ザルト・ヴァへの詰問

「私の勝ちですね」


 映像を見て呆然としている地底小人族の三名に、エモーションは心なしか得意げに言った。

 ルティミ・デが溜息をつく。


「エモーション五位市民アルト・ロミア。さすがに悪趣味では?」

「キャプテンを侮辱した者に対しての対応としては、極めて穏当なものだと思っておりますが」

「……テラポラパネシオ」

『十分に穏当な対応だ。むしろ我々に任せなかっただけ、慈悲に溢れていると言えるだろう』

「そ、そうですか」


 おそらくエモーションを窘めて欲しかったのだろうが、テラポラパネシオは地球クラゲとカイトが関わると極めて過激派の様相となる。

 ここでテラポラパネシオに対処を任せたが最後。最悪の場合、地底小人族という種族がラーマダイトから消滅しかねない。それはきっとカイトも望んではいないだろうから、エモーションが先手を打って動いたのだ。

 そう説明を受けたルティミ・デが、先程より深い溜息をついた。


「人選を間違えたかもしれませんね……」


 それに関しては、エモーションも同感だ。テラポラパネシオは地球クラゲとカイトが関わる限り、浮遊する火薬庫みたいな存在だ。しかも、何故だかカイトに近寄りたがるという悪癖がある。

 普段は近くに執着の対象かつストッパーであるカイトがいるから顕在化しにくいが、今回のようにカイトと離れていると、止める方法が一気に減る。

 エモーションをして、テラポラパネシオより早く話をまとめにかかる以外に取れる手段が思いつかなかったくらいだ。


「え、でも怒っていたのは本心ですよね?」

「もちろんです。キャプテンを侮辱した者には怒りしかありません」


 だが、エモーションはテラポラパネシオほど過激ではないのだ。怒りの対象はあくまでカイトを馬鹿にした目の前の三人であって、地底小人族全員ではない。


「私から見ると、どちらも大差ありませんよ」

「不本意です」


***


 さて。ようやくゼレキア・ラ帝もカディリ・キも気を取り直したようなので、改めて告げる。


「私の勝ちということでよろしいですね?」

「……ああ。残念ながら私たちの負けだ」


 さすがにゼレキア・ラ帝は潔い。素直に自分たちの敗北を認め、頭を下げてくる。カイトを馬鹿にしたことへの謝罪だと判断して、それ以上を言い募るのは勘弁してやることにする。

 さて、それはそうと要求だ。


「それでは、私から皆さんへの要求ですが……」

「うむ。我々に可能なことであれば、何でも叶えることを約束しよう」

「はい。では、ザルト・ヴァさん。あなたの持っている神器とやらを提出してください」

「えっ」


 自分に矛先が向くとは思っていなかったのか、ザルト・ヴァが驚く。


「不思議ではないでしょう? 私たちも見てみたいのですよ。この地にかつてあった文明の遺産を。ほかに稼働している神器は?」

「ないな。あれば私の発言力も今ほど低下してはいないさ」

「というわけです。急いで持ってきてください」

「ふ、ふざけるな! や、約束をしたのは陛下と貴様だろう!? 何故私がそんなことをしなくてはならないのだ!」

「神器はあなたの私物ではなく、本来はこの国の共有財産であるはずでしょう。あなたとあなたの祖先が不当に占有していただけ。違いますか?」

「嫌だ! 私は知らん、お前たちが勝手にやったことに私を巻き込むな!」


 ザルト・ヴァはエモーションの言葉にも罵声を浴びせるばかりで、頑なに受け入れようとしない。

 と、ゼレキア・ラ帝より先にカディリ・キが動いた。ザルト・ヴァの背中を掴んで頭上に引き上げる。


「な、何をするかカディリ・キ!?」

「見苦しいぞザルト・ヴァ。お前の一族が神器を隠し持ったことを罪として、一族まとめて追放刑に処しても良いのだぞ」

「くそ、放せ!」


 ザルト・ヴァは諦め悪くじたばたともがくが、カディリ・キは動じない。

 そのままゼレキア・ラ帝の方に向き直り、恭しく頭を下げた。


「それでは陛下。代わりに私がザルト・ヴァの私室を検めます」

「頼む」

「では僕も手伝いましょう。一人では大変でしょう?」


 と、ひとり静かに控えていたアディエ・ゼが同行を申し出る。身体改造を経た樹上小人族は、見た目は同じようでも身体能力は地底小人族より遥かに高い。

 仮にザルト・ヴァの私兵が妨害を目論んだとしても、アディエ・ゼがいればカディリ・キの身は安全になる。

 誰よりも、最初の遭遇で手もなく動きを制されたカディリ・キがその申し出を有難がった。ザルト・ヴァを持ち上げたまま、謁見の間を退出していく。

 ザルト・ヴァの悲鳴じみた叫び声は、その後もしばらく聞こえてくるのだった。


***


 カディリ・キとアディエ・ゼが戻ってきた時、彼らは随分と人数を連れていた。

 カディリ・キは上側の両手で頭上にザルト・ヴァを抱えたまま、下側の両手に大型の球体を持っていた。おそらくはこれがザルト・ヴァの一族が隠し持っていた神器なのだろう。

 そしてアディエ・ゼはどこで調達したのかロープを手に持っている。その先には四本の腕を拘束されたかたちで、引かれるままに歩く小人族が十名以上。


「ど、どうしたのですかアディエ・ゼ。その方々は……」

「カディリ・キ氏を襲おうとしていた面々です、長老。その場に放置しても厄介なことになりそうでしたので、取り敢えず無力化を」


 ルティミ・デが頭を抱えた。思った以上に遠慮がない。

 だが、ゼレキア・ラ帝は愉快げに笑い出した。


「なんとまあ、地上の同胞はどなたも凄いものだな」

「陛下。お持ちしました。これがザルト・ヴァの隠していた神器かと」


 カディリ・キが抱えている球体は、同じく球体ボディのエモーションより二回りは大きい。並べられると同じようなものとして扱われそうだが、一緒にはしてほしくないものだ。

 ごとりと、ゼレキア・ラ帝のすぐ前に置かれた神器。それを見てからゼレキア・ラ帝の視線がエモーションに向いた。似ているとか言い出したら口を縫い付けてやろう。


「それでは、これを差し上げよう」

「あ、いえ。別に欲しいわけではないので」

「?」

「ちょっと調べさせてもらいたいだけなのです」


 そう断って、神器の内部をスキャニングする。

 エモーションの知識の範囲で、内部の構造には連邦の技術に繋がる要素は見つけられなかった。

 一部の構造が稚拙なのは、ザルト・ヴァたちの補修技術が甘いからだろう。その辺りの事情はどうでも良いので、続いて神器を外部から起動させてみる。


「ふむ。……これは周辺の地形を把握出来る機材のようですね。要するに、これを使って危険な地形を避けていたわけですか」


 球体の表面に、かすれた地図のようなものが表示される。表示が見にくいのは、彼らの補修技術が甘いからだろう。

 それにしても。エモーションは、ザルト・ヴァがこれまで頑なに神器の供出を避けたがった理由にここで思い当たった。


「ザルト・ヴァさん、ひとつお聞きしますが。この機材のどれを使えば、どの小人族を追放すべきという情報が表示されるのです?」

「そ、それは」


 あくまでこの機材は、周辺の地形を把握するだけの役割だった。預言とやらの役に立つ機能はないように思える。

 つまり、ザルト・ヴァの一族が預言士として地底小人族を動かしてきた中には、預言ではなく彼らの都合で行われたものがいくつもあるということだ。


「カディリ・キさん。あなたのご家族は預言によって追放の対象にされたと言っていましたね?」

「ああ。それがどうかしたか?」

「この神器に、それを選ぶ機能はありません」

「……は?」

「彼らはあたかも預言が存在するかのように装いつつ、自分たちの都合に合わせた預言を皆さんに伝えていたものと思われます」


 エモーションの予測を、ザルト・ヴァは否定しなかった。絞り出すような、奇妙なうめき声を上げるばかり。

 その理由は、顔を真っ赤にしたカディリ・キによって脇腹を締め上げられていたからだった。


「落ち着いてください。彼らがこれまでにどんな預言を捏造したか、調べなくてはいけないでしょう?」

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