ラーマダイト第一の狩り

 エモーションの補足によると、連邦議会はアディエ・ゼの種族が星から離れてもラーマダイトの生態系には深刻な影響は直ちに発生しないと判断した。それが、連邦が小人族を受け入れた最大の理由だった。

 アディエ・ゼが言う通り、小人族はラーマダイトの生態系では敗北した種族なのだろう。幸運な命知らずのお陰で絶滅を免れた。カイトの星の地球人のように、偶然が元で連邦に所属するようになった種族は、もしかすると思ったより多いのかもしれない。

 さて、確かなのはラーマダイトに文明は存在しないということだ。グルメ紀行最初の惑星では、食材は自己調達のうえ自分たちで調理しなくてはならないということが確定したことになる。

 それ自体はあまり問題はない。だが、どの生物がどんな味なのかは見た目からはまったく想像が出来ない。


「それで、アディエ・ゼ五位市民アルト・ロミア殿? お勧めの食材はどれか教えてもらえますか」

『え? えーっと……』

「おや?」


 何やらアディエ・ゼの反応が鈍い。もしかして。


「知らない、とか?」

『うっ! そ、そんなことはありませんよ? アースリングの皆さんの味覚タイプは調査済です。ラーマダイトの生物は毒性もありませんし、組成的にも皆さんの舌に合いますとも』

「つまり、どれがどういう味かというところまでは知らないと。そういえばこの星を出て久しいんでしたね」


 自分ではしきりに故郷を捨てた種族だと言ってはいるが、アディエ・ゼはもしかしたら自分のルーツである星を見てみたかったのだろうか。カイトたちの味覚にラーマダイトの生物が合うというのは事実だと思う。だが、無意識に最初の星として故郷を選んでしまったその心の奥底には、隠しきれない故郷への興味と、上の世代から伝えられた故郷への恐怖が混ざり合っているのかもしれない。

 カイトはそれをいちいち追及しようとは思わなかった。カイトはもし自分がコーディネイトする立場だったら、地球を選ぶことはない。それが答えだと思えたからだ。


「じゃ、取り敢えず目ぼしいやつから狩猟していこうかな」

「そうですね。では、生命体の反応を探索しましょう。オーダーはありますか、キャプテン?」

「中型の動物かな。あんまり大型で食べきれないと困るし、小型の生物は幼体かもしれないからね」

「了解です。……ふむ」


 エモーションがゆっくりと辺りを見回す。

 カイトも探せないわけではないが、後ほどこれが映像プログラムになるのであれば彼女にも見せ場を作っておくべきだ。

 東西南北、すべてが樹海。降りたらクインビーだけが目印になるなと考えていたカイトは、後頭部に何やら視線を感じて振り返った。

 樹海の中から、こちらに注意が向けられている。興味か、警戒か、殺意か、食欲か。こちらからは姿が見えないが、振り返っても視線は途切れない。どうやら警戒ではないようだ。


「エモーション、そこにいる個体は分かるかい」

「はい? ……こちらを見ていますね。地球で言う山羊に類似した生物です。周囲に同種の反応はありません。群れないのでしょうか」

「地球の常識を当てはめても仕方ないんじゃないかな。ふむ」


 カイトは意を決して地上に飛び降りた。視線がそのままこちらを追ってくる。狙いは元よりカイトの方だったか。

 エモーションは追ってこない。この程度でカイトを心配することもない。手近な木の枝を一本折って、山羊に似ているとかいう生物の方に向かう。

 こちらが無造作に近づいているのに、相手は距離を取ろうともしなかった。こちらが気付いていることも分かっているだろう。不用心なのか、自信があるのか。

 木の幹や枝に邪魔されていたが、相手の姿をようやく抑える。なるほど、確かに顔の形は山羊に似ている。


「さっきの馬もどきに比べれば、確かに小型だなあ」


 それでも体高はカイトと同じ程度。顔立ちは山羊、体型は熊。大きいとか強そうとかより、『分厚い』という表現が最も適当に思えた。

 注意がこちらに向いているのは分かるが、初めて出会った動物の感情はカイトと言えど読みにくい。単なる興味でこちらを見ているだけであれば、狩るにはちょっと気が咎める。


「友達になるかい? それとも……僕の味が気になるのかね」


 縄張りに侵入された怒りという感じも受けない。初めて見る生物の味が気になっているのであれば、ある意味カイトと考えていることは一緒だ。


「山羊肉と熊肉、君の場合はどちらに近いのかな」


 とはいえ、地球にいた頃に食べたどちらの味もよく覚えてはいないのだけれど。

 地球で食べた美味しいの記憶は、宇宙監獄で常食していた携帯食糧に慣れる過程で全て忘れた。あの不味さには、味覚を殺さなければ慣れられなかったのだ。

 それなりに美味いものを食べられるようになったおかげで、最近は味覚のリハビリが進んでいる実感がある。そういえばトラルタン4の肉も美味しかった。


「パミィィィィッ!」


 結論から言うと、食欲だったようだ。

 鋭い角と、凶悪な爪。山羊熊(暫定命名)が頼りにしたのは角の方だった。角先をこちらに向けて突っ込んでくる姿は、どことなく地球の動物の姿と被った。


「悪いね」


 カイトの展開した障壁は、角をしっかりと受け止める。山羊熊は角を強引に捻じり込もうと、足を踏ん張って頭をぐりぐりと押し付けてくる。みしりと地面に前脚が食い込んだ。

 カイトは右手に持った枝に超能力を通すと、その先端を山羊熊の無防備な頭部に突き立てた。まるで角が三本になったように見えた、次の瞬間。

 山羊熊の全身が弛緩し、くたくたと地面に崩れ落ちる。枝を引き抜くと、傷口から青みがかった液体がとろりと流れた。


「この星の生き物の血は青いのかあ……」


 食欲なくすなあ。

 思わず出そうになったその本音だけは、心の中に納めることに成功したカイトだった。


***


 さて。どんな動物であっても、まずは血を抜くことから始めるのがカイト流だ。

 後ろ足の一本と首筋を斬り払い、超能力で空中に浮かせる。とぷとぷと溢れる血液は青色。軽く溜息をつきながら、地面に穴を掘ろうと視線を向ける。


「っと……根っこが邪魔で無理だな、これ」


 他の動物や虫を呼んでしまいそうだが、やむを得ない。地面に浸み込むに任せ、血を絞り落とす。適切に処理すれば食用になるのかもしれないが、さすがに青い血はちょっと。

 血をしっかりと絞り出せたところで、カイトは自分の体も宙に浮かせた。このままここで処理をしてもいいのだが、映像プログラムとしてはエモーションのいる場所で調理した方が良いのではないかと思ったのだ。

 クインビーの元へ戻ると、エモーションの視線はカイトではなく山羊熊の方に向けられていた。


「首尾よく仕留められたようですね、キャプテン」

「お待たせ。取り敢えず解体しようか」

『ちょ、ちょっと待ってください!?』


 と、エモーションと視界を共有しているアディエ・ゼが悲鳴じみた声を上げた。山羊熊を見ての反応であるのは分かるが、残念ながらカイトとエモーションはその感動を共有できない。


『そ、それ! この辺りの生態系でも上位の動物ですよ!? さっきの大型だって見たら逃げ出すような奴だそうですよ!』

「へえ。そういえば確かに堂々としていたね」


 この星の基準では体型は決して大きくないのに、他の動物を特に警戒する様子もなかった。襲ってさえこなければ、カイトも攻撃するつもりはなかったのだが。


『さ、さすがはカイト三位市民エネク・ラギフ! 私の同族がこれを見たら驚いて踊り出すのは間違いありませんよ!』

「そう? まあ、好評をいただけるのなら何よりだよ」


 願わくば、小人族以外にもウケて欲しいものだ。

 そう思いながら、まずは毛皮と頭部から落とすことにするのだった。

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