旅立ちの時
夢見る情熱ある限り
事態の収拾は、思ったよりも早くついた。
カイトがサルンザレクに戻ると同時に、少し落ち着いたテラポラパネシオが他の個体に協力を要請したらしい。カイトが声をかける間もなく中央星団付近へと転移したのだ。ディーヴィンの船団ごと一気に転移したから、中央星団は軽く騒ぎになったという。
テラポラパネシオは議会からこっぴどく叱られたようだが、それはそれとして対応は迅速だった。苦しむディーヴィンたちを治療すべく、億単位のディーヴィンたちは治療用の人工天体にことごとく放り込まれたからだ。裁きだのなんだのという話は全部棚上げになってしまっている。
カイトはそちらのことは連邦に任せて、9th-テラの件を解決すべくあちこち飛び回る羽目になった。
「ミスター・クラウチ……いや、キャプテン・カイト。世話になったね」
「ああ。君たちも元気で」
結局、9th-テラは連邦の所属にはならなかった。場所が連邦の勢力圏外だというのもそうだが、最も大きな理由は彼らの成長がまだ途上だったからだ。
惑星としての9th-テラが終わったわけではないし、彼らの技術体系はまだまだ未熟なのだ。今回のような事件がなければ、連邦も干渉しようとは思わなかった。
最も苦労したのは、テラポラパネシオの説得だった。地球クラゲの話題になると普段の倫理観も責任感もどこかに飛んで行ってしまうから始末が悪い。結局、9th-テラの近くに人工天体を設置することで合意を見た。今はそこの代表権を争って何体かの個体が熾烈な勝負を繰り広げている。ゾドギアの代表が羨ましくて仕方ないのだとか。君たち一応自我を共有する同一存在だろうに。
「何か、力になれることがあったらいつでも言ってくれ。
「たまにはそんな日があっても、刺激的でいいかもしれないね」
身体改造をしていないダンたちとカイトでは、生きる時間の流れが違う。これがきっと最後の別れになるだろうことは、お互い分かっているのだ。それでも。
呉威華という天才がいれば、彼らの技術は遠からず、連邦の求める水準に届くだろう。彼女は連邦の多くを見た。きっとその確かな閃きで、新たな未来へと9th-テラを導くとカイトはそう信じている。
「君たちの子孫の誰かが、いつか連邦で僕と出会う日がくる。そんないつかを、楽しみにしているよ」
「ああ。そんなには待たせないさ」
ダンから差し出された手を、しっかりと握る。
その上に乗せられた多くの手が、名残惜しそうにゆっくりと離れた。
***
9th-テラの事件の報告書を仕上げたカイトは、アシェイドの元へ向かった。
執務室で仕事をしていたアシェイドは、何かを察したのだろう。提出された報告書にミスがないことを確認して、目を細めた。
「じゃ、しばらく留守にするよ」
「……そうか。楽しんでくるといい」
あまり長居すると、またぞろ変な事件に巻き込まれてしまいそうで怖い。地球人絡みの事件は全てけりがついたので、そろそろ連邦市民としての人生を楽しむつもりのカイトだ。
誰にも縛られず、心のおもむくまま自由に。
挨拶はアシェイドだけの予定だ。どうせ何かあったら転移で戻ってくるのだし、声をかけると変に引き止められそうなのが何人かいるし。
特にテラポラパネシオ絡みは危険なので、そちらは出発した後に通信で済ませようと思っている。
「最初はどこへ?」
「さてね。連邦の勢力圏をぼちぼち観光しようとは思っているけど」
エモーションが喜ぶような、宇宙面白グルメツアーも楽しいかもしれない。
何をするか決めるのもまた、旅の醍醐味なのだ。エモーションと一緒であれば、きっと悩むのも楽しいに違いない。
「何かあったら連絡してくれ。僕らはいつでもここに戻って来られるからね」
「ああ。頼りにしているよ」
カイトが笑うと、アシェイドは肩をすくめて苦笑するのだった。
***
港までの道を、エモーションと連れ立ってのんびりと歩く。
不思議と、奇妙な寂しさを感じている。永く親しんだ家を離れるような寂しさ。地球人を探し回っていたから、中央星団にいた期間も決して長くはないはずなのに。
と、前方から歩いて来る人影があった。
特徴のない風貌だ。中肉中背、顔立ちにもこれといった特徴を感じない。
目が合う。年上だな。何となく思った。
「やあ」
「どうも」
特に敵意もなにも感じない。通りすがりの、見知らぬ地球人。
違和感がないという違和感に、カイトは思わず足を止めた。おや、鋭いんだねと穏やかな呟きが漏れた。
「今回は大変だったね。お疲れ様」
何故だろう。敵意も悪意も感じない。むしろ親愛を感じるのだが、カイトはそれを素直に受け取ることが出来ない。
中央星団で地球人とすれ違う。地球人の居住区でもないのに。それなのに違和感がないということへの異常性が先に立ってしまうのだ。
「慎重なのはいいことだよ。ただ、私は敵じゃない。心配しないでくれると嬉しいな」
「それは……そうなのでしょうけど」
敵ではないということは信じられる。とはいえ、警戒しない理由にはならない。
懐に手を入れたので思わず身構える。取り出してきたのは数枚の紙束。すっと差し出されたので、こわごわ受け取る。
「これを君に贈りたくてね」
「これは……?」
「設計図だよ。君たちの技術体系でなら作れるはずだ」
軽く目を落とすと、確かに設計図の形式だった。それにしても、今どき紙の設計図とは。
取り敢えずカイトには理解できない内容だったので、そのままエモーションに手渡す。
「キャプテン。これは……」
「どうしたんだい、エモーション」
「いえ、あの」
設計図を隅から隅へと読み終えたエモーションが、言い淀む。
普段の彼女にはありえない様子に思わず目を見開くが、先方も隠すつもりはなかったのだろう。あっさりと種明かしをしてくる。
「君がアレに使った、摂理砲というやつ。あれに近いものの設計図さ」
「はぁ!?」
剣呑すぎる設計図だ。いや、それよりも。摂理砲の設計図などと言われても。
「まあ、少々時代が追いついていない代物ではあるがね。君なら悪用はしないだろう?」
「いや、要りませんよそんなオーパーツ」
「用意しておいた方が良いと思うよ。君はアレらと関わりをもってしまったからね。それがあれば遅れは取らないだろう」
アレら、が何を示すのかはすぐに分かった。神様気取りの派閥だろう。『発音できない者』を排除してしまった以上、敵視される可能性は考慮していたが。
そんな連中に対抗する手段を気軽に用意してくれる相手となると、カイトが思い浮かべられるのはそう多くない。
「……あなたは、もしかして」
「ふふ。名乗るのはやめておこう。私はせめて二流どまりにしておきたいからね」
「!?」
いや、予感はあったがまさか。
ぞわりとカイトの背中を走る寒気。注意を逸らしたのはほんの一瞬だったというのに、その時には既に影も形もなく。
慌てて周囲を見回すが、やはり何の痕跡も残ってはいなかった。エモーションも動揺を感じさせる目をこちらに向けてきている。その手にあったはずの設計図も、いつのまにかなくなっていた。
「エモーション。設計図の内容は?」
「ええ、細部まで記憶しています。どうされますか」
「作ってくれるかい。そうしてから出発しよう」
カイトは思わず頭を掻いた。そうせずにはいられなかったのだ。
「インテリジェント・デザイン論は眉唾だって言ってるのになあ」
「……信じます?」
「どうだろうね。連中と敵対している、連邦より遥かに凄い文明の人ってことにしておいた方が精神衛生上は楽なんだけど」
とにかく折角の心遣いだ。有難く受け取ることにする。
どうせ、カイトとクインビーにしか使えないような理不尽かつ解析できない理屈が組み込まれているに違いないのだから。
はあ。深く重いカイトの溜息に共感するかのように、エモーションがきゅるきゅるきゅると呻くのだった。
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