時の番人を名乗るもの

 ぞろぞろと、ディーヴィンの集団が皇王ヴォルパレックの前に並ぶ。

 その背中に静かに手を当てて、顔をしかめては列を外れる。そんな儀式。思っていたよりディーヴィンの忠誠心は篤かったようだ。それでも貴族や王族は並ぶ様子がないから、ある程度終わったあとで触れようと思っているのだろう。少しでも自分が背負う負荷を減らしたいというところか。狡いというか何と言うか。

 やはり、個々人の背負う痛み自体は決して多くはないようだ。だが気のせいか、ヴォルパレックに触れたあとのディーヴィンは、背中の羽の色がくすんでいるようにも見える。

 時折、自分は嫌だと騒ぎだすディーヴィンもいる。周囲の仲間に取り押さえられてヴォルパレックの背中に手を当てさせられているが、事態を見守る連邦市民は誰もそれを止めようとしない。


『あれを今回の件に関するディーヴィンへの罰とする。それで連邦議会は意見が一致したのだよ』

「そうですか」


 まあ、ヴォルパレックの狂態を見ればそういう結論を出すのも分かる。今は麻酔で眠らされているが、体は負荷で蝕まれ続けている。翼からは羽が次々に抜け落ちている。何となく一本拾ってみたが、負荷が戻ってくるようなことはなかった。不思議なものだ。

 カイトはそこまで悪趣味ではないので、観察はサルンザレクのスタッフたちに任せてその場を離れることにした。拾った羽をそのまま放り出すのもゴミをその場に放置するみたいで気が咎めた。後でどこかに処分しようと、取り敢えずポケットに突っ込んだ。

 と、並んでいたディーヴィンの一人がふいに列から外れる。カイトと目が合った。


「小父上!」


 ラプラン何とかの声が聞こえる。まさか王族船以外に重要人物が乗っていたとは。馬鹿な知人を持つと苦労する。小父上と呼ばれたディーヴィンは忌々しげにそちらを一度だけ見ると、こちらに駆けてきた。


『カイト三位市民エネク・ラギフ!?』

「ご心配なく」


 障壁を展開するのと、不可視の衝撃がカイトを襲うのはほぼ同時だった。武器の類を持っている様子はない。超能力の反応もなかったから、これは別の何かだ。

 ある程度のところで相手も足を止めた。どうやらこちらからの反撃を警戒したようだ。


「……あんたは?」

「ディーヴィンの技術顧問をしている。名は」

「そうじゃない。あんたが一体どんな生物なのか、と聞いているんだ」


 姿かたちは間違いなくディーヴィンだ。だが、カイトの直感は明確に違うと伝えている。テラポラパネシオの声も、これまでになく切羽詰まっていた。

 と、ディーヴィンらしき人物は顔をぐにゃりと変形させた。変形としか表現のしようがない。口の端を、明らかに可動域より大きく引き上げている。


「気づくか。そうか、さすがはよ」

摂理ルール、だって?」

「そうだ。君は矮小な生物でありながら、この世界の摂理に触れ、あまつさえ操作までしてみせた。これは許されることではない」

「そんな話は初めて聞いたな。で、最初の質問に答えてもらっていないが」

「私の本当の名は、君たちの可聴域では聞き取れず、発音域で表現することも出来ない。君たちの言葉を借りるなら……そうだな、時の番人とでも名乗ろうか」


 随分と芝居がかった仕草で言うが、カイトはそれに付き合うつもりはなかった。

 そして、向こうの言う通りに呼ぶつもりもない。


「じゃあ『発音できないヤツ』と呼ばせてもらおう」

「……まあ、好きにすればいいさ」


 『発音できない者』は、明確にイラついたようだ。ディーヴィンの皮を被っているのか何だか知らないが、得体の知れないこの感じ、宇宙ウナギや宇宙クラゲとも違う。


「あと、時の番人っていうのも嘘だろ」

「何故そう思うのかね?」

「ディーヴィンは過去に向けて命の入れ替えを行ったんだろ? それで間接的に殺害した生命は億や兆じゃ済まないはずだが」

「監視していたのさ。分かるだろ?」

「分からないね。ならば僕を許せないとかいう理由がない。僕は今のところ、時間の操作で誰も殺してはいないぜ」


 どろり、と。まるで闇色の泥が溢れ出すように『発音できない者』の全身を覆う。ディーヴィンのトレードマークである翼も、泥に押し流されるように消えて、そこには闇色の人型だけが残った。


「彼らは時間を弄んだ。だから報復を受けた。だが君は摂理を操った。それは神の御業だ。君のような矮小な生物が行使して良い力ではない」

「なるほど? ですってよ、テラポラパネシオの皆さん」


 障壁を維持しつつ、中空のテラポラパネシオに声をかける。

 テラポラパネシオもまた忌々しそうに全身から放電しながら、『発音できない者』に意識を向けている。


『そのようなことを聞く必要はないぞ、カイト三位市民。はすべての知性体の敵だ。甘言を弄して知性体に近づき、破滅させたがるだけの悪趣味な存在なのだよ』

「へえ、それはまた」


 視線を『発音できない者』に戻すと、そちらもまた忌々しげにテラポラパネシオを見ていた。


「本当に邪魔なやつだ、テラポラパネシオ。貴様らがいなければ、この銀河はもっと混沌とした無秩序と殺伐に彩られていただろうに」

『貴様らがディーヴィンに紛れていたとはな。まさか、ディーヴィンを唆したのも貴様か』


 テラポラパネシオの詰問を、『発音できない者』はせせら笑った。

 まるで分かっていない。嘲りを多分に含んで、げたげたと下品な笑い声を上げる。


「そうじゃない。そうじゃあない。我々が創ったのだ。彼ら『4th-アース』の地球人を。そして、ディーヴィンなどと名乗ったあの生物群をね』


***


 4th-アース。9th-テラと呼び方が違う。カイトは嫌な予感を覚えつつ、少しずつ位置取りを変える。ダンたちが散らばっていなくて良かった。彼らを人質に取られると取れる手段が激減する。

 テラポラパネシオと話を続けている『発音できない者』だが、当然こちらにも意識を向けている。ともあれダンたちはそれほど脅威だと思っていないのか、カイトの行動を止めようとはしてこなかった。


「カーター少尉」

「ミスター・クラウチ! あれは何なんだ? 見ていると何故かすごく不安になるんだ」

「化け物だよ。人智を超えた化け物だ、きっと」


 舌打ちしつつ、カイトは現状の不利を感じていた。ディーヴィンたちがまったく動じることなくヴォルパレックの列に並び続けているのも不自然だ。認識を弄っているのか、ディーヴィンに事前に催眠のようなものを施しているか。

 視線をずらさず、小声で確認する。


「確認したい、呉博士。鬼神邪キッシンジャーに君たちの仲間を全員載せることは可能かい」

「か、可能です。ヴェンジェンスが轟沈する可能性に備えて、スタッフが逃げ込めるスペースが」

「それは助かる。今から君たちをそこに送るから、乗ったらすぐにサルンザレクから出てくれ」

「み、ミスター・クラウチは?」

「悪いが、説明している時間はなさそうだ。行くよ」


 呉博士の問いに答えることなく、鬼神邪χ(カイ)の中へとダンたちを直接転移させる。二十人近くを一度に転移させるなど、これまでは一度も出来なかった。随分と精度が上がっている。

 ダンたちの安全を確保できたところで、カイトも『発音できない者』との会話に参加する。聞き捨てならないことを言っていた、確認しなくてはならない。


「4th-アース……か。要するに、君たちはディーヴィンがやったようなことを他の場所でもやっていたわけだ? 厳密には、ディーヴィンが君たちの真似をし始めたということかな」

「そういうことさ。さすがに君は聡いね」

「その9th-テラもそのひとつということか」

「そういうことだね。あれは13th-アース。ディーヴィンがばったり見つけてしまうとは思わなかったよ」

「僕たちの、6th-テラとやらは」

「あれはディーヴィンの玩具だ。私たちの興味の対象じゃなくてね」

「なるほど、よく分かった」


 カイトは小さく息を吐いた。

 意識を集中して、頼れる相棒をこの場に呼ぶ。


「クインビーッ!」


 サルンザレク内部はあくまで戦闘要塞だ。クインビーが小型とはいえ、自由に飛び回れるほどの広さではない。

 それでも呼び出した。理由はひとつ。


「エモーション、障壁展開! フルパワーだ!」

『りょ、了解!』


 台座に飛び乗り、ディーヴィンとテラポラパネシオ、スタッフたちを保護するべく巨大な障壁を展開する。

 残念ながら『発音できない者』も障壁の中に含んでしまうが、そちらはテラポラパネシオが抑えてくれると期待する。


「本当に聡いな、貴様は!」

『カイト三位市民、一体……!』

『来ます!』


 ザイオン・ギオルグは決して連邦市民の前に姿を見せなかった。

 それだけを理由に疑うにはちょっと弱い。だが、テラポラパネシオを相手に自分の正体を隠蔽出来ないと考えていたなら。9th-テラの地球人は二十人程度しかいないのだ。ディーヴィンと違って、群れの中に身を隠すには向かない。

 何より、連中がなら。同じ立場の仲間を一時的に避難させようと考えるくらいはするだろう。


「やはりお前も同種だったか、ザイオン・ギオルグ!」


 確証はなかった。だが、準備は間に合った。

 前触れもなく解き放たれたヴェンジェンスの砲撃が、サルンザレク内部を白く焼いたのだった。

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