銀河美食紀行~狩猟編
なにゆえ彼はその旅路を記録する羽目になったか
観光事業への協力要請
ディーヴィンによって不当な人身売買を受けた地球人たちの意志確認を終え、カイトと相棒のエモーションはようやく念願だった銀河観光に出ることが出来た。
とにかく銀河は広い。まずは連邦の勢力圏内を探訪することにしたふたりだが、目的がないとただダラダラとした観光になってしまう。エモーションの強い希望により、最初の目的はグルメに決まった。
『銀河美食紀行。それは、今をときめくカイト
そして今、何故かふたりはその様子を撮影する羽目になっている。
「最初の目的地はこちら。狩猟惑星と名高い惑星ラーマダイトです」
『キャプテン。ここはどういった惑星なんですか?』
撮影が始まる前に教えられた内容を口に乗せながら、カイトは何故こんなことをしなくてはならないのかと、早くも少し後悔し始めていた。
***
目的はグルメと決まったが、よく考えたらカイトは連邦の星々に関してあまり情報を持っていない。
カイトとエモーションの市民権であれば、連邦に存在する居住用惑星であればどこにでも立ち寄ることが出来る。実は発展途上の惑星であっても、観察に従事している人工天体と連携を取ることが出来れば、入ることが許されているのだ。
もちろん、発展途上の惑星に入る場合には、原住民との過度な接触や叡智の伝授などは許されない。過剰とも言える監視も入るので、あまりそういったことを行う連邦市民はいないのが現状だ。
「さて、どうしたものかな」
エモーションは惑星についての情報を豊富に持っているが、こちらも今回の目的にはあまり合致していない。データ的な情報ばかりで、観光的な情報には乏しいのだ。
特に声をかけず中央星団を出た手前、知り合いの大半には連絡しづらい。
連邦に来てから知り合った相手をつらつらと思い出していると、ふとこの手の内容に詳しそうな相手が思い当たる。
預かっていた連絡先に、久しぶりに通信を送ると程なく相手の姿がモニターに映った。
『おや、珍しい方からのご連絡だと思えば』
「その節はお世話になりました。ご無沙汰しています。アディエ・ゼ五位市民」
カイトが連邦の資産を持っていない時に、ティークから紹介してもらった商売人の小人。カイトが知り合った中で、連邦内の諸事情に最も詳しい人物といえばこの小人だ。
仕事がひと段落したので観光を考えているのだと伝えると、アディエ・ゼは何やら嬉しそうに飛び上がった。
『なるほど、観光ですか! それは素晴らしい。ですが、私が案内するというのは少しばかり難しいですね……』
仕事が立て込んでおりまして、と難しい顔をするアディエ・ゼに、カイトも首を横に振る。
「いや、そこまでは望んでいません。取り敢えずどこに向かうのが良いか、いくつか見繕って教えていただければ」
『ふむ。そういうことでしたら、何ヶ所かご紹介は出来るかと思います』
「それは助かります! 情報料についてはどちらに、おいくらくらいお支払いすればよろしいでしょうね?」
『情報料、ですか? ……そうですね、それについては必要ありません。ですが、カイト三位市民に余裕がありましたらお願いしたいことがあります』
「……何でしょう?」
これまでにもあれこれ仕事を振られてきたカイトだ。アディエ・ゼの『お願い』にちょっと身構える。
だが、アディエ・ゼは特別なことをお願いしたいわけではないんです、と前置きして予想外のことを言ってきた。
『よろしければ、その観光の様子を撮影してはいただけませんか』
と。
***
アディエ・ゼの依頼というのは、カイトとエモーションの観光を映像コンテンツとして連邦に広く広報し、連邦市民の間で廃れつつある観光事業を再興したいというものだった。
古くは連邦で観光は流行の趣味であり、多くの連邦市民が連邦の勢力県内の星々を飛び回っていたという。
『その観光産業に大打撃を与えたのが、違法な業者による未開惑星への入植事件です。何しろ、欲望のタガの外れた連邦市民がいくつもの星を滅亡に追い込んでしまいましたから』
「そういえば、その話は前に聞きました。それによって未開惑星への降下には随分と手間がかかるようになったとも」
『その通りです。入植は禁止されましたし、連邦市民も事件を受けて天然惑星への降下自体を自粛しようという流れになりまして、今でもその論調が変わっていないのです』
ルールを守って観光する分には、何の問題もないはずなのだ。それでも、一旦盛り上がりに水を差されてしまうと、再び勢いを取り戻すというのは相当に難しいものらしい。
また、アディエ・ゼはカイトにそれを依頼する理由も、丁寧に説明してくれた。カイトは(連邦市民にとっては)そういう違法入植の被害当事者なのだ。地球人として地球に生まれて育ってきただけのカイトなのだが、この件では自覚なく被害者として扱われる。
そんな被害者が連邦のあちらこちらを観光する。しかも、カイト自身はテラポラパネシオの覚えめでたい有名人だ。一度火の消えた連邦の観光産業に、新たな火を灯すことが出来る人材としては最適と言える。
「なるほど。そういうことであれば、お力添えしますよ」
『ありがとうございます!』
商談成立だ。特に観光先の事件を解決してこいとか言われないだけ、非常に良心的だと言えるだろう。
話した内容について簡潔にまとめた内容がクインビーに送られてくる。念のためにエモーションに見てもらって、問題ないことを確認する。
「確かに。それではよろしくお願いしますね」
『いやあ、良い商談となりました。実は、観光用に整地された準居住用惑星などもあるのですが、産業が下火になってしまって半ば放置されているところも多くて。そういうところであれば移住しても連邦法には抵触しないんですけどねえ』
溜息交じりに漏らすアディエ・ゼの言葉には、下火になった観光産業に彼や彼の機構もそれなりに関わっていたらしいことが透けて見えた。
それでも、特にカイトとエモーションの害になることはない。この程度で情報料の代わりになるのならば安いものだと、この時のカイトは安易にそう思っていた。
『それでは後ほど、観光先としてお勧めの惑星のデータを送りますね。まずは食を楽しむというコンセプトでしたか。それではアースリングの味覚基準に添った惑星を選ばないとですね。ご安心ください、観光としての楽しさは保証しますよ?』
「助かります」
『それに、カイト三位市民がどう観光しているかを映像データで楽しんでいる間は、テラポラパネシオの皆さんもおふたりを探して飛び回ったりすることはないでしょうから』
「……お気遣い、心から感謝します」
カイトは心の底からアディエ・ゼに頭を下げた。確かに宇宙クラゲならばやりかねない。それがこちらに気持ちよく仕事をしてもらうための、セールストークだったとしても、やりかねないと思ってしまった時点で感謝しかない。
程なく送られてきた、最初のデータ。中央星団からはそれなりに距離はあるが、辺境ほど端でもない、そんな位置。
「狩猟惑星ラーマダイト、ですか」
『はい。最初の星はちょっと私情も挟ませていただきました』
「私情?」
『ええ。惑星ラーマダイトは、私どもの母星でしてね』
アディエ・ゼの故郷。
カイトはその言葉を聞いて初めて、自分が知り合った知性体たちの故郷についてほとんど知らないことに気付いたのだった。
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