ラーマダイトのラストグルメ
巨獣バッサレムの修繕については、作業班を呼んだところでカイトたちの仕事は終わったと言って良い。カイトやテラポラパネシオの修繕となると、うっかり時間を巻き戻しかねないという理由で危険なのだ。
巨獣バッサレムはラーマダイトの生態系に最早受け入れられている。折角なので連邦の技術でそれなりに長持ちするようにした方が、地底小人族も助かるだろう。
機能の追加とかは厳に禁じられた。地底小人族はラーマダイトの生態系に調和している。バッサレムを不用意に強化することで、彼らの生活や地上の生態系に悪影響を与えるべきではないからだ。
「……というわけで、唐突ですが元々の目的に立ち帰りたいと思います」
「わー、ぱちぱち」
感情のない賑やかしをしてくるのは、もちろんエモーションだ。顔と態度に感情は乗っていないものの、実際ラーマダイトの食材を誰よりも楽しみにしているのは彼女だったりする。
カイトはエモーションが地底から持ってきた食材……食材? に手を伸ばした。
見た目は形の悪いキノコだ。不思議なことに、地上に持ってきてすぐに色づき始めたという。発色も個体ごとにそれぞれで、青やら赤やら緑やら。
「改めて確認しようか。これが地底土産?」
「地底小人族の主食、
「へえ。これがねえ……」
小人族と、彼らが使役している巨大アリの主食らしい。この栽培のために、地底に木材を回収しているらしいけれど。
取り敢えず、番組用にということで何となく話を広げておく。あまりそういうのは得意ではないのだけど。
「特別ゲストのルティミ・デさん。ラーマダイト出身のルティミ・デさんもこれを食べたことはないんですよね?」
「は、はいっ! 私がいた頃には地底小人族との交流はなくなっていましたから、食べたことないですっ」
放送すると聞いたからか、ルティミ・デはがちがちに緊張している。
とはいえ、カイトからの質問には答えてくれているので、進行に支障はないかと判断。次は隣に座るアディエ・ゼに話しを振る。
「ではこちらも特別ゲストのアディエ・ゼさん。地底では大活躍だったとか?」
「へぁっ!? い、いやいや。私なんて長老ほどには」
こっちもか。ルティミ・デとは緊張の質が違うような気もするが、普段の飄々とした態度がまったく感じられない。あまり話し込んでも二人から良い反応は得られそうにないので、取り敢えず調理に入る。
「それで、エモーション。地底のひとたちはこれをどう料理して食べるんだって?」
「……料理?」
「うん。ほら、キノコって生食は大体禁忌だよ?」
「えっ」
そもそもキノコ類には毒があるものも多いのだ。加熱すれば毒性が分解されるものもあるが、基本的には知識のない者が食べるには危険な代物である。たとえ、身体改造によって多少の毒には耐性があったとしても。
エモーションも地球由来の知識はあるわけで、その辺りの可能性を知らないわけがないのだけれど。
「いや、主食にしているとは聞いていましたが、食べ方までは。改造されていない彼らが無事なのですから、毒はないのではありませんか?」
「まあ、その可能性もあるけどね」
とはいえ。地上に出てきた瞬間色づいたという話がちょっと不安を煽る。もしかすると、地上の光を浴びると毒性を帯びたりしないだろうか。
「……ま、取り敢えず火を通してみるとしようか」
自分だけはどうにか理由をつけて、食べるのはやめておこう。
なんとなく言葉にし辛い不安に襲われながら、カイトは焚き火で地界茸を炙り始めるのだった。
***
「キャプテン、本当に食べなくて良いのですか?」
「うん。味が良かったらどこかに植えた方がいいでしょ。僕まで食べたらなくなっちゃうよ」
「なるほど。すいません、キャプテン。その考えはありませんでした」
さすがに地底まで再度取りにいくという選択肢はなかったようで、エモーションは実食を避けようとするカイトの言い訳を信じたようだった。
もしもこの言い訳が通用しなければ、中央星団の小人族への土産という方向性で押す予定だった。一つ目で納得してくれて本当に良かった。
「ふむ。匂いは悪くないねえ」
表面が少しばかり焦げつくまで火を通した頃には、鼻をつく良い匂いが辺りに漂ってくる。先に予防線を張って失敗したかなと思いつつも、三人の皿に希望の地界茸を置く。エモーションは赤、ルティミ・デは青、アディエ・ゼは緑色に色づいた個体を選んだ。
と、エモーションが何を思ったのか、手持ちのナイフで赤い地界茸をふたつに割った。綺麗に半々といったところだ。スペックの無駄遣いにも程がないか。
「せっかくですし、キャプテンも食べませんか?」
「いいよいいよ。君が食べな」
「良いのですか? 何だかすいません」
一応ひとりだけ食べるのは気が咎めたのか、エモーションが珍しく殊勝なことを言い出す。が、カイトが遠慮するとすぐに手を引っ込めた。もしもカイトが喜んで受け入れたら、きっと不機嫌になっていたに違いない。
思わず苦笑する。良いのだ、気を使ってもらわなくて。カイトが断ったのは、どうにも不安が拭えなかったからなのだ。
「では、いただきます」
「わ、私も。カイト
「ちょっと大きいですね。彼らもこのサイズで食べるんだろうか……」
それぞれが思い思いに言いながら、不思議と口に運ぶのは同時だった。エモーションは割った半身を一口に、ルティミ・デとアディエ・ゼは傘の部分に豪快にかぶりついて。
しばらく無言で咀嚼していた三人の、その口の動きが止まるのも同時だった。
「辛ッ⁉」
「苦ッ⁉」
「渋ッ⁉」
端的に味を表現した直後、全員漏れなく口を押さえた。
見たところ、色によって味が変わるタイプらしい。虹色に色づいた調理前のキノコを見ながら、当たりがあるかな、ないだろうなあと諦めに似た予想をひとつ。
「きゃ、キャプテン。キャプテンもせっかくですから一口……」
「だから要らないって。エモーションが全部食べなよ」
「わ、私は好みじゃないですけど、もしかしたらキャプテンは好きかもしれないじゃないですか!」
一理ある。一理は。
ただ、それと食べたいかどうかという感情はまったくの別物なわけで。
「それなら、他の色も食べてみたら? もしかしたらエモーションの好みの味があるかもしれない」
「えぅっ」
奇声が上がった。自分が不味いものを食べたからと、それを人に食わせようとするとは中々いい度胸だ。カイトは満面に笑みを浮かべると、特に色々な色が交じり合ったキノコを取り上げた。
「どうやらこれは色で別々の味が出るタイプのキノコらしいね。不思議な生態だと思わないかい」
「そ、そうですね?」
「だからこれなんかいいと思うんだ。ほら、全部の色がある」
これなら一回で好みの味が分かるんじゃない、とカイトは満面の笑みでエモーションに提案するのだった。
「辛ッ! 苦ッ! 渋ッ! 塩ッぱ! エグッ! ……あ、ちょっと甘い? 甘ッ⁉ 甘苦ッ!」
「うーん。やっぱり全部外れ味なんだねえ」
「やっぱり!? やっぱりって何ですか!? キャプテン、騙しましたね!?」
「騙しちゃいないさ。もしかしたら光を浴びると色と味が追加される種なんじゃないかなってね。これ、色がついたやつは毒性もありそうだなあ」
時間差で味の暴力(文字通り)に翻弄されたエモーションが、恨みがましい目でカイトを見て来る。味覚はあっても毒は効かないエモーションは、そういう意味では試食役に最適かもしれない。
キャプテンもひとつぐらい食べなさいよ、という無言の圧力。エモーションだけでなく、ルティミ・デとアディエ・ゼの視線からも同様の圧を感じる。カイトはキノコの山に埋もれて光を浴びていなかった白い一本を、箱の底の方から静かに取り出した。
「あっ」
「よいしょっと」
超能力で光を遮断し、そのまま火にかける。
しっかりと火を通してから、意を決して一口。
「うん。中々悪くないね」
「ずるい! ずるいですよキャプテン!?」
色づいていない地界茸は、シンプルな味わいで中々の味だった。
そりゃ、日の差さない地中で育てられるわけだなあと、エモーションの罵倒を背に受けながら湧いて来る旨味をしっかりと噛み締めるのだった。
「キャプテン! 私にも白いやつを焼いてくださいよ! キャプテン!」
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