アリサ・クラウチは諦めていない
「……よし、これで一回分」
個人口座の残額を見て、アリサは思わず笑みをこぼした。
二度の身体改造の予算を稼ぎ出すこと。これがレベッカと約束した、アリサの再改造の条件だ。
職場である食糧生産工場からの帰り道。端末を仕舞ったアリサは居住区への道を歩く。
アリサの仕事ぶりは丁寧で、職場内での評判も良い。就業態度が良くないアースリングでは珍しいと言われることもある。
「アリサ
「ティーク
自分は恵まれている。中央星団での暮らしの中で、アリサは自分がどれほど幸運な立場であるか自覚する機会が増えた。
まず、兄の友人たちが色々と手を貸してくれる。テラポラパネシオはまだちょっと怖いが、自分を乗せてくれたティークや、職場を紹介してくれたアディエ・ゼ、議員をしているというアシェイドには本当に世話になっている。
「ティーク四位市民。兄さんは今頃どこにいるのかご存知ですか?」
「ええ、カイト
「辺境宙域ですか」
「テラポラパネシオの皆様からの情報ですから、間違いないかと」
アースリングの意向確認を終えたカイトは、かねてからの希望どおり気ままなふたり旅を始めたようだ。相棒はいつも一緒のエモーション。そのせいか、最近レベッカの機嫌がすこぶる悪い。
兄は地球時代の人脈に未練はないらしく、レベッカとも距離を置いている。レベッカは兄に追いつこうと必死だが、望みが叶うのは随分先になりそうだ。
「そういえばティーク四位市民。ようやく一回分の改造費用が貯まったんですよ」
「……アリサ十位市民。やっぱり気持ちは変わりませんか」
「もちろんです。私も兄さんみたいに、超能力を使う身体改造を目指すんです!」
「やめておいた方がいいと思うんですけどねえ」
ティークだけでなく、アディエ・ゼもアシェイドもレベッカまでも、アリサが超能力タイプへの改造には賛成してくれない。賛成してくれたのはテラポラパネシオくらいだ。
何故反対するのか聞いても、はぐらかされるばかりだ。アリサはそういう煮え切らない態度もあまり愉快ではない。
「まったく、ちょっと超能力を使ってみたいってだけなのに。皆して反対するんですから」
「あなたの場合、ちょっと事情が特殊ですから」
「またそれですか。それならちゃんと説明してくださいって」
唇を尖らせると、ティークが苦笑を漏らすような気配。機械知性だというのに、器用なことだ。
結局今日も今日とて、何故周囲が反対するのかは分からないままだった。
***
ティークはアリサを送り届けた後、『外部空間への意志の発出による物理干渉能力研究会』改め超能力研究会へと向かった。
今日は折よくテラポラパネシオもいた。軽く挨拶をすると、ティークはぶるんとエンジンを吹かした。溜息のつもりである。
「駄目ですね。説得に失敗しました。アリサ十位市民の超能力を取得する気持ちは固いですよ」
『ほら、言ったとおりだろう? 無駄なことはせずに、一度やらせてみれば良いのだよ』
「黙っていてくれ、テラポラパネシオ」
アシェイドが苦い顔で、煽り立てるテラポラパネシオを牽制する。ティークはどちらかというと、テラポラパネシオに同行して牽制してくれるアシェイドが居てくれないと味方がいなくて辛い。
『別にいいじゃないか。兄妹揃って超能力に適性があったら、研究も捗る』
「カイトから念を押されているんだ。あの娘には超能力改造をさせたくないとね。私はカイトの友人として彼の希望を尊重する責任がある。君たちは違うのかな、永遠の友人どの?」
『だから我々が彼女に接触するのは控えているじゃあないか』
「代わりにカイトの意向を彼女に説明するなと言ったのはそちらだろう?」
アシェイドとテラポラパネシオの仲は決して悪くない。ないのだが、この件に関してはどちらも譲らない。
ティークはカイトが反対しているというのは聞いていたが、そういえば何故反対しているのかまでは聞いていない。この場では賛成派が大多数なので、アシェイドに話題を振る。
「アシェイド議員。カイト三位市民は何故反対しているのです?」
「基本的にカイトは、自分の超能力への適性は施された教育と、孤独な環境に隔離された経験が強く影響していると考えている。血縁によるものだとは思っていないのだな」
カイトの超能力は極めて強力だ。これまでテラポラパネシオしか使えないと思っていた『外部空間への意志の発出による物理干渉』を意のままに扱う。その影響は大きく、連邦内でも超能力という呼び方の方が定着しつつあるほどだ。
地球には超能力を題材にした娯楽作品が多かったという。その関係で、超能力研究会は今も地球人の超能力適性に強い興味を持っている。
「実際問題、アリサ嬢が超能力に適性があっても私は驚かない。カイトは経験だと言うが、その前に才能があったとしても不思議ではないからね」
「であれば、問題はないのでは?」
「血縁による超能力の才能が認められたら、ここにいる連中がアリサ嬢を調べたいと言い出さないと思うかね?」
絶対的な確信を持ったアシェイドの発言に、研究員たちが一斉に目を逸らす。駄目だ、こいつらはやらかす。ティークはそんな確信を抱いた。
だが、カイトと研究員たちの間に面識はない。つまりカイトが反対する理由は別にある。アシェイドが溜息交じりに手を振った。
「カイトの場合、血縁による超能力の才能が話題に上れば、やつの両親が権勢を求めて動き出すと懸念している」
「ご両親?」
「カイトを売り飛ばした両親、な」
「……あぁ」
カイトは家族に恵まれていない。その事実は連邦内部でそれなりに有名だ。何しろ昨今の連邦内部では、地球の娯楽が流行しているのだ。
地球の演劇はエモーションが保存していた古典の他にも、多くの演目が創られている。最も人気なのはやはりというか、カイトの活躍を描いたもの。彼の地球時代の半生は、多くの演目で取り入れられている。つまり、両親による人身売買の件も。
「アリサ嬢と比べて、あの両親の評価はすこぶる悪い。就業態度も最悪だからね」
「ルティアノ九位市民は随分と思い切りましたね。居住区の中枢から彼らを完全に切り離したのですから」
「それもカイトの指示らしいよ。俗物だから権力を渡すなってね」
その一件だけで、両者の関係が修復不能だと分かる。カイトが危惧しているのは、アリサに万が一にも超能力の才能があった場合、両親が自分たちにも超能力の適性があると言い出すのではないかということ。そして、それを利用したがる誰かが出てくるのではないかということ。
「実際、利用したがる可能性が高い連中はここにいるしな」
ぐうの音も出ないとはこの事か。研究員たちが視線を地面に落とす。確かにやりかねない。実際彼らは、アバキアに手の者を送り込んでいるのだ。もっともらしいことを言っていたが、その件は後程そこそこ問題になった。言いくるめられたリティミエレも始末書を提出している。
「理想的なのは改造した後、彼女に才能がないことなんだがね」
アシェイドのぼやきにも似た呟きが、虚しく響いた。
***
アリサはいつも通り、家を出る。
両親とは近所だが、別の家だ。兄を売った両親をアリサは心底軽蔑しているし、レベッカが居住区の運営に関わらせなかったのは英断だと思っている。
最近は家から出てくる姿も見ない。最近は演劇で兄の境遇が演じられているせいか、居住区の中でも居づらくなっているようだ。
「さ、仕事仕事っと」
ちらりと両親の家を見てから、職場に向かって歩き出す。どうせ途中でティーク辺りがまた声をかけてくるだろう。
まさか両親のせいで再改造に反対されているとは知らないアリサは、今日も労働に精を出す。
尊敬する兄に一歩でも近づくために。
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