アグアリエス遺構の探索道中(1)

 かつてアグアリエスが居住していたという惑星に調査の手が入るということで、正式に連邦市民となったバイパーはトータス號で調査隊に参加していた。


「へえ、サイトー博士もキャプテンと?」

「バイパー君もか。しかし君のいで立ち……確かどこかで」


 調査員のひとりであるゴロウ・サイトー博士とバイパーが意気投合したのは、どちらもカイトに関わったという共通点があったからだ。

 バイパーはここのところ、地球人がギャラクシィ・バイパーを知っていると何となく気恥ずかしくなっている。思い出される前に話題転換を図る。


「アグアリエスって連中もキャプテンが関わったんだよな、確か。連中に関係する仕事は割が良いって話だったから参加したかったんだけど」

「おや、参加しなかったのかね?」

「ああ。再改造の経過観察期間だったもんでさ。それに俺たちの船はの船だから、連邦の基準だとちょっと性能が足りないんだ」

「ということは、君もディーヴィンに売り飛ばされたクチか」


 サイトー博士が表情を厳しいものにする。バイパーも眉間に皺を寄せて頷く。カイトが最終的に決着をつけてくれたことには感謝している。だが、売り物にされたという不愉快さは簡単には消えないものだ。

 バイパーは視線をトータス號に向けた。元気に船体のチェックをしている相棒が、視線に気づいたのかこちらに手を振ってきた。

 軽く手を振り返す。


「彼女も?」

「ああ。売り飛ばされた時からの付き合いさ」

「そうか。信頼し合っているようで何よりだ」


 嫌味の無い笑みを浮かべると、サイトー博士はバイパーから離れた。どこへとは聞かない。彼は今回の調査隊の中心人物の一人だからだ。


「済まないね、博士。時間を取らせた」

「構わないさ。同郷の仲間と話すのは得難いものだよ」


 同郷。地球にいた頃は、国も立場も違う二人だ。間違っても同郷などではなかったはずだ。宇宙に出て、同郷という言葉の意味が変わったのを実感する。

 そういえば今は地球はどうなっているのだろう。あのテラポラパネシオが主になって環境の再生に取り組んでいるというが。

 立ち去っていくサイトー博士の背を見送りながら、バイパーは地球に住んでいた頃の自分の部屋を何となく思い出していた。


***


 日を追うごとに壊れていく故郷の街。

 何が原因で文明が崩壊したのかは、今もってバイパーには分からない。だが事実として地球は滅びの道を歩んだ。少なくともバイパーがジョージ・ギリアムであった頃の自分の部屋はもう存在しない。

 トータス號のソファで、ぼんやりと天井を見上げる。懐かしい自分の部屋より、今はこの空間の方が遥かに自分に馴染んでいる。変われば変わるものだな、と右手を明かりに透かして見た。


「どうしたの、ジョージ。右手の調子がおかしい?」

「いや、そういうんじゃないんだ。リズ、地球にいた頃のことを思い出すことはあるか?」

「何よ突然。あんまりないかな。地球にいた頃の方が生活はしんどかったし」


 リズはいわゆる貧民街の出だ。売り飛ばされた時にもあまりショックは受けていなかったが、どうやら宇宙の方が圧倒的に暮らしの質が良いと聞いた覚えがある。

 地球にいたままだったら、きっとリズと出会うこともなかった。売り飛ばされたからこそ、最愛の相手と出会えた。ディーヴィンに感謝などないが、運命はあったのだと思っている。


「そういえばさっき、地球人と話してたよね。ちょっとノスタルジィ?」

「かもな。アグアリエスって連中はどうなんだろうな。自分たちの故郷は滅んでいるわけだけどさ」

「気にしてないんじゃない?」

「そうか?」

「自分が故郷だと思っている場所が故郷でしょ。アタシの故郷は地球じゃなくてココだもの」


 トータス號が故郷。なんだ、彼女も自分と同じことを考えていたのか。

 本当は、再改造の際に船を乗り換えることも出来た。何しろトータス號は丈夫さこそ連邦製に引けをとらないとはいえ、連邦基準では旧型だ。船の都合もつけてくれると言ってくれていたが、バイパーは首を縦には振らなかった。

 自分たちを守り続けてくれた仲間だ。性能を理由に切り捨てることは、バイパーの考えに反していた。

 そんなことを言うと、連邦の機械知性は笑いながら『カイト三位市民エネク・ラギフと一緒だな』と言っていた。彼のクインビーには地球の船が組み込まれていると聞いて、何故だかとても嬉しくなった。


「ここが故郷か。俺もそうだ」

「知ってる」


 今の二人の目標は、トータス號を連邦基準でも最新鋭と遜色のない性能となるまで改造することだ。正直、新しい船を買う方が遥かに安上がりという険しい道。

 バイパーとリズは、しかしその険しさを何より楽しんでいるのだった。


***


 廃惑星アグアリエス。元々は別の名前で呼ばれていたが、アグアリエス事件と呼ばれる出来事のあとからこのように呼び名が変わった。

 滅んでいる。一切の誇張なく、この星は既に終わっている。荒れた地面は風化した砂と岩ばかり。建造物の残骸すらもなく、アグアリエス事件が起きるまで、連邦はここに生物が起居していたことすら知らなかった。


「地下設備が多少生き残っているんだっけ?」

「その可能性があるかもしれない、という話だね。地下での暮らしに適応した生物が生き残っていたら……とは思うが、それは高望みが過ぎると思っているよ」


 トータス號には現在、調査隊の数名が乗り込んでいる。そのうちの一人はサイトー博士だ。気心の知れた人物がいてくれるのは、バイパーにとっても有難い限りだ。

 サイトー博士の専門は生物学らしい。アグアリエスは滅んでから数億年の時が過ぎているという。生物が世代を繋いでいる確率はゼロに等しいが、ゼロとは言い切れない。だから呼ばれたんだよと笑っているが、当然それだけではないとバイパーも分かっている。

 優秀なのだ、この博士は。少なくとも、調査隊の中心メンバーとして選ばれる程度には。連邦に来る前は後ろ暗い生活をしてきたバイパーは、それなりに連邦内の噂については耳聡いつもりだ。

 おおむね、連邦市民のアースリングへの評価は低い。カイトという人物の評判が極めて高かったせいで、アースリングという種族に対して妙な先入観が入ってしまったのが原因のひとつではある。だが、それを差し引いても評価は決して高くない。

 カイトがエモーションの内部に保管していたデータを販売することで得た資産。これがなければ、地球人は全員が低位市民ザザ・アムザになっていたのは疑いない。十位市民ゴドブレ・アという立場を得られているだけでも、相当優遇されているのだ。

 そんな評価の低い地球人の中にあって、サイトー博士は珍しく評判の高い人物だ。アースリングにしては優秀、という噂を何度か耳にしている。カイトは別格として、連邦市民に(良い意味で)名が知れているのは彼を含めて五名に満たない。


「おっと、ガール。そこの地面、ちょっと気になる。降りて調べるから、待っていてくれるか」

「了解、ダンナ」


 プライベートでは本名で呼び合う二人だが、仕事場では昔からの呼び名を通している。

 連邦製の改造は本当に凄い。まず超能力の精度がかなり上がっている。そして微細マシンの効果で、地球人には有害な大気の中でも普通に動くことが出来てしまう。

 申し訳程度の防護スーツを身に着けて、バイパーは廃惑星アグアリエスの地上に降り立った。


「ここだ。……まるでシェルターだな」


 外部からの接触をどうにか防ごうとしているような、重厚な鋼板。

 積もった砂と石を払って、鋼板を露出させる。

 重機でも出入りできそうな、巨大な鋼板。早々に砂に埋もれたことで風化を免れたのか。とはいえ、機構部分は動きそうにない。


「下には何があるんだか」


 慌てた様子で、トータス號から通信が入る。興奮気味に騒いでいる調査隊の声を遠く聞きながら、手頃な大きさの岩に腰を下ろす。

 バイパーは風化した地上の光景に、地球のような建物と自然がある様を幻視するのだった。

 果たしてこの下に何があるのか、何が残っているのか。調査隊ほどではないが、彼もまた楽しみになってきている。

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