小人族とのかかわり

地底土産を携えて

 ザルト・ヴァの処遇については地底小人族たちに任せることにして、エモーションたちは地上に戻ることにした。これ以上、地底の政治に関わるつもりはないのだ。

 連邦への勧誘はしないこととした。宇宙に出るほどの技術力はないようだし、何より、地底小人族は地底での生活を愛している。安定した生活をしている種族に、敢えて連邦への参加を求める理由もない。特にカイトとの因縁という意味でテラポラパネシオの心証が悪くなったという理由からではなく、この申し出はルティミ・デとアディエ・ゼから出されたものだった。

 地底小人族と交わされた約束はふたつ。巨獣バッサレムの修繕を連邦が請け負うことと、地上に追放された地上小人族の処遇に関しては地底は関与しないこと。

 少なくとも、ボルノ・ッキたちは連邦への移住を希望している。ほかにどの程度の小人族が地上小人族として生き残っているかは定かではないが、同じような立場だったルティミ・デは出来るだけ意志確認をしたいと口にしている。

 ディーヴィンのせいで銀河じゅうに散らばった地球人たちに対して、カイトが行ったように。ラーマダイトという星の中だけのことなので、当時と比べれば多少は楽だろう。


「まあ、友好関係は結べたと思って良いのでしょうね」

「ええ。こんなに土産をいただけたのですから」


 帰り道は、天道と呼ばれる道を進むことが許可された。元来た道を戻るよりは、だいぶ楽な道程だ。働きバチワーカーズを使った荷台には、土産として渡された地底小人族の主食が積み上げられている。

 地界茸ちかいだけ。地底で粉砕された樹木に植え付けられた、キノコの類だ。地球でいうキノコと同じものかどうかは分からないが、カムバンディと地底小人族共通の主食だという。友好の証としてもらってきたのだ。食糧と人口の管理上の問題があるのではないかと聞いたが、との回答だった。事情はよく分かっているので、誰も追及しようとはしない。

 居住区から天道への道は遠い。移住を続けても、天道とつながる道だけはずっと残してきたのだという。聖地であり、空気の入れ替えの際にも重要な場所だ。地底小人族がそれを理解して残していたかは分からないが、この道が残っているからこそ、地底小人族は無事に生きているのかもしれない。


「いや、皆さん凄いのですね。慣れている僕たちでも辛いというのに」

「ええ、これくらいなら。お疲れでしたら言ってくださいね。休憩しましょう」


 天道への道案内としてつけられた小人族が、息を切らせてこちらを見てきた。呼吸の必要のないエモーションや呼吸しているかも定かではないテラポラパネシオは別格としても、ルティミ・デとアディエ・ゼのどちらも平然としている。身体改造の結果なのだが、その辺りをいちいち伝える必要はない。

 案内人は意地があるのか、休憩を求めてはこなかった。そのまま一本道を進んでいると、少しずつ道に勾配が出てきたのが分かる。

 しばらく進んだところで、案内人が足を止めた。


「私の案内はここまでです。あとはここを登っていただければ、天のひとやに辿り着けるでしょう」

「道案内、ありがとうございます。お元気で」


 さすがにこのまま戻るだけの体力はないのだろう、案内人は座り込みこそしなかったが、こちらを見送る構えだ。

 案内人に意地悪をするつもりはないので、一行はそのまますぐに坂道を登り始めた。振り返ると、呆然とこちらを眺めている案内人の顔が見えた。


***


 地上に戻ったエモーションのすぐ前には、クインビーがいた。

 エモーションたちの反応から、天道の出入り口がある座標を早々に割り出したものらしい。


「やあ、おかえりエモーション」

「ただいま戻りました、キャプテン」

「地底はどうだったね?」

「はあ。あまり美味しそうなものはありませんでしたね」


 その答えに、カイトが苦笑を漏らした。

 そういえばこれはグルメ旅だったねと呟きながら、エモーションが引いている働きバチの方を見る。


「それは?」

「地底小人族の主食とのことです。友好の証にということで、受け取りました」

「主食? へえ……」


 見た目は形の悪いキノコだ。地上に出てくるとよく分かるが、色合いが随分とエキセントリックだった。カイトはへえ、そうと少しばかり頬を引きつらせながら、一行にクインビーへの搭乗を勧めた。


「まずは……バッサレムだっけ? 巨獣の修繕から始めようか」

「そうですね。よろしくお願いします」


 クインビーの側面が開いたので、さくさくと乗り込む。

 ルティミ・デが『あのカイト三位市民エネク・ラギフのクインビーに!』と感激していた。少しばかり反応が過剰な気がするけど。


「そういえばキャプテン。地上小人族の皆さんはどうされたんです?」


 ダンダリオルとの戦闘中は、クインビー内部に小人族の反応があった。だが、今はクインビー内に地上小人族の姿は見えない。まさか巨獣バッサレムの近くに置いてきたのだろうかと思っていると、船の外でカイトがくすりと笑う反応があった。


『僕も君たちがいない間にぼうっとしていたわけじゃなくてね』

「?」


 と、ふいにクインビーのモニターが点灯した。ラーマダイトの空中に、何隻かの船の姿がある。

 クインビーよりは大きいが、連邦の規格では大型船には分類されない中型船。

 今はまだ、固まって移動している。船籍は連邦のもののようだが、カイトが呼んだのだろうか。


「この船団は、キャプテンが?」

『うん。地上小人族の移住には必要だろ?』

「なるほど」


 複数隻あるのは、ラーマダイトを手分けして探し回るためだろう。

 その中の一隻には、すでにボルノ・ッキたちが乗り込んでいるのだという。彼らが慣れない船に目を白黒させているだろうことが、不思議と鮮明に思い浮かべられたのだった。

 クインビーが飛ぶだけで、思った以上に素早く巨獣のもとに辿り着いた。


「さて、それでは修繕ですね。ルティミ・デ四位市民ダルダ・エルラ、ここからの予定を教えていただけますか」

「ええ。まずは修繕を行う技術者を呼ばなくてはなりませんね。その間に、巨獣バッサレムの組成などは私たちが調べようかなと」

「なるほど」


 巨獣の組成。表皮は他の獣の毛皮をツギハギにして縫いつけているようだが、そういえば内部はどうなっているのか。カイトと戦っているときの弾力性は、どのような組成で出来ているのか多少気になる。


『少しばかり獣が戻ってきているようだ。巨獣が齧られないように、気をつけないとね』


 カイトの言葉を裏付けるかのように、折られた木々の向こうに小型の獣が姿を現した。破壊されたとはいえ巨獣には近づく様子はないが、元々この辺りが縄張りだったのだろう。随分と警戒感を示しながらあちこちに視線を巡らせている。

 クインビーが地上に降りて、ハッチを開く。

 ルティミ・デとアディエ・ゼ、テラポラパネシオは元々この船に乗っていたわけではない。テラポラパネシオが操るディ・キガイア・ザルモスに乗ってきたのだから、戻ってきた以上そちらに乗れよということだ。

 と、小型の方のテラポラパネシオが外に出た。どこに本体がいるのか分かっている動きで、大型の宇宙クラゲの方へ。両者が触腕を触れさせると、小型の方が大型の中につるりと入り込んだ。


『……ふう、無事に戻って来られた。エモーション五位市民アルト・ロミア、良いナビゲートだった。評価する』

「ありがとうございます」


 どこにも欠損がない、と嬉しそうに言う。

 ディ・キガイア・ザルモスが上空から降りてきた。


『さて。カイト三位市民と話をしたいのは山々だが、ルティミ・デ四位市民の手伝いをしなければならない。親しく話すのはまた後日に』

『ええ。僕もすぐには旅立つつもりはありませんよ。まずは巨獣の件、最優先に頼みますよ』

『もちろんだとも』


 テラポラパネシオがディ・キガイア・ザルモスに乗り込む前に、クインビーの中で様子を窺っていたルティミ・デとアディエ・ゼが慌てて船を降りて宇宙クラゲの元へ駆けていった。反応が遅い。


「さて。ようやくいつも通り、ですかね?」

『そうだね。なんだか随分と久しぶりな気がするね』

「はい。戻ってきた感じがします」


 思ったよりも、しっくりくる。どうやらエモーション自身、クインビーをいつの間にか故郷のように感じていることに気付いたのだった。

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