かつての天敵たちは
彼らはそうして生まれ故郷を去った
惑星ラーマダイトには、社会を構成するほどの知性体は現在居住していないのだという。アディエ・ゼの種族は彼を含めて全員が中央星団に移住しており、惑星自体は移住や観光も含めて連邦市民に向けて広く開放されている。
驚くべきことに、アディエ・ゼの種族でラーマダイトに戻った者はこれまでに一人もいないらしい。それには、カイトには想像も出来ない理由があった。
『ラーマダイトの環境を支配している生物は、私たちではないのです』
ラーマダイトは、地球で言うジャングルのような環境がひたすらに広がる、森林惑星とも言える星だ。着陸できそうな場所を探して、苔むした巨岩の上にクインビーを降ろす。
カイトは内心で、アディエ・ゼの種族の体格が小さかったから星も小さいのではないかと思っていた先入観を恥じた。地球よりわずかに小さいが、この星は驚くほど雄大だ。
だが、ここで疑問が生まれる。アディエ・ゼの種族は体が小さい。それこそ、カイトの掌に乗せることが出来るほどに。そのような生物がどうやってこの命溢れる星から宇宙へと旅立ったのか。
『私たちは、惑星での生存競争に敗れた種族です。私たちにこの星の環境は過酷すぎました』
「なるほど?」
クインビーから降りると、濃密な木々の香りが鼻をついた。不思議だ、ルーツも何もかも違うはずなのに、どこか懐かしい。
葉っぱの色は緑ではなく、黄色を基調としている。紅葉の時期のイチョウ並木を見ているような錯覚。
カイトの視覚が、その木々の合間を駆ける一体の動物を捉えた。
「足……いや、機能肢が六本あるね」
『あれは強者です。樹上に上るための機能肢を持っていない』
六本の足を器用に使い、駆けている一頭。アディエ・ゼは、エモーションの視界と同期しているカメラでそれを見ている。その強者は、カイトの眼前を悠然と駆け抜けていく。随分と大きい。体高だけで4メートルはあるだろうか。
ライオンのタテガミを持った馬、という表現が最も近いだろうか。足先がどうなっているかは分からないが、ひとまず顔は長い。
『餌を追っていますね。あれは食が偏っているのです』
「餌」
視線を、走って行く方角に向ける。木が数本、わさわさと揺れていた。
ばさりと、木々の間から何かが飛び立った。翼の生えた蛇、と表現するのが正しいか。獅子馬(暫定命名)が、どんと地を蹴る。
木々を飛び越え、全身が空中に晒される。純白の体毛に、足先は爪。足の作りも馬とは似ていなかった。尾は短く、豚のように丸まっている。
なるほど、カイトは自分が生物のどこを見て分類を判断しているのか、この瞬間に自覚した。顔だ。顔を何より重要なものとして見ている。
獅子馬は口を開いて、翼蛇(暫定命名)の頭部に齧りついた。天敵の方を振り向いた頭部をばくりと口に含み、そのままずるりと飲み込んでいく。馬のような頭部の形はそういう理由か。口許に引っかかった翼をごりごりと噛み砕いて、更に一飲み。
地上に地響きを立てて着地するころには、翼蛇は獅子馬に丸呑みにされてしまっていた。
「豪快な食事だね」
『ええ。あれは我々にとって天敵を捕食してくれる、素晴らしい生物です』
「天敵」
『羽の生えたアイツです。私たちはこの星では進化の方向性を間違えた種族でした。銀河に出ることが出来たのは、いくつかの幸運が作用した結果です。失敗していれば今でも自分たちの境遇を呪い、いつか来るアイツらに怯えながら暮らしていたことでしょう』
アディエ・ゼの言葉には、隠しきれない恐れがあった。
カイトは特に問い返さなかったが、アディエ・ゼはこの星が何故狩猟惑星と呼ばれるのか、静かに話し始めた。
***
アディエ・ゼはラーマダイトの生まれではない。中央星団で生まれた三世代目の小人族で、彼が故郷の星について知っているのは、単純に仕事柄としか答えようがなかった。
惑星ラーマダイトは、動物のほとんどが何かを狩って生活する惑星である。
食物連鎖の最底辺の動物でさえ、逃げ回る果実を追いかけて捕食するというから徹底している。
そして、狩猟を行うという生態から、ラーマダイトの生物は基本的に大型の生物が多い。地球の常識で言うと、大型の生物が増えると食糧が減少して大型の生物ほど餓えやすくなると考えるものだが、この星の食糧事情は地球の常識を覆す程度には豊富だった。
地上のほとんどを占拠した植物は、自分たちの版図を広げるために食糧の増産に踏み切ったからだ。自分の生み出す果実を好む動物に、周囲の敵対的な樹木を破壊させて自分たちの版図を広げる。植物でさえも、動物に能動的に働きかける生態系。
アディエ・ゼの種族は、そういった食物連鎖に取り残された種族だった。
体が小さくなったのは、大型の動物に狙われないため。そして、少ない食事でも満足するため。
六本の機能肢の内、四本が腕の形状なのは、樹上での生活に適応するため。木登りが非常に得意で、かなりの速度で木を上下することが出来る。
彼らの種族は高く太い『護り木』という樹木に居を構え、生涯地上には降りずに過ごす。そんな生き方をしていたという。
護り木のつける小さな果実と、木に住み着く小型の虫。それが彼らの生活のすべてだった。
『護り木は枯れる直前になると、普段とは違う大きな実をつけます。そして、その実は非常に遠くまで飛ばされ、新たな護り木となるのです』
「ほう!」
『私たちの祖先は、この星での暮らしに疲れていたのです。護り木の最期の実に隠れて他の土地に移動する。護り木が育つまでは、いつ死ぬか分からない恐怖と戦いながら過ごします。ようやく安心して樹上で暮らせるようになっても、近くに大きな獣が現れたら、簡単に命は危険にさらされますから』
最も高い位置に生った大きい実には、隠れてはいけない。彼らの中ではそんな言い伝えがあった。そのひとつは直上に向かって飛ばされて、戻ってこないからだ。
『一人の命知らずが、その実に隠れたのが幸運の始まりだったと言われています。歴史の中でも最も大きく高く育った護り木のてっぺんに出来た実。その実の大きさはカイト
「それは……確かに大きいね」
答えながら、思わず視線を巡らせる。木々の中に、確かに時折一本だけ飛び出た大樹がある。あれが護り木だろうか。
『命知らずは、実の中を出来るだけ快適にしようと工夫したと聞いています。偶然ではありますが、結果としてそれが彼の命を長らえたと聞いています』
「ふむ?」
命知らずの件はともかく。ラーマダイトは、当時既に銀河に版図を広げていた連邦の観察対象になっていた。護り木の実は、惑星の外まで時々飛んでくる不思議な実として連邦が回収していたのだ。
当初は研究用として、後にはコレクターズアイテムの類として。それなりに高値で取引されていたそうだ。
そしてある日、回収した実の中に小人が隠れていたわけだ。
『どうやらその命知らずが回収されるまでにも、時折同族が中で死んでいた事例があったそうです。ですが、命知らずは何の偶然か生きたまま回収されてしまいました。連邦議会は非常に困ったそうですよ?』
生きて連邦に接触した。偶然や事故の類であっても、彼らはそんな命知らずの蛮勇を愛する。テクノロジーの点では、明らかに足りていなかった。だが、小人族が宇宙に出るまで文明を発展させる可能性は極めて低かったはずだと連邦議会は結論づけている。
その一方で、最初の連邦市民となった小人は、自分だけが連邦市民になるのではなく、同郷の仲間たちも連邦市民にしてくれと頼み込んだ。
『まるでカイト三位市民のようでしょう?』
「いやあ……どうでしょうね」
少なくとも、カイトより同族に愛着を持っていたのは間違いないだろう。
一緒にしてしまったら、その命知らずさんに迷惑なのではないだろうか。
『結果、私たちの祖はラーマダイトを捨てました。それなりに多くの仲間が七位以上の市民権を持っていますが、みなラーマダイト以外の惑星に居を構えていますね』
清々しいほどに迷いなく。アディエ・ゼは故郷に何の愛着もないのだと断言するのだった。
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