アグアリエス遺構の探索道中(2)
サイトー博士たちはバイパーより多少上等な防護スーツに身を包んで、鋼板の組成やその奥の大気の状態などを調べている。
いきなり開けたりしないのは、それを作法だと信じているからだ。
廃惑星としてのアグアリエス。少なくとも惑星表面は間違いなく死んでいる。宇宙空間でも生身を晒せるカイトであればこの星でも生身で散歩出来るだろうが、普通の生物でそれは無理だ。
身体改造を受けた連邦市民であっても防護スーツを必要とするような、有害な宇宙線と毒性の大気。億年の間、この星の地下でもしも細々と生き延びていた生物がいたならば、そんなものが流入すればそれだけで絶滅しかねない。
「この星の地上に適応した生物は、これまで一度も観測されていない。まあ、普通に考えればこの奥にも生物がいることはないだろうと思うよ」
「それで、この奥はどうなっているんだ?」
「大気の組成はそう変わらないね。この鋼板がどれほど強固でも、結局のところ、空気を一切通さないってわけじゃない」
当たり前だが、億年の断絶は大きい。
かつて種族としてのアグアリエスは、惑星の滅びが避けられないと知って大規模な移住計画を立てた。だが、フルギャドンガコピーやラウペリア
当時、移住船に乗ることの出来ないアグアリエスがいたはず。彼らは滅びゆく惑星で最期を迎えた。移住船に乗れないことを悲しみ、自らの境遇を恨み、移住船に乗って去った同胞を羨みながら。
「この地下に、そんな誰かの遺物があるといいんだけど」
「可能性は?」
「ゼロに近いね。当たり前に風化してるんじゃないかな」
「夢も浪漫もない話だね」
そりゃそうだ、とサイトー博士が苦笑する。適切なメンテナンスがなければ、連邦の機械であろうと億年は保たない。資源の問題を解決した連邦と違って、文明としてのアグアリエスには寿命や資源の問題を解決出来なかった。たとえアグアリエスの知性体が死に絶えて機械だけが動いていたとしても、億年という時の間に資源の類は使い果たしてしまったはずだ。結果、残るのは機能停止と風化ばかり。
サイトー博士たちが慎重なのは、外気による影響を受けにくかったこの地下にならば、その機能停止した機械の類がわずかなりとも残っているかもしれない。そんな可能性を考えてのことだ。
サイトーと会話している間に、スタッフが周囲にテントのようなものを展開する。しっかりと密閉されていることを確認したところで、装置を起動。
「ドーム展開完了。地下との大気組成同期を開始」
「同期完了。鋼板の移動を」
「了解。機構は死んでますね。よいしょ」
スタッフの数人が防護スーツの機能を活用し、鋼板に取りつく。鋼板の縁に手を置くと、ズズと音を立てて鋼板がずれ始めた。
意識のどこかに地球人としての常識が残っているバイパーは目を円くした。大型の重機でも手が出ないような分厚い鋼板が、数人の素手で持ち上がるとは。
「連邦の技術は凄いよねえ」
「ああ。固定は?」
「そうだね、これくらい隙間があれば十分か。ドームと接続を」
「了解です」
ドームの天井から紐のようなものが伸びて、鋼板と接続される。鋼板を持ち上げたスタッフたちが手を離しても、鋼板は元に戻ることはなかった。
では入ろう、と涼しい顔で促すサイトー博士。彼はどうやら、バイパーが思っている以上に場慣れしているようだった。
***
先頭はバイパーが担当することになった。多少なりとも超能力を使えるのだ、勘働きについてはここにいる誰より鋭いという自負がある。あとは、火力面でも。
ゆっくりと、周囲を警戒しながら歩く。防護スーツの肩口から光が放たれ、ある程度の視界は確保されているが。
「……ま、当然だけど埃っぽいね」
「そうだね。だけど、随分と原型が残っている。ちょっと期待しちゃうなあ」
サイトー博士の言葉どおり、地下は明らかに風化の程度が遅い。なにしろ、地面と天井が被造物の体裁を残しているのだ。
流石に恒星系の外に進出するだけの技術を開発しただけのことはある。触れれば崩れる程には脆くなっているが、形を残しているだけでも驚くべきことだ。
記録を取りながら、ゆっくりと先を進む。壁や床が脆くなっているということは、天井も同じくだ。ちょっとした衝撃で生き埋めになりかねない。
「おかしいな」
「どうされました、博士?」
「ん。この数値なんだけど……新しすぎるなって」
「確かに」
サイトー博士は機材で何かを計測しながら歩いていたが、何やら疑問を持ったようで足を止めた。他のスタッフも数値を覗き込んで、同意の言葉を漏らす。
バイパーは彼らに先んじて少しばかり進んでみる。と、ちりちりと妙な感覚を覚えた。右手の擬態を解除し、サイオニックランチャーをいつでも撃てる準備をしておく。
「……扉、か?」
暗がりの向こう、ちらりと扉のようなものが見えた。おかしい。明らかに風化していない廊下と扉が先にある。
じり、と後退する。進んでくるサイトー博士たちを、左手を挙げて制止する。
声のトーンを落として、警告を投げる。
「この奥、施設がまだ生きています」
「そのようだね。壁面と床が丈夫になってる。たぶん、最近補修されているね」
「補修? じゃあ、機械の類が生きているとでも」
「アグアリエスの機械じゃないと思うな。新しすぎる。施設の経過が五年とか十年とかだよ」
サイトー博士が調べていたのは、壁面と床の組成だった。突然踵を返し、先程よりも頻繁に装置を動かす。
足と手を止めたのは、入口がぎりぎり見えない程度の所まで戻った辺りだった。
「ここだ。ここを境に新しくなってる。……というかこれ、風化が中途半端なのってもしかすると」
「博士。風化している部分の組成も、アグアリエスの船とは異なっています」
「やっぱり」
こりこりと頭を掻いて、サイトー博士は溜息をついた。ここまでの興味が一気に薄れたような様子に、バイパーは首を傾げた。
どうやらサイトー博士や調査隊の期待が裏切られる結果が出てしまったらしい。奥を見たわけでもないのにこの様子ということは、かなりの確信があると見た。
「サイトー博士、ここは一体何なんだい」
「バイパー君。残念な話だよ」
機材を鞄にしまって、サイトー博士はゆるゆると首を横に振った。
「ここはアグアリエスの文明の名残じゃなかったってことさ。いや、元々はアグアリエスの遺構だったのかもしれないけれど」
「何者かに改装されたってことかい」
「まず間違いない。この壁面と床の組成、アグアリエスの船の技術体系とはまったく違うものでね」
こつりと蹴飛ばした壁に、サイトー博士の靴がめり込む。
引き抜かれると同時に、粉がぱっと舞った。
「データベースに残っていたよ。連邦ではない、別の知性体の建築様式に酷似している。出自ははっきりしているね。アグアリエスと直接の関係はない」
そんな建築様式が、何故こんな廃惑星に残っているのか。
惑星としての命を終えた後に、こんな施設を残そうと考える者は少ない。その候補は全てが、後ろ暗い。
「おそらくは、海賊の根城。放棄されたのか、全滅したのか、それは分からない。だけど誰もここには戻らなかった。たぶんこの先には、彼らの居住区画と、ここ以外の入口がある」
サイトー博士たちのテンションが下がった理由が分かった。海賊の根城となれば学術的な意義はない。彼らの目的が完全に消え失せてしまったからだ。
「十年前後前に討伐された海賊のどれか、ということかな」
「分からないね。施設のメンテナンスを機械に任せていた可能性もある。そうだとしたら、機械が故障してから十年だから、海賊がいなくなったのはそれよりだいぶ昔ってことになる」
バイパーはその話を聞きながら、むくむくと興味が湧いてくるのを抑えられなかった。何しろ先程、奇妙な直感を覚えたばかりなのだ。
「サイトー博士。学術的な発見はないかもしれないけどさ」
「うん?」
「ちょっと超能力者の勘ってやつが働いてね。この向こう、何かあると思うぜ」
にやりと、バイパーは笑みを浮かべた。
博士たちの領分が終わったなら、ここからは悪ガキの領分だ。
「ちょっとこの奥、覗きに行ってみないかい?」
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