摂理に見つかるということ

 カイトは今もって、神の実在には懐疑的だ。先程の話は『発音できない者』の信仰を揺るがすために吐き出した言葉に過ぎない。

 効果は覿面だった。殺意と憎悪と憤怒と狂気。その全てを煮詰めて形にしたような何かが、カイトの眼下でクインビーを探して暴れ回っている。

 幕引きに必要な要素は、既に揃っている。カイトは自分とクインビーを繋ぐ台座以外の全ての働きバチワーカーズを自身の頭上に集結させた。

 力を込めて、巨大な球体を造る。かつては巨大な小惑星を圧縮して砲弾と換えた、砲台である。だが、今回は圧縮するためのものではない。加速。ただひたすらに加速して撃ち込むための。

 カイトがポケットから取り出したのは、一枚の羽毛。負荷に苦しむ皇王ヴォルパレックの翼から剥がれた羽毛だ。


「ただ捨てるよりは、こっちの方が良いよね」


 カイトの超能力でコーティングされた羽が、砲台にセットされる。

 相手も気づいたのが分かった。顔も腕も足も翼も尾も、あるのかないのか分からない不定形。だが明らかに注意がこちらに向いたのを感じ取る。

 避けられれば敗北する。だが、カイトは『発音できない者』がこちらの一撃を避けないだろうと確信していた。神の代行を気取る者だ、少なくとも先程のサイオニックランチャーの一撃を防ぎ切ったことで、こちらの攻撃を取るに足らないものと認識しているはず。

 だが、それこそが隙を生む。食らいつくようににじり寄る『発音できない者』の中央に向けて、カイトは最速の弾丸を撃ち込んだ。


『グッ……!?』


 防ぐことは出来ない。速さが理由ではない。

 防ぐことは出来ない。威力が理由ではない。

 防ぐことは出来ない。摂理ルールが理由だからだ。


『き、貴様……! 何をした!?』

「切り札さ。巡り合わせと言った方がいいかもね」


 ディーヴィンは、9th-テラを破壊しようとした。時間干渉の原因となる、カイトが生まれる原因を作った。

 ディーヴィンが存在しなければ、時間干渉は発生しなかった。摂理は愛情に満ちて無慈悲、残酷なまでに平等だ。事実のみをもってディーヴィンの責任を認定し、時間干渉によって発生する負荷を背負うことを是とした。

 では、そのディーヴィンを造ったのは。『発音できない者』は言っていたではないか。自分たちが創ったと。

 ならばその負荷を、『発音できない者』にも背負う責任がある。


「そうだな、摂理砲とでも名付けようか」


 地球規模の物体を、時間移動させた負荷だ。ディーヴィンには極めて重い負荷だろうが、生物とすら言えないような『発音できない者』であればどうか。

 かなり強い負荷だったようだが、仕留めるまではいかなかったようだ。内部から何かを吐き出しながら、カイトに向かって汚い笑い声を叩きつけてくる。


『中々、効いたよ。素晴らしいな、人類。だが、二度も三度も使える手ではあるまい?』

「そうだね。僕の打てる手はこれが最後だ」


 そして、既に決着している。

 形容しがたい部位を振りかざした『発音できない者』が、それをクインビーに叩きつけようとしている。直撃すれば、クインビーもカイトも一撃で抹消される、そんな予感。

 だが、その心配はもうない。何故なら、もう終わっているからだ。


『なぜ、だ。体が』

「僕の推測だが、君たち。摂理を操作……というか、誤魔化す方法を見つけているだろう?」

『な、に?』

「恒星系のコピー、再現。それだけでも相当な時間干渉だと思うんだが、どうだろうね」

『神の、御業だ。こちらは、摂理を、従える』

「そう信じさせられているのだとしたら、随分な残酷だよ。やっぱり僕は、インテリジェント・デザイン論を推したくはないなあ」


 深く、溜息をつく。『発音できない者』はもう、身じろぎひとつ出来ない。

 カイトが羽毛を撃ち込んだのは、負荷による撃破を目論んだものではない。


「種明かしだ。僕が君に撃ち込んだのは、摂理の負荷を今なお受けているディーヴィンの皇王。ヴォルパレックの羽毛だよ」

『ま、さ、か……!』

「負荷で君をどうにか出来るならそれが一番良かったんだが、それは望み薄だ。だけど、君たちが摂理を誤魔化し続けていたならこれは効くだろうと思ったのさ」


 そう。『発音できない者』が本体を晒していなかった理由。余裕ぶっていただけではない。自分たちが誤魔化していた摂理から逃げ回っていたのだ。

 おそらく短時間であれば、摂理による干渉を受けない自信があったのだろう。だからこそ本体をこの場に晒し、カイトとクインビーを確実に葬り去る方法を選んだのだ。カイトの防御は厄介だが、攻撃は効かない。自分たちの本質を無遠慮に見透かそうとしてくることへの怒りもあったに違いない。


「隠れることは出来ないよ。君はもう見つかってしまった」


 だが、その体内に。今まさに稼働している摂理そのものを撃ち込んだとしたら。どれほど誤魔化そうとしても、もう遅い。

 あらゆる摂理を笑い、自分たちこそが法則を支配すると驕り高ぶっていた存在は、実は誤魔化していたに過ぎなかった法則の知るところとなった。


『き、貴様、は』

「言っただろう? 幕引きさ。さ、どこまで耐えられるものだろうね」


 突如、『発音できない者』が縮んだ。姿勢もそのまま、ただサイズだけが一回り小さくなったのだ。


『!?』


 圧縮。有無を言わせず、抵抗もさせず。身動きの取れない『発音できない者』は、その姿勢のまま、ぐんぐんと小さくされていく。


『ぶ、ぎ。あがぁ……』


 負荷だ。そうとしか表現できない何かが、『発音できない者』を圧縮している。

 外的な力がかかっているようには見えない。内部から引っ張られているわけでもない。だが、その力は『発音できない者』を中心へと圧縮していく。抵抗できないほどの力だ、苦しそうなうめき声が漏れる。


『カイトォォ……! カイト・クラウチィィィ……!』

「悪いんだけどさ」


 筋違いの恨み節を聞いてやるほど、カイトもお人よしではない。

 役目を終えた砲台を解体し、腕の形に変える。サイオニックランチャーを再び装着し、生身の指と砲口を『発音できない者』へと向けた。


「そういうの、聞き飽きてるんだ」

『ガッ!? ギャアアアアアアア!』


 超能力とはイメージだ。『発音できない者』でさえも抵抗できない力がある。それを思い浮かべれば、つまり攻撃は届くということ。

 一切の遠慮を持たない光の刃が、元のヴェンジェンス程度まで縮んでいた『発音できない者』をまるごと飲み込む。

 『発音できない者』が消失するのと同時に、放たれた光もまた消滅した。


『敵性反応、完全に消失。キャプテン、お疲れ様でした』

「……ふぅ」


 エモーションの言葉に、完了を実感する。

 カイトは力なく腰を台座に下ろした。さすがに疲れた。


「いやぁ、しんどかった。戦うってのは嫌だね、やっぱり平和が一番だ」

『確かに。私も今回ばかりは駄目かと』


 背中を船体に預ける。カイトの体はぬるりと壁面を透過し、ふわりと船内の座席に納まった。

 目を閉じて、船体や自分の体に異状がないか探る。多少なりとも影響があれば、サルンザレクに戻るべきではない。


「……よし、大丈夫そうだ」


 体を起こす。サルンザレクに通信を送ると、すぐに反応があった。


『大丈夫かね、カイト三位市民エネク・ラギフ!?』

「ええ、何とかなりました。そちらは?」

『で、出来ればはやく戻ってきてくれないか』

「おや、何事です?」

『ディーヴィン達が大変なんだよ! 痛い痛いと泣き叫んでね』

「ふむ」

『驚いたことに、誰も彼も翼が腐り落ちているんだ! 医療スタッフが走り回っているが、とても手が足らない! とにかく一旦中央星団に戻りたいのだ、力を貸してくれ』

「了解です」


 事情はよく分からないが、原因はひとつしかあるまい。『発音できない者』が滅びたことだ。

 とにかく、宇宙クラゲを手伝ってやらねば。周囲の個体に助けを求めれば良いだろうに、相変わらず間が抜けているというか。


「やれやれ、次から次へと事が続くねえ」

『いいじゃありませんか。少なくとも今回は連邦的な案件です』

「それもそうだ」


 エモーションの言葉に、相好を崩す。全力で力を使ったこともあってか、妙に気分が爽快だ。

 とにかく、戦闘は終わったのだ。カイトは意気揚々とサルンザレクへとクインビーを躍らせるのだった。

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