銀河放浪こぼれ話3

ディーヴィンの末路

「いや、驚いた。こんな症例は初めてですよ」


 人工天体サルンザレクに急遽あつらえられた研究室で、医師のュモルツァンギは端末を叩いた。

 状況を聞きに来たアシェイドも、モニターに映る患者の姿に表情を凍らせる。ディーヴィンが連邦から放逐されたのは彼が生まれるだいぶ前のことなので、その姿は記録映像の類でしか見たことはなかった。カイトら地球人の背中に翼が生えたような姿。翼の形状は個体によってまちまちだが、地球に住む鳥などの翼に似ていると。

 連邦にも似たような姿の種族もいるから、それ自体は驚くには当たらない。

 だが、苦しんでいるディーヴィンたちの姿は、まるで彼らが親しんだ地球人そのもの。


「翼だけが腐り落ちたと聞いていますが」

「そのようですね。私も、彼らの肩甲骨の部分に骨の残滓がなければ信じられなかったところですわ」


 ディーヴィンの皇王ヴォルパレックを含め、全てのディーヴィン人は翼を永遠に失った。腐敗して落ちたのだ。骨も朽ち果てて根元で折れ、今は全員が高熱に苦しんでいる。

 不思議なのは、ヴォルパレックに触れた後の者も触れる前の者も、等しく同じ程度の症状を見せているということだ。当のヴォルパレックですら、あれだけ苦しんでいた負荷による影響から脱している。


「その、なんといいましたか。時間干渉の負荷というのは、いったいどれほどの苦痛なのですかな?」

「それこそ、その負荷を受けたことがあるのがテラポラパネシオとカイトだけなので、よく分からないのです」


 テラポラパネシオは『触腕が都合何本弾け飛ぶくらい』という基準だし、カイトは『気合を入れたら我慢できるくらい』とこちらもまるで参考にならない。

 実際、カイトの答えだけは一切信用がおけない。何しろ。


「いや、ヴォルパレック氏が苦しむ様子の映像は見ましたがな。気合を入れたら我慢できるくらいですと? あれが?」

「納得できないなら、先生から本人に聞いてください。私は二回聞き直しました」

「カイト三位市民エネク・ラギフは何と?」

「ちょっと大げさに痛がり過ぎだよね、と」


 沈黙。見るからにカイトの言の方が信用できないが、かといってその言葉を真っ向からあり得ないと切り捨てるのも気が引ける。

 ひとまずその件については棚上げをすることにして、二人はディーヴィンの現状に話を戻す。


「で、ディーヴィンの発熱の原因は分かりましたか」

「分からない、と言わざるを得ませんな。その負荷とやらがディーヴィン全体に伝播したのか、翼が突然腐り落ちたことによって体が拒絶反応を示しているのか……」

「どちらもあり得ると?」

「どちらかというと、負荷とやらの方が説明しやすいのは確かですよ。老若男女問わず、まったく同程度の症状ですから。翼が腐り落ちた拒絶反応であれば、症状の重い軽いはあるはずなので」


 アシェイドは腕を組んで天井を仰いだ。

 彼は議員のテラポラパネシオから、また別の可能性を提示されていたからだ。カイトが『発音できない者』と呼び始めた存在の影響という可能性を。


「では負荷によって翼が腐って、発熱までしたと」

「いえ、それは別でしょうな。というより、翼が生えていた状態こそが異常だったとしか」


 ュモルツァンギは端末を触腕で操作する。モニターのひとつが切り替わった。

 ディーヴィンの肩甲骨と、そこから繋がっている骨の残滓。その映像が大きく示される。


「不思議なことに、明らかに別の生物の部品を強引に繋ぎ合わせた形になっているのですよ。むしろこんなものを繋いだ状態、彼らがどうやって維持していたのかを聞きたいくらいで」

「……ュモルツァンギ先生。これは、私がテラポラパネシオから聞いた与太話として聞いていただきたいのですが」


***


「つまりその、『発音できない者』が消滅するのと同時にディーヴィンの翼が朽ち始めたと仰っているのですな?」

「ええ。カイトが戦闘した様子というのは映像記録に残っていますが、珍しくテラポラパネシオが公開を差し止めました。正気を削り取られるから見ない方が良い、と言っています」


 実際、アシェイドは戦闘記録までは見ていない。だが、サルンザレクの内部でディーヴィンに化けていた個体との会話の様子は見た。9th-テラの運用するヴェンジェンスの砲撃までの短いシーンだが、アシェイドは闇色に染まった人型に表現できない吐き気を覚えつつも、何故か目が離せなくなってしまった自覚があった。

 あれは知性体の精神に良くない干渉を及ぼす何かだ。

 そして連中の言葉を信じるならば、惑星だけでなく恒星系でさえも片手間で生み出してしまうことが出来る力を持っている。


「テラポラパネシオの方々を信じないというわけではないのですが、いささか荒唐無稽に感じますなあ。つまりその『発音できない者』とやらが、生物の限界を超えて別々の生物のパーツ同士を拒絶が出ないように繋ぎ続けていたということになりますが」

「そうですね。私も荒唐無稽に感じています。ですが、テラポラパネシオは嘘などつかない。かれらがそう感じているのは確かです」


 というよりも、アシェイドはむしろそんな超越的な存在と戦って勝ってしまったカイトの方が異常に感じるのだけれども。

 アシェイドの言葉に、ュモルツァンギは球形の体を左右に揺らした。結論に迷ったとき、この種族は往々にしてそういう動きを見せる。


「では仮に、『発音できない者』が消滅したことによって、ディーヴィンの翼が本来受けるはずだった拒絶反応を受けるようになったとします。ヴォルパレック氏が受けていて、分散されたという負荷はどこへ行ったのでしょう」

「そこが問題なのです。


 カイトの報告書では、ヴォルパレックの翼に生えていた羽毛を使って、負荷を『発音できない者』に移したと書かれている。

 コピーされたというアースリングが生まれた原因も、ディーヴィンが生まれた原因も、遡ればすべて『発音できない者』の行ったことだという。確かに負荷を背負うには十分すぎると言えるだろう。


「ところでアシェイド議員閣下。閣下は何故、彼らの症状が負荷によるものかどうかをそこまで気になさるのです?」

「負荷であるか、単なる病変であるかが連邦議会にとって大きな意味を持つからですよ」


 報告書の内容を信じるのであれば、カイトは負荷を使い切ったことになる。『発音できない者』はその程度の負荷では滅びなかった。『発音できない者』を滅ぼしたのは、その負荷を呼び水にしてこれまで誤魔化してきたあらゆる摂理の負荷を受けさせた結果なのだとか。わけがわからない。

 テラポラパネシオだけは理解していたが、残念ながら連邦議会にはその意味を理解できる者は他に誰もいなかった。高次元な超能力を持っていないと理解できない説明には是非とも通訳をつけて欲しい。いや、本来はカイトが通訳の側なわけだが。

 ともあれ、時間干渉の負荷による苦しみであれば、連邦議会はそれをディーヴィンへの罰とすることになっている。その場合は彼らへの治療行為についても、極めて微妙な判断を求められるのは明らかだった。


「負荷の影響であればこのまま様子見、違えば治療の後で裁判、ということですかな?」

「そうなるね。元々はカイトが連中に負荷を渡したことが、当事者からの罰という側面を持っていたから判断されたことなんだが」

「私としては、出来れば治療したいところです。このままでは相当数が死ぬことになりますから」


 ュモルツァンギの言葉に、アシェイドも頷いた。

 この発熱が負荷か『発音できない者』の影響か判断がつかないのであれば、負荷のせいではないことにして治療し、その後に裁判を行った方がスマートだ。

 カイトは当事者とはいえ、あくまで地球ひとつの代表でしかない。生き残った他の地球の住人達は与り知らないことだが、それでも当事者であることに変わりはない。また、滅んだ星々の生き残りも、数少ないながらディーヴィンによって各地に売られている。公社にもいくらか生き残りがいるから、裁判をするとなれば長期にわたるのは間違いない。


「ュモルツァンギ先生。私の権限でここに宣言します。ディーヴィンの発熱は、議会の定めた負荷によるものではないと判断します。先生と医療スタッフの皆さんは、彼らの命を出来る限り救い、しかる後に裁判の場に立たせることが出来るよう努めてください」

「承りました。しかし、彼らが裁判の場に立てるかどうかは保証できかねますな」

「……何故です?」

「翼が腐り落ちた影響かもしれませんが、彼らの筋力が異常に衰えております。生き延びても立ち上がれるかどうか」

「その、それが負荷によるということは……」

「……どう思われます?」

「……負荷によるものではない。そういうことにしておきましょう」


 出来ればこちらが言う前に、ディーヴィンの状態についてはすべて説明しておいてほしいところだ。ュモルツァンギに返答しながら、溜息をひとつ。

 アシェイドはモニターに映ったディーヴィンに視線を向けた。少しばかり同情的なものになってしまったのは否めない。

 彼らは今後どういう裁きが下ろうと、健康な生活は二度と送れない。それが分かってしまったからだ。

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