宇宙クラゲの敗北

 9th-テラの観察を担当する人工天体の名は、ブルヴァーダといった。

 特別な設備などは何もない。恒星系の外から関与を目論む連邦以外の勢力を牽制するための武装と、戦闘艇。外部からは絶対要塞と呼ばれるゾドギアと同型の、特に特徴のない人工天体である。

 唯一の特徴といえば、自分たちの運命を弄んだディーヴィンと戦い抜いた9th-テラのアーシアン(カイトらアースリングと区別するために便宜上こう呼ばれることになった)が運用していた鬼神邪キッシンジャーのみ。

 カイト三位市民エネク・ラギフとルーツを同じくする別種族ということが知られたことで、ブルヴァーダへの配属希望者は非常に多かった。殺到したと言って良い。中には郷愁に襲われたアースリングもいたようだが、9th-テラへの不用意な接触が懸念されたために選抜からは外されている。

 そして、最も激烈な競争が行われたのが――


『この個体がここに残ろうではないか』

『いやいや、ここはこの個体が』

『まあ待て。ちょうどこの個体は責任のある業務についていない』


 テラポラパネシオによる配属枠の奪い合いであった。


「駄目だぞ。人工天体ひとつあたり、テラポラパネシオは一個体まで。これは連邦法の内規だからな」

『わ、分かっているとも!』


 裁定は何故かアシェイドに委ねられた。困ったことにカイトの指名である。

 テラポラパネシオの狂態をそれなりに見慣れているから、という不名誉極まりない理由で選ばれたことについて、今でもアシェイドは納得していない。最初は、あくまで議員でないとテラポラパネシオと対等に渡り合えないと言われていたのだ。その理由には納得出来たし、道理だと納得もしていたのに。

 だが、実際にこの狂態を見せつけられると。確かに自分以外はショックが大きいだろうとも思うのだ。


「大体あんたら、全個体で自我を共有しているはずじゃないか。何でそんなに争うのさ?」

『アシェイド議員。君は分かっていない』

『そうだ』

『まったく理解が足りていない』


 ひどい言われようだ。

 全ての個体がひっきりなしに苦言を呈してくるのは、なかなかきついものがある。アシェイドは腕を組むと、テラポラパネシオたちを睨みつけた。


「ああもう煩いな! 騒ぐんだったら全員失格にするぞ!」

『まったく、これだからアシェイド議員は』

『そうだ。カイト三位市民なら上手く捌いてくれるだろうに』

『君はカイト三位市民の代理だという自覚を持ちたまえよ』


 散々である。

 だが、アシェイドも負けてはいない。


「そうかね。では今私に暴言を吐いたそこの三個体、失格ということで」

『待ちたまえ! 強権をもって言論を統制するとは横暴である!』

『なんと嘆かわしい! カイト三位市民が見たら何と言うか!』

『アシェイド議員、連邦議会議員の風上にも置けない!』

「ちょっと君ら、そのカイトへの全幅すぎる信頼なんなの?」


 連邦議会の、カイトへの評価は高い。最近は少々、ブレーキが効かないタイプだと目されているが、それにしたってテラポラパネシオの評価はブレずに高い。

 永遠の友人と呼ぶだけあって、評価が上がることはあっても、下がることはないのだろうか。

 ともあれ、文句をつけるたびにカイトを引き合いに出されて批判されるのは納得いかない。

 と、訳知り顔で(顔があるのかどうかは知らないが)ひときわ巨体を誇る議員のテラポラパネシオが仲裁してくる。


『まあまあ。カイト三位市民が素晴らしいのは疑うべくもないが、アシェイド議員はその代理だ。相応の扱いをするべきではないかね』

「テラポラパネシオ……」


 さすが、カイト案件をともに解決してきた相棒である。こういう時はさすがに頼りになる。迂闊にも感動してしまいそうになった。

 だが、残念ながら言っておかなくてはならない。


「君は議員だから、ブルヴァーダへの配属は元より無理だからな……?」

『融通の利かない男だな、このガマハデッグ!』


 ほらやっぱり。


***


 どう考えても収拾がつきそうになかったので、アシェイドはとある運動施設を借り切って試験を行うことにした。

 結局ブルヴァーダへの配属を求めるテラポラパネシオはゾドギアの代表以外ほぼ全個体だったので、一時的に休暇を取らせてこの場に集めたのだ。

 なお、議員のテラポラパネシオは当初から選外ということで呼んでいない。今頃は議会に、いつもの数倍厳しい態度で臨んでいることだろう。


「揃ったね。これより試験を行う。こちらは今回の助手、ゾドギアの代表だ」

『よろしく、我々』


 暴動が起きたときの押さえ役としての招聘だ。地球の環境整備という役割を背負っているこの個体は、今回は完全に中立である。アシェイドが助手に抜擢するのも当然のことと言えた。

 だが、何やら空気が剣呑だ。明らかに敵意じみた感情がゾドギアの代表に向けられている。何事だろう。


『こ、この裏切り者め!』

『よくも我々の前に姿を見せられたな!』

『今すぐ同期せよこの悪魔め!』

「!?」


 アシェイドに向けての敵意など比べ物にならないほどの罵声が、ゾドギアの代表に飛ぶ。

 混乱するアシェイドと違って、ゾドギアの代表はあくまで冷ややかだ。


『同期しているではないか、我々。この個体はあくまで真面目に地球環境の再生に従事しているのだ。地球のクラゲとの交歓は必死に我慢しているのが分からんかね?』

『嘘だ! 貴様、自我を密かに分割しているだろう!』

『勝手に地球の海に自分を紛れ込ませているのは明白だ!』

『いますぐその至福を我々にも共有しろ!』

『……言いがかりも甚だしいな』


 どうやらゾドギアの代表には、テラポラパネシオという種にとっての大きな裏切りを行ったという疑惑があるらしい。

 試験のはずが、何だか変な方向に話が転がってきた。アシェイドは頬を引きつらせながら、助手にしたはずの元凶に視線を向ける。


「もしかして、この状況の原因は君なのか?」

『アシェイド代理! 確認を求める! その個体は自身の自我を我々に隠れて複製し、地球の海に放流している疑いがある!』

「そ、そんなことが出来るのか」

『出来るわけないだろう、アシェイド議員。被害妄想の類だよ』

『嘘だ! あんなに近距離に地球のクラゲがいて、我慢できるわけがない!』

『そうだ! 貴様は我々なのだぞ! 我慢出来てたまるか!』


 なんという言いぐさ。そしてなんという説得力。

 否定する根拠を見つけることが出来ず、アシェイドは頭を抱えた。ゾドギアの代表は余裕たっぷりに反論する。


『地球のあの雄大さに触れれば、そのような些事に拘っていられなくなるのだ。この個体の役割は地球の生態系を整え、地球のクラゲが幸せに暮らすための場を整えることだろう?』

「いや、ちょっと偏ってないかね?」

『……リティミエレ君からは時々小言をもらうな。適宜修正を加えているとも』


 少しだけ地球のクラゲを優遇しているのは確からしく、そっとアシェイドの視線を避けるように身を捩る。


『とにかく、だ。地球のクラゲの幸せを考えれば、そのような勝手をする暇はないのだよ。むしろこの個体の想いが他の我々に共有されていないことが、非常に大きな問題だと思っている』

「なるほど」


 会話を聞いて、決心が固まる。

 アシェイドは微笑すらたたえて、決然と言い切った。


「全員失格。テラポラパネシオはブルヴァーダ、出入り禁止とします」

『!?』


 テラポラパネシオたちから悲鳴と怒号が上がるが、決定を覆すつもりはない。


「だって君ら、ブルヴァーダに行ったら全員こっそり9th-テラに干渉するでしょ」


 我慢出来ないという根拠で自分自身の裏切りを確信しているくらいなのだから。

 反論は出なかった。アシェイドは悠然と彼らを見ながら、テラポラパネシオからの評価が最低まで下がったことを自覚するのだった。

 さて、後は誰もが安心・納得できる代表をブルヴァーダに据えなければ。


***


「と言うわけでさカイト。しばらくブルヴァーダの代表をやってくれないかな?」

『絶対ヤダ』

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