ディーヴィンの本拠地へ
指定された宙域に転移すると、そこには既に相当数の戦闘艇や戦艦が待っていた。中でもひときわ目を惹いたのが、巨大な球体。連邦は人工天体まで持ち出すことにしたらしい。本気度の高さがうかがえるというものだ。
おそらく、船団の中枢はこの人工天体だ。通信を送り、誰が代表なのか確認する。
「お待たせしました。クインビーと9th-テラの地球人十五名、到着です」
『お待ちしていました、カイト
「よろしくお願いします」
機械知性が代表を務めているとは珍しい。
カイトの視線にそんな好奇心が乗っていることに気付いたのか、ニジェリオは穏やかに続けた。
『ディーヴィンの本拠地には、巨大な人工天体が存在することが明らかになっています。サルンザレクが投入される理由のひとつに、その人工天体への対応があることをご理解ください』
「なるほど?」
『また、ディーヴィンの王族を捕縛できた場合、その身柄を拘束して連邦まで移送する役割も負います。万が一の危険を避けるべく、サルンザレクのスタッフは全員が機械知性なのです』
「よく分かりました。不躾な視線を向けてしまいましたね。申し訳ありません」
『いえ。疑問を持たれるのは当然のことと存じます。それでは中へどうぞ』
ヴェンジェンスから得た情報のひとつに、ディーヴィンはクインビーが付近にいる時には徹底的に上位者を逃がす戦術を採用しているとあった。
そのため、転移の際にはクインビーとヴェンジェンスをサルンザレクの内部に収容し、包囲が完了するまで表に出さないという方針になっている。
クインビーとヴェンジェンスがサルンザレクの内部に入ると、ニジェリオと同型の機械知性が待っていた。カイトがクインビーから降りると、ニジェリオよりも高い声で名乗りを上げた。
「お会い出来て光栄です、カイト三位市民。私は皆様の世話役を承ります、ダーマーシャ六位市民です。現在サルンザレク内部は、カイト三位市民の故郷である地球の陸上と同じ大気組成となっております。安心してお寛ぎください」
「ありがとう、ダーマーシャさん。エモーション?」
「はい。月面開発事業団の方々が暮らしていたムーンベースと大気組成はほぼ同一ですね。彼らも問題なく行動出来るかと」
あれだけ似ていればおそらく大丈夫だろうと思っていたが、問題はなさそうだ。ヴェンジェンスに大丈夫だと手をかざしてみせると、しばらくしておずおずと何人かが降りてくる。
「全員ではないんだね?」
「済まないな、クラウチ。誘ったんだが」
ギオルグとほか数人が、船を守るといって残ったのだろう。理解出来なくもないが信用のないことだ。意外だったのは、呉博士が降りてきたことだ。未知の文明相手だからと好奇心の方が勝ったらしい。
「ま、好きにするがいいさ。ダーマーシャさん、彼らは身体改造を受けていません。それを前提としていただければ」
「左様ですか。……当天体内部に改造用のラボがございますが」
「必要ないようです。何しろ彼らはまだ連邦市民になる気はないようなので」
「かしこまりました。それでは一時的に
何故五位市民扱いにするのかは分からなかったが、わざわざそう宣言したということは意味があるのだろう。よろしくと告げて、用意された部屋に向かう。
部屋に入り、ソファに腰を下ろしたところで何となくその疑問を口にした。
「理由は分かるかい、エモーション?」
「おそらく彼らは、軍用に調整された機械知性です。特徴として、自分たちより上位の市民に対しては従順である一方、下位の市民には誠実さを強く求めます。五位市民相当とすることで、自分たちの指揮下に入れないことを明確に宣言したのではないでしょうか」
「そういうことか。納得したよ」
と、カイトの端末がぶるりと震えた。
備え付けのモニターに接続すると、思ったとおりテラポラパネシオの姿が大きく映った。
『到着したようだね、カイト三位市民』
「ええ。お待たせしました」
『特に待ってはいないから安心してくれ。ほどなく全ての船が揃う。そうしたらディーヴィンの本拠地に転移を行うから、そのつもりでいて欲しい』
「はい。僕たちは自分たちの船で待機ですよね?」
『基本的にはそうだ。包囲ののち、彼らの転移を封じた時点でクインビーは出航してもらって構わない。存分に暴れてくれたまえ』
「分かりました。彼らは……?」
『出来ればサルンザレクで待っていて欲しいが、無理だろう?』
それは無理だろうと、カイトは首を振った。
周辺からの砲撃という話だって、随分と揉めたうえでやっと飲ませた話だ。これで現地に着いてから中で待ってろと言ったら暴走しかねない。
『やはりそうか。やむを得ない、突撃艇アガンランゲを援護につけることにする。指示に従うようにだけ、指示しておいてくれないか』
「アガンランゲ……リティミエレさんもお見えなのですか?」
『もちろんだ。地球人という種族に思い入れを持っているという点では、リティミエレ君が最も強いだろうね。その分ディーヴィンに対する敵意も強い。出来るだけ後ろに配置しておきたかったのも本音というやつなんだよ』
今回はディーヴィンとの全面戦争ではない。あくまで王族を捕縛して、それぞれの地球に対する干渉などへの責任を追及するのが目的だ。その目的の中に、9th-テラの存在を含めるのかどうかは極めて微妙な問題ではある。
何故なら、9th-テラの所在地は連邦の勢力範囲外にあるからだ。惑星ごと滅ぼそうなどという考えはあまりにも邪悪な行為だが、連邦としては責任を問いにくい。
「了解です。では僕は、リティミエレさんや彼らが暴発しないうちに、速やかに皇王を抑える必要があるということですね」
『すまないが頼む。ディーヴィンとの全面戦争などとなったら、あの辺りの宙域の勢力図がどう変貌するか読めない。負けることは万が一にもないが、銀河に混乱を生み出すのは我々の本意ではないからね』
思った以上に自分の背負った役割は重要であるようだ。
カイト自身、ディーヴィンに対しては思う所も気になることもある。ディーヴィンの皇王を前に感情に溺れるようでは、ダンたちに偉そうなことを言えない。改めて気を引き締めるのだった。
***
カイトたちが合流してほどなく。遠征船団の全ての船が集結した。特別号令のようなものはなく、出発は静かに始まった。威容を放っていた人工天体が最初にその姿を消し、周辺の船が徐々に消えていく。
最後に数隻のディ・キガイア・ザルモスが姿を消したことで、遠征船団は全てが遺漏なくディーヴィンの本拠地である宙域へと転移を果たしたのだった。
『お待ちしていました、連邦の皆さん』
人工天体サルンザレクを皮切りに、無数の船が出現する。
ディーヴィンの本拠地では、自分たちを包囲する船団を前に、一糸乱れぬ陣形でディーヴィンの大船団が待ち受けていた。
統率の取れた、見事な陣形だ。中央に座す人工天体は、連邦のサルンザレクより二回りほど小さい。しかし、ディーヴィンの船団に臆する様子は見えない。
「まるで待ち受けていたようですね」
テラポラパネシオを差し置いて代表の立場にあるニジェリオが、通信を送りつけてきた相手に対して返答する。
当代の皇王ヴォルパレックではない。武装を解除している様子はないが、照準をこちらに向けているわけでもない。まずは対話で落としどころを探ろうというところと見る。
『はい。私たちの廃棄した王族船を悪用する不埒な海賊がいるようでして。驚いたことに、その海賊はそちらの連邦に属するかの有名なカイト三位市民と昵懇の間柄であるらしいではないですか。危うく逃げ延びた部下より話を伺いましてね、我々には連邦への敵意がないことを示すべきと』
「ほう? その態度は殊勝であると認めましょう。それで? カイト三位市民が賊と昵懇とは聞き捨てなりませんが」
『已むを得ますまい。私どものリ・エーディン計画は連邦の皆様にはご不興であったでしょうが、実際は道半ば。あのような下等生物にまで恩寵を施される皆様の慈悲には感服致しますが、我々も追放の憂き目になければ、皆様に対して明瞭なご説明を出来たものをと思っておりますよ』
言うに事欠いて、カイトを下等生物とは。ニジェリオは、うっかり総攻撃をと口走らなかった自身の忍耐を褒めた。
包囲の完遂まではまだ少し時がかかる。出来れば一瞬たりとも対話を続けたくはないが、自身の役割には時間稼ぎも含まれる。ニジェリオは努めて冷静を装いながら、次の言葉を述べる。
「どうやらディーヴィンは、自分たちの最上位者でも
どうやらニジェリオの言葉は彼らのプライドを深く抉ったらしい。不愉快な返答がひとまず途絶える。
部下の機械知性から、包囲作業が完了したと連絡が入る。同時に、広域サーチで皇王ヴォルパレックがこの船団に存在することも確認が取れた。
「まあ、良いでしょう。これ以上の申し開きについては、裁判の場にて聞くことにします。私たちはヴォルパレック元九位市民の身柄を預かりに来ました。この場に今すぐ出頭しなさい」
『お……お断りいたします。弁明はこの場にて。その程度のことも許されぬならば、敵わぬまでも最期の一人が命散らすまで、抵抗させていただく所存です』
やはりこうなるか。
問題はない。多少の戦闘は既定路線である。こちらに照準が向いたという報告が上がるに至り、ニジェリオは自身の最初の役割が終わったことを確信した。
「では仕方がない。こちらも覚悟を決めるとしましょう」
ディーヴィン側ではない港湾部を開く。待ちかねた様子の戦闘艇が一隻、するりとサルンザレクから出航した。
一足遅れて、ディーヴィンの船に似た船が続く。港湾部を閉め、次は武装の封を解いていく。
「カイト三位市民。ご存分に」
『ありがとう。では行ってきます』
通信が切れた。クインビーがまっすぐ戦場に向かって行くのを見送りながら、ニジェリオは穏やかな責任者の顔をかなぐり捨てた。
「野郎ども! 素晴らしい三位市民を侮辱する連中が目の前にいるぞ!」
『撃破! 撃破! 撃破!』
「これよりサルンザレクは戦闘態勢に入る! くれぐれもカイト三位市民の邪魔になるんじゃねえぞ、分かったなぁ!?」
サルンザレクは偉そうに存在感を示しているディーヴィンの人口天体に向けて、主砲の照準を合わせた。
「皇王を殺さない程度に黙らせるぞ、撃てェ!」
多少威力を調整した光線が一条、サルンザレクから放たれる。
その光がこの場をまっすぐに斬り裂くのと同時に、戦端は開かれたのだった。
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