焼けば大体何とかなるというスタンス
山羊熊を調理するにあたって、内臓はひとまず今回は食材にしないことにした。
どの内臓がどれに当たるのか分からないからだ。アディエ・ゼが多少なりとも分かっていれば良かったのだが、故郷の動物の情報などは小人族には外見程度しか残っていないらしい。なので、ひとまず内臓以外の肉を消費することに決める。何より、いかに中型と言えども山羊熊の肉はふたりで消費するには少しばかり多い。
カイトはまず適当にクインビーから手頃なサイズの
そうした後に、今度は肉の解体だ。剥がした毛皮はクインビーの上に乗せ、肉の塊となった山羊熊を空中に固定。
「まずは洗わないとね」
眼下に無数に居並ぶ樹木の一本を選び、働きバチでばさりと切り分ける。水分だけを幹から分離すれば、乾いた材木とそれなりの量の水分が調達できる寸法だ。
材木を薪のサイズまで解体する傍ら、山羊熊の肉を水でざっと洗う。こういう作業用に薄い働きバチを用意して良かった。背中の肉を手頃なサイズに捌いて、肉の方の準備は完了だ。
手頃なサイズになった薪に着火し、要領よく燃え上がらせる。テーブル代わりの働きバチを上に移動させ、肉を置く。
じゅわ、と食欲を刺激する音。だが、青っぽい肉というのはどうにもカイトの常識としてはマイナスだ。トラルタン4の緑がかった肉といい、宇宙肉シリーズはカイトの食欲に挑戦してくる法則でもあるのだろうか。
一方でエモーションは肉の色による先入観などはないから、素直に焼き上がりを楽しみにしている様子だ。表情は変わらないものの、視線が肉から離れない。
裏返す。ぱちぱちと脂が弾ける音。なるほど、アディエ・ゼが言うだけあって、生物としての組成は確かに地球の生物に近しいようだ。肉と脂、血液と骨。焼けた薫りも上々だから、色にさえ意識を向けなければ満点だと言っていい。
最初の一枚を半ばからスライス。十分に火が通っているのを確認したところで、小皿に取り分ける。エモーションが食事を楽しむようになってから、クインビーには食器類と調味料が常備してあるのだ。
「さあ、どうぞ」
「……私は今日、これまでで一番キャプテンを有能だと思いました」
「やかましいわ」
まずは調味料を使わず、焼いただけの肉を一口。
最初に来たのはがつんとした脂の甘味。肉の食感は少しばかり固め。獣臭はそれほど気にはならないが、人によっては鼻につくかもしれない。
遠い記憶にある熊肉の味とは違う。山羊肉に至ってはどうしても味そのものが思い出せない。結社にいた頃に二度ほど食べただけだからだ。
結社時代には、あらゆる文化の食材を食べておくようにとの方針で、それなりに各地の獣肉を食べているカイトだ。そのせいか、ジビエに対する隔意は特にない。
「ふう……美味しいですねキャプテン。私の味覚回路が図らずもスパークしていますよ」
「君の美味しさの表現にはいまいち賛同しかねるんだ、僕ぁ」
回路がスパークするというのは、どちらかというと故障ではなかろうか。
ともあれ、エモーションは満足そうに肉を頬張っている。気に入っているなら何よりだ。
次の肉には塩と胡椒を振ってみる。定番だ。熱によってじゅくりと脂に塩が溶け、色を失くした。
焼け上がりを口に運べば、じゅくりと塩気を帯びた脂分に頬が緩む。噛み締めるだけで胡椒の辛みが舌を、香りが鼻を刺激する。うん、獣臭もまったく気にならなくなった。
「エモーション。香辛料を使うと印象が変わるかもしれないよ」
「それは楽しみです。どれどれ……!」
エモーションは目を閉じて暫く咀嚼に集中する。ごくりと飲み込んだあと、目を開かずにしみじみと呟く。
「香辛料とは、地球人類にとって最高の発見だったと思うのです」
『か、カイト
「美味しいよ、アディエ・ゼ
『た、食べてみたいのは山々ですが……』
「食器を用意してくれたまえよ。そこに送るから」
『お、送る、ですか?』
少しばかり口調が砕けてきたのは容赦してもらうことにして、カイトはアディエ・ゼ用に肉を小さくカットする。サイコロステーキだ。
「焼き加減はどれくらいが好みだい」
『こ、好みですか? ええと、焦げかけくらいまで火が通っている方が』
「了解。皿の準備は出来たかい?」
じゅう、と焼きすぎなくらいに火を通す。レア好みのカイトにしてみると勿体ない焼き加減だが、人の好みに口出しするほど野暮ではない。
準備出来ました、という言葉に了解と返し。エモーションの瞳の奥、連邦に繋がっている回線を遡るイメージする。皿を抱えるアディエ・ゼの頭上めがけ、焼き立てのサイコロステーキを転移させた。
『わ、わ! 本当に来た!?』
「召し上がれ、と」
通信の向こうで慌てているアディエ・ゼの声と興奮する様子を肴に、カイトとエモーションはその後も山羊熊の肉をしっかりと堪能するのだった。
***
さて、山羊熊の肉は満腹になるまで消費してもだいぶ余る。
捨てるにはもったいないので、カイトは残りを保存食にすると決めた。
「さて、と」
備蓄してある塩を少し多めに取り出し、肉を洗ったのとは別に用意しておいた水に混ぜ込む。しっかり溶かして、持ち込んだハーブと料理酒を少々。密閉用の袋に適当なサイズの肉と、ハーブと酒入り塩水を放り込み、空気が入らないようにして密封。
それなりの数になった袋をクインビーの中に安置して、エモーションに指示する。
「エモーション。クインビーの空調を冷蔵庫レベルまで落としておいて」
「冷蔵庫ですか? 寒くなりすぎませんか」
「いいんだ。どうせしばらく戻らないし」
「はあ」
山羊熊の肉は満足の味わいだった。干し肉にしても十分美味いだろう。超能力を使えば水分の排出も短時間で出来るだろうが、最初からそれをするのは味気ない。
「さて。次は香りの良さそうな木を探さないとね」
「木、ですか」
「うん。燻してみようと思ってさ」
カイトの目的は燻製だ。水分を排出した塩漬け肉を煙で燻すことで、また一味違った味わいになる。
時間はそれなりにかかるが、かかる時間もまた楽しみのひとつだと言える。
「燻製ですか。それは初めて食べますね」
『カイト三位市民、燻製とは何ですか?』
「おや、連邦にはない調理方法かな」
そういえば、連邦は資源の問題を解決していた。解決するということは、いつでもどこでも新鮮な食糧が手に入るという意味でもある。確かに燻製のような保存食の出番はないのかもしれない。
出来上がったらひとつ送るから楽しみにしていてくれと伝えると、カイトは燻製用の木材を探すべく、再び樹海に降りることにした。
***
クインビーのところにずっと居るのも退屈だということで、今度はエモーションもついてきた。実際問題、戦力としてはカイトもエモーションもこの星の生物相手には過剰だ。エモーションの同行を断る理由はなかった。
「キャプテンが料理が出来るのには驚きました。私も覚えた方が良いでしょうか」
「どっちでもいいんじゃない? 僕の場合は出来るといってもそんなにバリエーションがあるわけじゃないしね。焼く、煮る、燻すに飽きたら検討すればいいよ」
「そうですね。今は取り敢えず焼いた肉の味の違いを楽しみたい気分です」
中々物騒なことを言い出すエモーションだが、カイトには今のところ、次の肉を調達するつもりはない。何しろクインビーにはまだ肉が余っているのだ。
燻製材用の木材と、ついでにこの星の果実類も食べてみたい。確かアディエ・ゼは走って逃げる果実があるとか言っていたような。興味は尽きない。
どちらにしろ、しばらくは獣は寄って来ないだろう。あちこちをきょろきょろと探しているエモーションには申し訳ないが、今のカイトには山羊熊の血の匂いが移っている。食物連鎖上位の獣の臭いと、その血の匂い。格下の動物だったら一目散に逃げるだろう。
「むう……思ったより獣が少ないですね。キャプテン、由々しき事態ですよ!」
「そうだねえ。お、あの木の実はどんな味かな」
「キャプテン!」
エモーションの不満を聞き流しながら、カイトは興味の赴くまま採取に精を出すのだった。
「お、これは香辛料に仕えそうな香りと味だよ」
「香辛料……し、仕方ありませんね」
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