演劇作家プラック・トローペンの取材

 現在の連邦で最も人気の娯楽といえば、地球を題材とした文化を楽しむことだ。エモーションが保管していた小説、コミック、音楽に映像作品。ひとりの地球人が一生をかけても消費しきれないはずだった物量も、寿命に限りのない連邦市民には残念ながら物足りないものだった。

 今なおそれなりに大量の在庫が残っているものの、常に新しい刺激・供給を必要とするのは連邦市民でも同じであるらしい。


「先生! トローペン先生! いらっしゃらないんですかー!?」


 連邦市民が選んだのは、地球の演劇を自分たちで演じるという新しい娯楽コンテンツの発明だった。最初は模倣、段々と自分たちのオリジナルで。

 アースリングとは生態や体型の違う種族がアースリングの姿を模したり、あるいは姿は元のまま、仕草や口調でアースリングの特徴を真似たり。アースリングの役者はそれほど多くない。単純に移住してきた人口が少ないからだ。

 根底にはカイト三位市民エネク・ラギフという人物への憧憬がある。一方でアースリングそのものはそこまで連邦的でないことは比較的すぐに知れ渡った。最初に抱いたアースリングへの浪漫じみた期待をせめて演劇という場では残したい、そんな気持ちも彼らの中にはあるのかもしれない。


「……『取材に行く、探さないでくれたまえ』ェ? ヤロウ、また逃げたな!?」


 さて。エモーションが保管していた映像作品の中に、舞台演劇は決して多くなかった。これは単純にカイトの好みにあまり合わなかったということなのだが、ただでさえ人気のコンテンツは消費が早い。

 自然と、オリジナル作品を執筆できる人材は重宝されることとなった。現在中央星団で人気の劇作家は二名。一人はアースリングのシェリア・ワトソン。もう一人はプラック・トローペン。連邦生まれ連邦育ち、生粋の連邦市民であるが、現在はアースリングに寄せたペンネームで執筆している。

 シェリア・ワトソンは自分たちの実体験をもとにした内容を描く一方、プラック・トローペンは綿密な取材で魅せるタイプの劇作家だった。


「あら、また来たんですか?」

「いやあ、済まないねルティアノ九位市民ダーラ・ストルエ。カイト三位市民の逸話は人気なもんで」

「構いませんよ。ただ……」

「演出は控えめに、だよな? 済まない、私はあまり過度に演出してはいないつもりなのだが」


 かれが劇作家としてチャンスを掴んだのは、偶然カイトと幼い頃を一緒に過ごした人物と伝手が出来たからに他ならない。

 レベッカ・ルティアノ。九位市民。カイトからアースリングの代表を任された人物であり、幼い頃から共に育った兄妹のような間柄。

 レベッカへの取材によって組み立てられた人物像は、他の作家の描いたカイトより奥行きがあると瞬く間に評判になった。


「知っていますよ。執筆された作品を一度読ませていただきましたから」

「うん。演出するのは劇団の方なのでね。ただ、連邦に来てからの彼の動きはおおむね記録映像を参考にしているけど、演出が過剰だとは思えないんだけど」

「……そうなんですよねえ」


 ふう、と溜息をつくレベッカ。憂いを秘めたその顔は掛け値なしに美しいと思うプラックだ。残念ながら種族的な好みの関係から、恋愛感情のようなものは一切湧かないのだが。恋愛対象にするには、少々全身の毛量が少なすぎる。


「なら、くれぐれも彼を招待しないことですね。万が一彼が観劇して、演出過剰と感じたら嫌われますよ」

「くれぐれも言い含めておくよ。カイト三位市民に嫌われたい連邦市民なんていないからね」


 プラックは大仰に肩を竦めてみせた。たしかこういう時に地球人のよくやる仕草だったはずだ。

 その姿を描くからこそ、行動からアースリングに寄せてみること。少なくともそうすることでレベッカが嫌そうな顔をしたことは今までに一度もない。


「では、今日はカイト三位市民の好きな料理について聞きたいな」

「構わないけど……。どんな料理とかって分かるの?」

「おっと、確かに私は地球の料理をあまり知らないな。どうだろう、これから食事に行くのは。地球の料理人が出す料理というのを食べてみたい」

「……あなたたちの味覚には合わないかもしれないわよ?」

「構わないさ。それも取材だ。あまり高級な料理だと困るがね」


 人気劇作家といえど、資金繰りにあまり余裕はない。そういうところの出費をケチると良い取材は出来ない、というのがプラックの信条だからだ。


***


 アースリングが経営している、地球料理の本場という触れ込みの店。

 地球の料理文化は地域によって実に多様で、色々な味付けがあるという。だが、その多くは文明の崩壊によって永遠に失われた。この店が出している料理も、運よく散逸を免れた食文化の一部でしかない。


「……な、なんというか。独特な味なのだな」

「言ったでしょ、口に合わないかもしれないって」


 プラックは体毛の色をカラフルに変えながら、目の前の妙に甘ったるい料理を残さぬように口に運ぶ。彼の種族が過ごしていた星では、甘味とは毒物の味なのだ。食べるだけで全身の毛が警戒色に染まるほどに。

 何食わぬ顔でケーキとかいう食物を口に運ぶレベッカに、プラックは内心で戦慄を覚えている。身体改造によってほとんどの毒が効かなくなっても、種族の本能に根差したものはそうそう変わらないようだ。

 レベッカは何食わぬ顔でケーキを完食すると、プラックに無理しないでと優しく告げた。


「甘いの、苦手なのよね?」

「し、知っていたのか」

「ええ。私たちが連邦に所属する時に世話になったのはリティミエレさんだから」

「ああ、リティミエレ四位市民ダルダ・エルラを知っているのか。それなら知っていても不思議じゃない」

「あなた方の好みの味付けは、私たちには毒物みたいな味だもの。そういうのも、文化の違いよね」

「うむ。カイト三位市民もこのケーキという料理が好きだったのかね?」


 レベッカはしかし、プラックの言葉に小首を傾げた。

 同じ施設で長期間一緒に過ごしていたと言っていたから、その辺りの好みくらいは把握しているものと思っていたが。


「彼、本当に好き嫌いなかったから……」

「ええと」

「食にこだわりがないのよ、本当に。栄養補給がきちんと出来ればそれでいい、とか思っていたんじゃないかな」

「ほう?」

「リティミエレさんが知らずに出したってあなた方の地元料理……なんて言ったかしら、カザ……」

「ああ、カザギイラルケニか。あれは祝い事の席で食べるものなのだよな」


 懐かしい故郷の料理。プラックの体毛が白く染まる。あれは美味いのだ。

 だが、自分たちにとって最高の料理ということは、地球人にとっては要するに最悪の味なのだろう。


「あいつ、それを平然と全部食べたんだって」

「ほう。……ほう?」


 プラックはカザギイラルケニと同じサイズのケーキを食べることを想像してみた。自分は、体毛の色を変えずに食べきれる自信はない。それどころか、途中で絶対に体が拒絶反応を起こすだろうという実感があった。


「だから地球人はみんな大丈夫だと思ったらしいのよね。リティミエレさん、アバキアにいる私たちにあれを差し入れてくれてね……」


 そっと怯えたように自分の体を抱くレベッカ。それを食べてどんな惨状となったのか。想像できなくもないが、それは失礼にあたるだろう。


「馬鹿舌ってことはないはずなのよ。味覚はしっかりしてるから。だから、こう……食事にこだわりがないとしか表現しようがなくて」


 なんということだろう。

 カイトという人物を英雄的に描くのが、昨今のプラックの作品である。だが、これほど対極に存在する味つけでさえ堂々と受け入れられる度量まであるとは。

 プラックはもしかすると、これまでの取材で最もカイトに尊敬の念を抱いたかもしれなかった。


***


 この日の取材などを元に上梓された作品は、多くの連邦市民に困惑を与えた迷作と呼ばれた。味覚はそれぞれの種族で違うためか、あまり広く支持を得られなかったのだ。

 ただ、プラックの種族とアースリング。二つの種族からはカイトに対する畏敬の念が奇妙に深まったことだけは確かだった。

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