おぞましき計画の全貌

 戦場に飛び出したカイトは、とにかく真っすぐにディーヴィンの人工天体を目指してクインビーを加速させた。最初から外に出ているので、あちらもすぐにこちらに気付くだろう。

 容赦も躊躇も必要ない。立ちはだかる全てを打ち砕くべく、働きバチワーカーを起動する。


「エモーション。皇王を探すよ」

『了解です、キャプテン』


 無数の砲口がこちらを向く気配。最初の一撃は、正面の大型船からだった。

 障壁に衝突する。傷はまったくないが、クインビーの速度がわずかに落ちた。


『サイオニックランチャーを出しますか』

「いやあ、要らない。うっかり王族船ごと吹き飛ばしてしまいそうだ」

『そうですね』


 砲撃は無限には続かない。エネルギーを盛大に消費しながら、砲身を無為に熱しながら。ディーヴィンの船はとにかくクインビーに行動の自由を与えないよう、意味のない攻撃を続ける。

 カイトは相手の人工天体に通信を繋いだ。ついでに連邦の主だった船とも通信を繋ぐと、こちらの意図が分かったのか連邦の船は通信を共有し始めた。


「どうも、初めまして。三位市民エネク・ラギフのカイトです」

『貴様……貴様が!』

「名乗りなさいな。そこそこお偉い立場でしょう?」

『……ガズラン・ヴォークロイ。栄光あるディーヴィンの大将軍の地位を与えられている』


 大将軍とはまた前時代的な呼び方だ。

 カイトは何となく、ディーヴィンに対して抱いていた印象が形を結びつつあることを自覚する。その確認も含めて、問いかける。


「それで、皇王ヴォルパレックどのはいらっしゃるのかな? いるなら出していただきたいのだけれど」

『黙れ下等生物! 貴様ごときが陛下の視界に入ろうなどと、不遜も甚だしい!』

「そうそう、それだよ。聞きたいことがあるのさ」


 地球人を頑なに下等と見下す理由。カイトが三位市民の市民権を得てからも変わらないその考えの根底にあるもの。


「君達の地球の末路と、その地球にいただろう翼のない地球人のことをね」

『貴様……! どこまで知っている!?』


 思ったより良い反応だ。一応大将軍を名乗るだけあって、ディーヴィンの歴史にも明るいようだ。


「ほら、皇王を出しなよ。君達の考えの正しさとやらを、連邦の皆さんに知ってもらうチャンスじゃないかい?」


***


 ディ・キガイア・ザルモスの中で、テラポラパネシオは混乱していた。中央星団とも通信は繋がっている。カイトの発言はディーヴィンの大将軍を揺るがせた。完全に正しいとは言えなくとも、少なからず事実が含まれているのは間違いない。

 連邦議会も騒ぎだしている。アシェイドが顔色を変えつつ、指示を出してくる。


『テラポラパネシオ。この情報は極めて重要だ。ヴォルパレックからの言質も必要となる、通信を切らさないようにしてくれ』

『分かっている! くっ、カイト三位市民は一体何に気付いたのだ……!?』


***


 カイトが大きな違和感を持ったのは、かれらが『地球』をいくつも造ったという事実からだった。ディーヴィンという種族に対してカイトが知っている情報は決して多くない。せいぜい自分たちの母星を喪った民だということだけだ。

 母星を喪ってから連邦に所属したのか、連邦に所属してから母星を喪ったのか。テラポラパネシオたちが驚いた様子を見せているから、おそらくは前者。

 追放されてからも『地球』という星にこだわったということは、彼らの故郷もまた地球と呼ばれる星であったのではないかと推測したのだ。


『か、カイト三位市民! どういうことかね!?』

「彼らが地球出身だったとするなら、地球をいくつも造り出した理由が予想できるんですよ。連邦法では自分たちがかつて住んでいた惑星以外の天然惑星に移住するには、それなりに高い市民権が必要ですからね」


 ディーヴィンは主に思想面の問題から、市民権の向上が頭打ちになっていた。皇王でさえ九位市民ダーラ・ストルエが限界だったということは、天然惑星への移住が本質的に不可能だと見切りをつけてもおかしくはない。


『し、しかし。機能肢の数が違うのだぞ?』

「皆さんの常識では違う種族に見えるんでしょうが。僕にしてみると、翼があること以外は気味が悪いほど似ていますよ」


 両手両足と、四本の機能肢を持つ地球人。両手両足と両翼、都合六本の機能肢を持つディーヴィン。連邦では種族の類似は何より機能肢の数が重視される。見た目が似ていても、種族としてまったく繋がりのない存在が多数いるのが連邦だ。

 身体改造か、突然変異か。彼らが元は地球人だったというのであれば、地球を多数造った理由にも納得がいく。命の入れ替えを企図したのも。


「リ・エーディン計画とか言ったっけ。君たちは造り出した地球の中から、君たちと同じ有翼の地球人が生まれてくるのを待っていた。その可能性を高めるために、自分たちの歴史に沿うように干渉した。違うかな?」


 自分たちの命を素に育った地球で有翼の地球人が生まれれば、地球をディーヴィンの母星だと言えると強弁するつもりだった。

 あるいは彼ら自身、自分たちがどういう経緯で有翼の民として生まれてきたのかを知らないのかもしれない。身体改造で生まれてきたのだとすれば、自然進化で有翼の民として生まれる可能性はゼロだ。

 と、視界に一人の男性が映った。なるほど、どこぞの宗教画にでも出てきそうな顔だちだ。


『カイト三位市民。君はその情報をどこで知った? リ・エーディン計画は良い。我らの発祥については、ディーヴィンでも貴族階級以外には伝えられていない伝承なのだが』

「皇王ヴォルパレックどのとお見受けする。これはあくまで僕の推論だ。伝承は元より、君たちの行動から推測したに過ぎない」

『……下等生物の中にも、君のような知性溢れる個体が生まれることがあるのか。我々にとっては不幸なことだが、銀河にとっては幸いなことだな』


 ここでも下等生物か。

 その言い方に、カイトは今度こそ確信を持った。


「君たちは翼のない地球人と星の主導権を争ったんだね。そして勝った。翼ある地球人こそ神聖不可侵で新しく、翼ない地球人は下等で古いと」

『その通りだ。君たちのような翼なしは、我々の祖と戦って滅んだ。つまり我々の方がより新しく、より上等な生物ではないかね』

「なら聞こう。君たちの地球は、何故滅んだ?」


 カイトの問いに、ヴォルパレックの柔らかな表情がわずかに歪んだ。


「君たちの祖とやらが滅ぼしたのではないのかな? あるいは、翼のない地球人を滅ぼすために、共に葬ったか」

『違う! 我らの地球を滅ぼしたのは貴様ら翼なしの下等生物だ!』


 ありえない話ではない。ディーヴィンによる支配を拒絶すべく、自分たちごと地球を破壊していたとしても驚かない。カイトにしてみれば、自分たちと同じ程度には俗悪だっただろうと思っている。

 とはいえ、ディーヴィンが自分たちで言うほど上等だとも思わないが。


「ま、それはどっちでもいいや。君らも元が僕らと同じ地球人なら、大して変わりはしないでしょうよ」

『侮辱するか!』

「事実さ。実際君らは、彼らの住んでいた地球を滅ぼそうとした。やったことは一緒だろう?」

『彼ら……?』


 カイトが示したのは、後方にいたヴェンジェンスだ。通信が繋がっているから、彼らをフォーカスすれば姿が見える。

 憤怒を顔に乗せたダンが映った。愕然としている呉博士が、ひきつった顔のギオルグが、色々な感情を顔に乗せたスタッフたちがモニターを睨んでいる。


「彼らは君らが船を遣わした地球……9th-テラの生き残りだ。月面で作業していたから、難を逃れた」

『まさか……!?』

「そこの大将軍どのは彼らを賊と言ったね? 違うとも。彼らは生き残ったあとで、そのまま捨て置かれた君らの船を必死に解析し、修理し、とうとうここまで辿り着いた復讐者だ」


 ダンが何やら叫び声を上げる。背後を見ると明後日の方向に飛ぶ光線が見えた。連邦の船もディーヴィンの船もいない。思わず撃ち出してしまったか。


「君らの地球を滅ぼしたのが翼なしか、君たちか。それはどちらでもいい。だが君たちは、彼らの地球を自分たちの都合で滅ぼそうとした。それは要するに、君たちが見下していた翼なしの地球人と本質的に大差がないという証明ではないかな?」


 ヴォルパレックが表情をひどく歪めた。彼らにとってはこれ以上ないほどの侮辱だろう。

 さて。大体聞きたいことは聞けた。

 あとは、カイトが戦う理由の補強だけだ。特にトーンは変えずに、穏やかに問う。


「最後に聞かせてもらおうか。君たちは翼ある地球人が生まれたら、地球に入植をしようとしたね。それは間違いないかな」

『……認めよう』

「では、それが許されたとして、君たちはその地球に住んでいる翼なしの地球人をどうするつもりだったんだい?」

『どうするとは?』

「君たちの都合から考えると、一人として生かしておくつもりはなかったように思えるんだが」


 答えはすぐには出なかった。そんなつもりはない、我らの下位として生きる者として最低限の自由は保障した。そう言えば良かっただろうに、図星を衝かれて言葉が出ないか。

 まあ、一度は自分たちと種の未来を賭けて戦った相手と同じ種族だ。生かしておこうとは思えないだろう。

 カイトは口許を軽く歪めた。


「君たちにとって、僕たちは金に換えるか自分たちの故郷の肥やしにするか、そのどちらかでしかないようだね」

『……ろせ』


 視界にエモーションからのメッセージが表示される。どうやらヴォルパレックの居場所を掴んだようだ。小賢しいことに、人工天体とは別の王族船に乗り込んでいるようだ。


『あの下等生物を殺せ! あれは敵だ! 天敵だ!』


 ヴォルパレックから隠しきれない憎悪が溢れ出した。ヴォルパレックのものを含めて、王族船へのマーキングが完了する。


「ま、仕方ない。君たちが僕たちの同種にしたように、適当に間引きしてから話の続きといこうじゃないか。具体的には裁判の場でさ」


 カイトには億単位のディーヴィンを絶滅させるつもりはなかった。和解の可能性は皆無だが、彼らにはまだやってもらわなければならないことがある。

 そのためにも、抵抗の意志を徹底的に砕く必要がある。


「さあ、生存競争と行こうかディーヴィン!」


 カイトは働きバチを正面に向かって射出した。懲りずに砲撃を続けてきた大型船が砲口ごと船体を削り取られて爆散する。

 一旦収まりつつあった戦況が、ふたたび動き出した。

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