彼らに配慮を求めることは難しい
巨獣バッサレムの修繕作業も終盤に入っていた。
無数の獣の毛皮が縫い合わせられていたはずの表皮は、まるで元よりそういう一個の生物であったかのようにぴたりと結合していた。地面に接する部位は弾力と展開時の硬度が増幅するように改修されており、傷つく頻度も減るらしい。
あとは地底との接続を繋ぎ直すだけという段になって、カイトは作業責任者のァレメスリカに声をかけた。
最近
「自分にとって初めての天然惑星の重力下での作業となりましたが、随分と刺激的な経験でした」
「お手数をかけました。ありがとうございます」
「いえ! 最初の作業が敬愛するカイト
「そうでしたか」
実際、競争率が高かったんですよと爽やかに告げるァレメスリカに、カイトは内心の困惑を隠して笑みを返した。
さて、ァレメスリカにコンタクトを取ったのは、何も挨拶だけが理由ではない。エモーションが危惧していたことを伝えるためだ。カイトも全面的に同意だったので、念のために注意喚起する。
「ァレメスリカさん。僕は地底の小人族は、自分たち以外の知性体に対する配慮が出来ない種族だと思っています。最悪、回線が繋がった瞬間にこれを全力稼働させたとしても不思議ではありません」
「ほう。ラーマダイト小人族と同じ種族だと聞いていましたが、随分と社会性が幼稚なのですね?」
「彼らは連邦に来てから長いのでしょう? 生物的特徴は同じだとしても、種族としては別物と考えた方が良いかと」
「なるほど。ルティミ・デ
ァレメスリカの考慮するという言葉には、しっかりと本心から言っている空気が感じられた。安心してァレメスリカの前から下がる。
クインビーに戻ると、外で待っていたエモーションが首を傾げる。
「どうでした?」
「ルティミ・デさんも同じことを忠告していたみたいだよ。考慮して対応するって」
「そうですか。それなら安心ですね」
振り返ると、最低限の船を除いて作業船が退避を始めていた。どうやらカイトの言葉は無駄ではなかったらしい。
「まあ、バッサレムが暴れ出して『今度は連邦の船に破損させられた』って話になったら、面倒が増えるだけだからねえ」
「ええ、本当に」
カイトもエモーションも、巨獣によって連邦に被害が発生することなど、まったく心配してはいないのだ。
むしろ、破損することによって地底小人族と連邦が何度も関わる羽目になることの方が問題だと思っている。
「さて、そろそろ出発の準備をしようか。燻製もいい感じに出来上がったしね」
「はい。しばらく船内での食事が楽しみになりますね」
***
地底帝国の作業場には、ここ数日ゼレキア・ラ帝とカディリ・キが毎日のように詰めていた。
ザルト・ヴァの専横によって、彼の血族ばかりが要職に就けられていた状況がひっくり返って数日。バッサレムの操作室だけでなく、地底の要職にはゼレキア・ラ帝とカディリ・キが見出した人員が配属された。その中にはハルガン・ナを始めとした『ダルヴァ・ニの解放者』の面々もいる。
「やむを得ないとは言え、ダンダリオルが消費されたのは痛い。再建造にはどれくらいかかりそうだ?」
「素材の選別から始めないといけませんから、しばらく時間が必要です。まさかあれ程の差があるとは」
「天の
地上の様子を確認出来る場所は、この作業場しかない。バッサレムやダンダリオルの整備・操作を行っているここは、かつては預言士の神聖不可侵な領地だった。そのあちこちで縄で拘束されたザルト・ヴァの一族と、彼らから時に暴力的な手段で情報を引き出している小人族の姿があった。
預言が恣意的なものだったこと、神秘的な能力によるものではなく隠し持っていた神器によるものだった事実。これらは多くの地底小人族を激怒させた。トップであるザルトヴァが誰より先に押さえられていたのも大きい。
混乱はそれほど大きくならず、あっという間に終息した。
「それにしても。バッサレムを打ち倒すほどの獣か……欲しいな」
「無茶を言うな、ハルガン・ナ。我々は勝負に負けたのだ、余計な欲を出すのは良くないぞ」
「分かっているさ、カディリ・キ。今が幸せなことも理解している。これ以上を望みはしないよ」
カディリ・キもゼレキア・ラ帝も、地上にいたカイトが自分たちと同じ知性体だとは思ってもいなかった。樹上小人族は地上で生活するために二本腕の獣を飼い慣らしていると、本気で信じていたのだ。
もしもそれを口にしていたら、彼ら自身が決定的な破局を迎えていたのは間違いない。そういう意味では、そんな内心をテラポラパネシオに看破される前に地上に追い出すことが出来たのは幸運以外の何物でもなかった。
「おっ! 来たぞ、繋がった!」
「本当か!? よし、動かせ!」
「いくぞ!」
地上のバッサレムと地底との命令系が繋がったという反応。カディリ・キとハルガン・ナは勇んでバッサレムの操作を始める。
作業を終えたばかりの地上のことを気にすることもなく。
***
『カイト三位市民とルティミ・デ四位市民の言う通りでしたね。やはり、地底の小人族は連邦と関わるには色々と足りていないと言わざるを得ません』
巨獣バッサレムの口の中からすいすいと抜け出してきたァレメスリカの船から、感謝の通信が入る。彼らの眼下では、山のごとき巨獣が容赦なく樹木を食い荒らし始めていた。
移民船は既に連邦に向かっているし、修繕のためにやって来た作業船団もバッサレムの行動可能範囲からは外れている。カイトが乗ったクインビーもまた。
地上で暴れ回る巨獣をしばらく見下ろして、異常が起きていないことを確認したところで作業船団も高度を上げ始めた。撤収を開始したのだ。
これで、ラーマダイトに残っている連邦市民はカイトとエモーション、そしてテラポラパネシオだけになった。通信が入る。
『カイト三位市民。君たちはこれからどうする予定だね?』
「当面の目的は決まりましたからね。次の星に向かっても良いんですが、アディエ・ゼさんが小人族の付き添いでしょう? 彼からの連絡を待とうかなって」
『ふむ。それではラーマダイトの軌道上で、しばらく待ってもらうことは出来るかな?』
「出来ますが、何故です?」
『地底小人族の存在が明らかになったのでね、ラーマダイトは人工天体による観察対象になったのだよ。地底小人族は連邦への誘致対象ではないが、地上で生活をしている小人族は連邦への積極的な誘致が必要だと思っていてね』
「なるほど?」
連邦のラーマダイトの小人族に対する扱いには、奇妙なねじれが発生している。
樹上小人族を受け入れてしまったかつての連邦に問題があったと言えばその通りなのだが、だからといってラーマダイト小人族と呼ばれる連邦の小人族たちから市民権を剥奪するわけにもいかない。
『地上に追放されたばかりの小人族を地底小人族と見るか、地上小人族と見るか。その基準を策定しなくてはならないのだよ』
「ああ、それはそうですよね」
どこまでが地底小人族で、どこからが地上小人族となるのか。ボルノ・ッキたちを地上小人族と認定した以上、その区分けは絶対に必要だ。
その辺りの線引きをどうするのか、今の時点ではまったく定まっていない。
『ルティミ・デ四位市民には、ラーマダイト小人族の中から適切な担当者を選んでスタッフとして送ってくることを依頼してある。エモーション
おっと、必要なのはカイトではなくエモーションの方だった。
カイトは自分ではなくエモーションが頼りにされるという事実を、心から嬉しく思いながらその要請を了承するのだった。
「エモーションの方で差し支えないということであれば、ぜひ」
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