北の樹海へ
燻製はエモーションにも好評だった。
取り敢えず次は時間をかけると伝えたところ、渋々ながら承諾する。あまり急がせると味が落ちるぞ、という言葉が効いたようだ。
だが、あれこれと消費したことで肉の残りは少ない。今のエモーションに二つも三つも我慢させるのは得策ではない気がする。新しい肉の調達が必要だと判断したカイトは、ルティミ・デの詳しいという北側の探索に向かうことにした。
「クインビーは……置いていこうか」
「おや、何故です?」
「あまり上空からだと大半の生物を見落としそうだからね」
「なるほど。それもそうですね」
実際、岩の上からでもほとんどの動物を見分けることが出来ていない。エモーションはセンサーの類でカイトよりは見分けられそうだが、それでも上空からでは精度は明らかに落ちる。
少し離れた場所で、地鳴り。そちらを見ると、離れた場所で獅子馬が跳ね上がっていた。また翼蛇を食べようとしたのだろう。
「あのデカブツの味はちょっと気になるところだけど」
「確かに。ですが、あれ一頭を消費するのは少々苦労しますよ」
獅子馬の味は気になるが、さすがに大きすぎて狩猟しても持て余す。アディエ・ゼたちの所に送るにしても、大きすぎては迷惑になる。
獅子馬は敵対する機会があったら狩ることにして、今は北へ向かうことにする。クインビーを空中高くに浮かせ、隠蔽を仕掛ける。これでラーマダイトの生態系への影響は限定できるだろう。
「さて、現地までは急ぐことにするよ。エモーション、球体型になってくれるかい」
「はい? 構いませんが」
何度見ても理解出来ないが、エモーションはカイトとそれほど身長の変わらない人型からアンドロイド型、そしてカイトの刑務官をしていたころのボール大へと段階的に変形する。
懐かしい外見だが、性能は当時とは比較にならない。そもそも重力下ユニットなしで空中に浮遊しているだけで昔とは違うのだ。
『それで、キャプテン。私が変形する意味は――』
「それはもちろん」
質問途中のエモーションを抱えて、カイトは超能力を使って空中へと飛び出した。
理由はもちろん、その方が運びやすいからである。
***
「きゅるきゅるきゅるきゅる」
「さて、この辺りってことらしいけど」
樹海が切れても、また次の樹海。この星の樹海は、それぞれが版図を広げ合っているようで、樹海ごとに生えている植生ががらりと変わるものらしい。詳しくないカイトにはまったく見分けがつかないが、その辺の情報を持っている小人族も残念ながらいなかった。
小人族は生存環境を護り木に依存していたため、他の植生にはそれほど詳しくないらしい。
「きゅるきゅるきゅるきゅる」
「ほら、エモーション。そろそろ着くよ」
木々のスレスレを飛翔するのはそれなりにストレスだったようで、エモーションは先程からずっとこの調子だ。カイトは構わずにルティミ・デの言っていた樹海の切れ目あたりに着地した。
植生の変化が、極めて分かりやすかったからだ。黄色い葉っぱから、ショッキングピンクの葉っぱに変わっている。生えている木の高さも北側の方が高く、その分細い。目に悪い色合いの葉っぱを見上げてみる。こんな色の葉っぱを好んで食べる者もいるというから不思議なものだ。
「さて、ルティミ・デさん。お勧めの動物がいるとか言っていましたよね」
『はい、カイト
「樹上生活の動物ですか。……エモーション?」
「この辺りにはいないようですね」
『奥の方だと思います。黄色木の森に住む『小さな悪獣』が天敵なので、この辺りには元々近寄らないかと』
小人族がお勧めということは、動物としては小型の部類だろう。翼蛇が天敵なのも小人族と同じだ。
カイトはふと、翼蛇はトゥーナの保護対象になるのだろうかと、割とどうでもいいことを思い浮かべた。
「このピンク色の森には翼蛇は来ないんです?」
『まったく来ないわけじゃないんですが、どうもこの辺りの葉っぱの匂いがあまり好きではないみたいで。余程飢えてないと来ないって聞いていました』
それなら、小人族は全員ピンク色の森に集まりそうなものだが。
と、ルティミ・デは嫌そうに吐き捨てた。
『まあ、『小さな悪獣』はあまり来ませんけど、この辺りは『角持つ悪獣』が巣を作って住み着いていますからね。撃退できなくもないだけに厄介で』
なるほど、ピンク色の森にはその森特有の天敵がいるわけだ。
護り木という大樹を生活の場所にしていたということは、それだけ小人族にとっては天敵の多い環境だったというのが分かる。
と、静かにしていたドルティ・ムが口を挟んできた。
『僕たち小人族は、入り込んだ護り木の実が飛んでいく先に生活環境を左右されていましたから』
「そうか。行き先を選べなかったんですね」
『はい。飛ぶ方向が違えば、家族でも一生の別れになるような生活でした。僕もピンク木の森の中を実際に見るのは初めてです』
護り木はそれなりに成長が早く、そしてどんな植生の森にもそれなりに適応して育つのだそうだ。
他の木々がそれを容認しているということは、護り木には小人族だけでなく、ひしめき合う木々にとって役立つ何かがあったのだろう。護り木の種からそれなりに育つまでの間、小人族は生きた心地のしない生活を送る羽目になるという。
話を聞く限り、確かに故郷に愛着の湧きようもない生活をしていたのは非常に理解出来た。
と、頭上でがさりと何かが動く音がして、カイトは足を止める。視線は向けずに、気配だけをまずは追う。
ふたたび、がさりという音。枝の上を走り出した音がしたところで、カイトは道中で拾っておいた小石を指で弾いた。身体改造を経たカイトの筋力は、指で弾いただけの小石を銃弾のような速度で飛ばしてみせる。
「ギッ!」
無事体のどこかに当たったのか、木の上から何かが落ちてくる。
落下しきる前に手を伸ばして、確保。カイトはその六本足をイタチに似ていると思うのだった。
***
イタチの仲間で言えば、アナグマは中々美味しかったはず。とはいえ、姿が似て見えるだけで同じものではないのだ。間違っていないか確認すべく、今もって球体型のエモーションに確保した六本足を見せる。
「これで間違いない?」
『はい! それです。時々護り木の上まで登ってくるんですよ。そういう時に罠にかけてキュッと』
たくましいことだ。
彼らが上ってきた時には、小人族は大騒ぎになるという。何しろカイトたちにとっては小型だが、小人族にとっては自分たちとそれほど大きさが変わらない生き物だ。罠を使っても中々タフな狩りになるのは否めない。
『毛皮も骨も肉も、捨てるところがありませんから!』
罠も武器も、獣や虫から調達する生活。なるほど、大事な資源だろう。
さて、気絶から目覚めて暴れられても困るので、最低限の作業だけは終わらせておく。絞めたのは一匹だが、さすがにこれではカイトとエモーション、小人族の食糧として換算するには少々足りない。
「さて、何匹くらい狩ればいいかな……っと」
何しろエモーションはただでさえ健啖だ。今は本人希望のグルメ道中、どれだけで満足するかまるで分からない。
とはいえ、絞めた六本足を裸で持っていれば、相手側は逃げ出す一手になる。
カイトは絞めたばかりの六本足を先にルティミ・デの元へ送り込むことにした。
六本足の消えたカイトの手元を恨めしそうに見つめるエモーションに、次の指示を出す。
「エモーション。一息に何匹か仕留めようと思うんだ。座標をよろしく」
木の枝を五本折り取って示すと、エモーションは深々と頷いた。
「お任せください、キャプテン。座標と風向き、体勢まで抜かりなく」
「頼りにしてるよ」
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