新たな連邦市民を見送る日
カイトが呼んだ移民船が、ラーマダイトの各地に分布していた小人族の回収を完了したという連絡があったのは、巨獣バッサレムの修繕が始まって程なくのこと。
各地の小人族への説得に関しては、ボルノ・ッキたちが手を貸してくれた。最初に助けた甲斐があったというものだ。
彼らは
ともあれ、移民船には三千人ほどの小人族が集まったようだ。ルティミ・デたち樹上小人族が連邦に受け入れられてから今までに、何度追放が行われたのかは分からないが、決して多くはない。それだけラーマダイトという星の環境は、小人族の生存や繁栄には過酷だと言えるだろう。
「地底で暮らせるような環境がなければ、小人族は滅びていたのかもしれないね」
「はい。地底小人族が聖地と呼ぶ空間に残っていた機材ですが」
「ああ、調べたんだったね。どうだった?」
「連邦の機材に、共通する規格のデータは発見できませんでした。つまり、完全に未知の文明がここに存在していたことになります」
「へえ?」
エモーションの言葉は、カイトの興味を惹くのに十分な浪漫を備えていた。ラーマダイトは決して連邦の辺境宙域に存在するわけではない。だが、それなりに高等な技術を所有していたはずのその何者かは、連邦に参加するでもなく姿を消したことになる。
この星で種の最期を迎えたのかどうか、それすらも分からないのだ。
「その彼らは、宇宙を旅することが出来るほどの技術は持っていたんだよね?」
「おそらくは、と注釈がつきますが。当時の小人族が、訳も分からずに弄ったのでしょうね。大半の機材が駄目になってしまっていまして」
「あらら」
使い方が分からずに乱暴に扱っていたら故障したものとか、分解したものの戻せなくて放置してしまったものとか。とにかく謎の文明の遺物は、大半が何がなんだか分からないガラクタに成り果ててしまっていたのだ。
だが、エモーションがその文明が宇宙を旅できると判断した理由は別にあったようだ。
「壁面が固定されていたのですが、小人族の技術では削れなかったのか、削る意味がなかったので放置したのか。壁面には壁画が無事に」
「壁画ね。文字とかもあったのかい」
「文字と、恒星系の宙域図ですね。文字はまだ解読出来ていませんが、宙域図にはラーマダイト星系ではない恒星系の表記がいくつかありました。そのうちひとつは、トラルタン星系のものと酷似しています」
「トラルタン星系か。だいぶ遠いね」
トラルタン星系は、連邦の勢力圏内にはないが連邦が管理している特殊な恒星系である。ラーマダイトからは明確に遠い。あるいは単なる偶然かもしれないが、
どういう事情で宙域図が描かれたのか、今は誰にも分からない。近くの恒星系もあるというのに遠くの恒星系の宙域図が描かれた理由も、そもそも聖地に宙域図が描かれた意味も。
カイトは何となく頭上を見上げた。まだ夜ではないから、空に星の光は見えない。この星からでも、恒星の周囲にある星々の観測をすることは不可能ではない。
かつてラーマダイトにそんな施設を作った何者かは、星の海を旅して、その時に見かけた恒星系の記録をここに書き残した。そんな可能性を信じてみたほうが、何となく浪漫だ。
「この星にいたという何者かは、一体どこへ行ったんだろうね」
「ええ。旅を続けていれば、いつか出会う日も来るのでしょうか」
***
「うわああ、夜になった! 夜になったぞ!?」
「すげえ、どこもかしこも真っ暗だ! え、俺たちあそこから来たのか!?」
「な、なあなあ。こんなに上がっちまったらさ、もしかしたら落ちたらまずいんじゃないのか!?」
きゃあきゃあと、小人族が窓から外を見て騒いでいる。
引率として一緒に連邦に戻ることを選んだルティミ・デは、その様子をどこか懐かしく感じていた。
自分たちがラーマダイトを出た時に、同じような興奮を覚えていたことを思い出したからだ。
アディエ・ゼが呆れた様子なのは、彼が連邦生まれだからだろう。連邦で生まれ育った彼らには、宇宙の様子は見慣れたものだ。だから、地上小人族の驚きや興奮が理解できない。
「君たちはやっぱり連邦生まれなんだねえ」
「なんですか長老。まるで彼らに共感しているみたいに」
「共感しているんだよ。私たちも最初はああだったからね」
「……そうなんですか」
今の彼らの会話は、落ちたらどうするとか、どうにもならないだろと怒るとかそういう内容だった。今の連邦であれば、小人族は絶対に受け入れられないだろう。もしも護り木から宇宙空間に飛び出していたとしても、それは間違いない。
連邦の決まりが厳格になる前で良かったと思うし、今の小人族を連邦が受け入れてくれる理由が自分たちにあることを不思議だと思う。何かがズレていれば、絶対にありえない過去と今がここにある。
と。感慨深く小人族を眺めているルティミ・デに、横から話しかけてくるものがあった。この船の運航に関わる機械知性である。
「ルティミ・デ
「どうしました、ラティム
「はい。彼らに身体改造を施さなくてはならないのですが、その内容をどう伝えたものかと」
「ああ……そうでしたね」
身体改造と言っても、地上小人族には何のことか分からないはずだ。ルティミ・デたちの頃には説明もなく、有無を言わさず改造を施された。単純にそうしないと死ぬと分かっているからだ。当時の連邦は、新しい市民に対して何かと不親切だが効率的だった。
今はそういう手段は使いにくい。と言うより、身体改造に関して理由が理解できる程度の知的習熟度を持った種族でなければ、連邦に参加する権利がない。
ルティミ・デは少しだけ悩んで、だがすぐに結論を出した。
「彼らが寝た後に、さっさとやってしまいましょう。全員、微細マシンの移植タイプで構わないでしょう」
「良いのですか?」
「ええ。彼らに身体改造の意味と価値を説明して理解させるのは、残念ですけど無理でしょうし。連邦に着いてから、教育を施しつつ理解させた方が反対も出にくいんじゃないかなって」
そんな達観した言葉に、ラティムはしばらく悩んでいたようだった。しかし、ルティミ・デの案以上に効果的な手段も思い浮かばなかったようで、参考にしますとだけ告げて離れて行った。
アディエ・ゼが呆れたような表情のままで、ラティムを見送る。
「本気ですか?」
「ええ。私たちの時は有無を言わさずだったし、あなた達だってそう。生まれてすぐに改造されているのよ? 改造されなきゃ生活出来ないのは確かだけど、それ自体は自分の意思じゃないでしょ?」
「そういえばそうですね。……ああ、だから一回までは再改造が無料なんですか」
「そういうこと」
アディエ・ゼに限らず、連邦で生まれた連邦市民は生まれてすぐに身体改造を施される。そして権利として、十分な判断力を得られたと判断された後に自由に身体改造をし直す権利が一度だけ与えられるのだ。
それに、と。ルティミ・デは真剣な顔で言った。
「カイト
「ああ、確かに。最近増えているみたいですね。あんな不安定な改造、リスクばっかりだと思うんだけどなあ」
普通の感性をもった連邦市民であれば、超能力を手にするなんて改造はありえない。だが一方で、カイトに一度でも関わった者はそういう改造プランを選びたがる傾向にある。それは連邦にとって、あまり表だっては問題にしにくい問題なのだった。
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