邪悪

 それほど時間を置かず、砲撃は終わった。

 クインビーの背後にいた者はすべて無傷。サルンザレク内部はある程度破壊されているが、貫通まではしていない。障壁を解除する。


「ふん、バレていたとはね」

「確信があったわけじゃないさ。ただ、どうも連邦と接触したがらないようだったからね。警戒はしていたよ」

「ったく、融通の利かない」


 呆れたようにヴェンジェンスの方を見る『発音できない者』に、


「君たちには仲間意識のようなものはないのか」

「仲間ではないな、同一存在だからね。テラポラパネシオとは違って、君たちが端末と呼んでいる道具のようなものだ。私を殺しても本体は少し面倒に思うだけさ。精々が少し指先が痛むとか、そのくらいの影響がある程度で」

「なるほど、本体は高みの見物かい。臆病なことだ」

「私を怒らせてここに本体を呼びつけようというのであれば、あまり賢いとは言えない行動だ。私たち端末はともかく、本体はテラポラパネシオの総力よりも強い」


 ちらりとテラポラパネシオの方を見ると、不本意そうな様子は見てとれたがその言葉を否定まではしなかった。


『本体と戦ってどうなるということは分からない。だが、連中が出来ることは多い。我々よりも、間違いなく』


 テラポラパネシオは嘘をつかない。彼我の違いを冷静に、誇張なく断言する。ある点において、『発音できない者』はテラポラパネシオよりも出来る。それをテラポラパネシオも認めている。その事実は大きい。


「そういうわけだ。我々が創った太陽系は、本物と見紛うものだっただろう? ああ、君たちの太陽系はオリジナルではないのだよな。似ているだろう?」

「太陽にいたるまで、全部作ったとでもいうつもりかい」

「その通りだ。地球人の古い哲学者が、中々に面白い説を唱えていたのは知っているかね? 『世界五分前仮説』というのだが」


 カイトは残念ながらその仮説を知らなかった。だが、『発音できない者』が言い出すと、途端に不安を誘う響きになる。


「世界が五分前にそのままの形で、すべての非実在の過去を住民が「覚えていた」状態で突然出現した時、その可能性を誰も否定できない。そんな仮説さ」

「馬鹿な。まさか……」

「ああ、もう気付いたのか。さすがに優秀だ。君みたいなのが生まれてくると困るから、私たちは地球人の中に端末を紛れ込ませるのさ。早めに排除しないと後々に響くからね」


 闇のような真っ黒な顔で、反吐の出るような言葉を平然と吐く。

 つまり『発音できない者』は、オリジナルの地球のある瞬間を保存し、宇宙空間にそれを再現してみせたと言っているのだ。


「いつだ」

「うん?」

「いつを起点に、13もの地球を創り出した」

「さあて、いつだったかな。西暦1970年より後であることは保証するよ」


 あまり会話にのめり込むと、ヴェンジェンスから二射目が来るかもしれない。それは分かっているが、聞き流すにも関係ないと突き放すにも、あまりにおぞましい話なのだ。

 それが分かっているのか、『発音できない者』は口のように見える部分を三日月のように歪めて泥濘のような言葉を吐き出す。


「もちろん、恒星の位置取りまでは調整できないからねえ。再現した時に、ちょっと認識を弄らせてもらったよ。ほら、星座のかたちとかさ。あまりにも無理筋な当てはめがあるだろう? 昔の人は想像力豊かだった……って、本当にそう思っていたなら大きな風評被害だと思わないかい!」

「僕たちの地球には、君らは関わっていないんじゃなかったのか?」

「ああ、そうだったそうだった。いけないねえ、やっぱり君たちは我々の地球人おもちゃに似過ぎているよ。うっかり勘違いしてしまうなあ」


 玩具。間違いなく、疑いなく目の前の闇色はそう言った。

 カイトは無言で働きバチワーカーを一枚船体から剥がすと、『発音できない者』に向けて躊躇なく撃ち出した。

 船より小さいが、人間と比べれば十分な大きさを持つ鋼板が『発音できない者』に直撃した。まったく抵抗なく、ぶつりと体を両断する。


「躊躇がないなあ。ひどい、ひどいねえ」


 まるで堪えていない。あるいは生物ですらないのだろうか。

 影が光によって分断され、そして光の立ち去ることによって元に戻るように、『発音できない者』もまた元の姿を取り戻す。


「次はディーヴィンたちの造った地球にも端末を置くことにしよう。これは我々にとって失敗だ。だが、失敗も楽しいものだね」

「次? 次があると思っているのか」

「あるとも。まあ、この銀河では難しいだろうがね。最悪、我らが父に縋って時間を創り直せばよいことだ。その時にはテラポラパネシオ、貴様らのような融通の利かない秩序など、発生した時に死滅させてしまうとしよう」


 げたげたげたと、下品で耳ざわりな笑い声を漏らす。ああ、頭が痛い。

 ダンたちは言ったとおり、素直にサルンザレクの外に出ただろうか。ヴェンジェンスを止めようなどと考えないと良いが。


「そうそう。創った瞬間は同じなのにさ、それぞれの地球人は少しずつ違う道を歩むんだ。ディーヴィンを名乗った4th-アースは顕著だったね」

『お前たちのことだ、ディーヴィン自体、わざわざ手を入れたんだろう?』

「まったく同じように進むのは面白くないじゃないか。少しばかり手を加えると、不思議な変化が起きるんだよ! ディーヴィンの翼には有翅昆虫の要素を混ぜてね。何故だか権力構造が強くなったのは嬉しい誤算だったなあ!」


 話が繋がっているようで、繋がっていない。

 同じ瞬間を切り取っているのに、違う道を歩むと言う。自分たちが違う道に進むように手を加えているとも言う。まるで言っていることに意味が感じられない。

 口を開くごとに、まるで別の誰かと話しているような錯覚を覚える。全てが同一個体のテラポラパネシオとは逆だ。


「カイト三位市民エネク・ラギフ!」


 と、ニジェリオが近づいてきた。慌てているというか、困っているというか。


「どうされました?」

「あちらの船が、二射目の準備を進めているようです。さきほどの砲撃では貫通されませんでしたが、二射目を受ければサルンザレクの壁面に穴が空くのは避けられません」

「おっと」


 サルンザレクに穴が空けば、ディーヴィンはひとたまりもない。おぞましくも聞かずにはいられない話を続けているのは、その為だったか。

 にたにたと笑っている『発音できない者』。ニジェリオを止める様子もない。カイトは考えるのをやめて、テラポラパネシオに対処を任せることにした。


「あれを頼めますか!」

『もちろんだ、カイト三位市民。船を頼む』

「了解です!」


 クインビーは燃料で動いているわけではない。加速しても、有害な物質を撒き散らさないのだ。そういう意味では、この場では適任だろう。

 ヴェンジェンスに向けて一直線に飛びながら、ニジェリオに通信を飛ばす。


「ニジェリオ代表、港を開けてください!」

『もちろんです! ご存分に!』


 視線の先に、光が見えた。そして、その前に立ちはだかる、巨大な人型の影も。


「まったく……外に出てろって言っただろうに」


 どこまでも言う事を聞かないダンに苦笑を漏らす。狙うのは砲口。見えてはいないが、前にも一度やったことだ。問題はない。


「ニジェリオ代表。僕とヴェンジェンスがサルンザレクを出たら、サルンザレク本体を底面方向に移動してください」

『な、何か理由があるのですね? 分かりました!』


 ぶわ、と光が開放される瞬間、ふっと消え去る。

 見覚えがあったのだろう、立ちはだかっている鬼神邪キッシンジャーχ(カイ)がこちらを振り返った。


「事情が変わった。君たちはこのままここにいてくれ。中の警護を頼むよ」

『ミスター・クラウチ!』

「庇ってくれてありがとう。助かったよ。だけど残念――」


 クインビーから生やした両手でヴェンジェンスを掴み、そのまま港の出口へと引っ張る。ヴェンジェンスも抵抗を示すが、残念ながら船体そのものはディーヴィン製なのだ。クインビーの全力には抵抗できず、港から引きずり出される。

 こちらを追ってこようとする鬼神邪χに、最後の一言。


「今の君たちじゃ、足手まといだ」


 びくりと足を止めた鬼神邪χ。港が閉じられ、カイトから見て下の方向にサルンザレクが離れていく。

 十分に距離が取れたところで、カイトは再び意識を集中。

 数秒前に放たれるはずだった砲撃が、微妙にズレた位置から吐き出された。


『やはり、貴様が最後の障害になるか』

「そうかもしれないね。君たちは今日をもって終わるのだから」


 ばきりと、ヴェンジェンスの一部が破損する音。クインビーが触れたままだったからか、負荷はそのままヴェンジェンスに移動したようだ。

 手を離し、距離を取る。と、ヴェンジェンスの近くにどこからともなく『発音できない者』が現れ、べちゃりと船体に叩きつけられた。どうやらテラポラパネシオが周囲の空間ごと転移させてのけたらしい。

 周囲を見回す。9th-テラ、サルンザレク。ここには守るべきものが多すぎる。

 出来れば移動したいが、当然相手はそれを許さないだろう。ここであれば、圧倒的に彼らが有利だからだ。それなら、最初からテラポラパネシオには護衛を任せた方が混乱が少ない。


「皆さんはサルンザレクと、地球の防衛に回ってください」

『カイト三位市民は!?』

「こいつらは僕の獲物ですよ。……上手くいかなかったらお願いしますね」


 さて、テラポラパネシオより強いという触れ込みの相手だ。相手にとって不足はない。奇妙に生物的な蠕動を始めたヴェンジェンスを見下ろしながら、カイトは生まれて初めて全力を出すと決意していた。

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