕の獣はそんな悩みとは無縁そうだった。何しろバッサレムやダンダリオルも敵にならないのだ。むしろ大型の獣ほど勝負を避けているかもしれない。
「樹上小人族が連れていたのだ、それほど遠くはないはず。そして、獣どもが寄り付かない場所……やはり山だろうか」
「なるほど!」
ザルト・ヴァの一族は、これまでにも比較的天の獄を観察する機会が多かった。そして、その記録をずっと残している。もしかすると、祖先はいつか自分たちが地底から出る可能性を予測していたのかもしれない。
そして過去の観測結果から、獣たちは山には近づかないということを知っていた。
この大地に山と呼べる地形は決して多くない。だが幸運にも、聖地の近くにもひとつ山が存在していた。ザルト・ヴァは自分たちの持ち合わせた知識から、二本腕の獣は山に住んでいると当たりをつけた。
「あまりここにも長居はしていられないな。だが、この数でいきなり動くのはあまりに危険だ。何名か、周囲の探索に出てはくれないか」
「では俺が」
「私も」
ザルト・ヴァの言葉に、数人が名乗り出てくれた。誰もが年若く体力もあり、そういった行動に適している者たちだ。
「済まないな、頼む。……くれぐれも気をつけるように」
「はい。山への道筋を必ず見つけてまいります」
「期待している」
地底から持ち出すことを許された食糧は、決して多くない。ここにずっと居座ることの出来ないようにするための措置だ。だが、それもまたザルト・ヴァの一族が決めて、追放された同胞に強いてきたことでもある。これまでの行為が、我が身に帰ってきた。ザルト・ヴァは思わず深いため息をついた。
「行ってまいります!」
「頼むぞ」
――そして勇んで出て行った若者たちは、誰一人として戻っては来なかった。
***
なまじ地上のことを知ってしまっていた彼らは理解していなかった。
獣たちが、自分たちには理解も出来ないほどの精度で餌となるものを見つけ出すことを。
かつて追放された同胞たちが、土と葉の間に身を隠しながら、必死の思いで棲み処を探し続けたことを。
時に年老いた者が、若い同胞を生かすために覚悟を持って囮になったことを。
「うわあ、助け! 助けて……誰か!」
そして、悲しいほどに彼らは他の獣と比べて足が遅かった。
それは地底小人族に限ったことではない。小人族すべてがそうだった。
「いやだ、いや……! 来ないで……!」
かつて地上に追放された小人たちもまた、無数の犠牲の上に命を繋いだのだ。残酷なほどに平等に、自分たちの順番が来ただけのことである。
ザルト・ヴァは誤った。いるかどうかも定かではない二本腕を探すのではなく、あくまで安全な棲み処を探すことに集中すべきだった。
この後に何度か派遣された若者は、結局誰も帰らなかったのだから。
「くそっ! こいつ! 何で効かないんだ!? 大きさは俺と同じくらいじゃないか! どうして!」
そして何より、彼らは知らない。
この星には、ダンダリオルを破壊してのけるような二本腕の生物など、そもそも存在していないということを。
戻ってこない若者達に業を煮やした結果、意を決して総出で山に向かったザルト・ヴァの一族がどうなったのか。
それを知る者は、誰もいない。
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