気持ちの整理はついたようで
自分たちの気持ちにどう折り合いをつけたのか分からないが、月面開発事業団第二班はひとまずカイトの提案を受け入れた。
連邦によるディーヴィン包囲に参加し、クインビーとディ・キガイア・ザルモスによる王族船捕縛に協力すること。
それに伴い、破損した
「……俺が言うことでもないけどよ」
「なんだい?」
「危機感が足りないんじゃねえのか」
「ふむ? たった十人程度で、僕とエモーションをどうにか出来るとでも?」
「そりゃ、思わないけど」
「僕はクインビーに乗れば大体なんでも出来るけど、乗らなくてもそれなりに色々できる。たとえば、君たちがエモーションを人質に取ろうとしたとする」
「……おう」
「僕はこのムーンベース程度の空間であれば、全員の血液を瞬時に沸騰させて絶命させる程度のことは出来る」
少しばかり殺意を漏らせば、ダンが身構えた。ダンたちにしてみれば、多少は敵意を見せられた方が自然に感じられるのかもしれない。そう思って試してみたのだが、例示の選択を失敗したような気がする。
と、隣に立っていたエモーションが首を横に振った。
「キャプテン、前提が間違っています。私のボディは地球人の遺伝子情報を利用していますが、構成物質は金属が主体です。このムーンベース内に存在するいかなる道具を用いても私を損傷させることは出来ません」
「ボディが金属……!? さ、サイボーグとでも言うのかよ」
「サイボーグではありません。私のベースは地球で開発された球体型の機械知性です。厳密に分類するのであればアンドロイドか人型ロボットと呼称するのが正確でしょう」
「なんてこった」
ダンが頭を抱えた。確かにエモーションは、人間型の姿を取っている時はスレンダーな金髪美女にしか見えない。証拠を見せるかのように、機械的な外見を取る。
「ですので、人質に取るのであればキャプテンが妥当でしょう。ただし、キャプテンをもしも人質に取った場合」
「取った場合……?」
「ムーンベース内の全コントロールを乗っ取り、存在する気体バランスを調整します。具体的には酸素を失くすことが最優先でしょうか」
「そ、そんなことをしたらクラウチだって」
「キャプテンは身体改造の結果、生存に酸素を必須としません。五分もあれば皆さんは皆酸欠で絶命し、私とキャプテンだけが生存するでしょう」
ダンから本当か、といったような視線を向けられたので頷いておく。銀河には酸素以外の気体で呼吸する種族も存在する。連邦に所属するということは、地球人としては暮らせない場所で暮らせるようにするということでもある。
本来の身体改造はそのためのものであり、戦闘のために行うものではないのだ。カイトの超能力だって、宇宙空間を航行するのに便利であることと浪漫を追求した結果というだけ。戦闘に役立っていることは、カイトの本質ではない。
「連邦って一体なんなんだ……?」
「ま、地球の常識からすると色々と進みすぎていることは確かだよ。最初は戸惑うかもしれないね」
カイトたちの地球と、ダンたちの地球の常識が共通のものであれば特に。
最初から連邦的だと言われたカイトは、何やら随分と特殊な事例であるらしい。確かに連邦のスタンスには他の地球人よりすぐ慣れた。連邦市民たちもそれなりに驚いていたから、たぶん元々連邦に気質が合っていたのだ。
「そうかい。ま、心配いらねえよ。あれだけされて、あんたに喧嘩を売る度胸は俺たちの誰にもないから」
「それは助かる」
こればかりは本音だった。カイトの能力もエモーションの機能も、生身の地球人にとっては強すぎる。生身で動いている彼らを制圧するとなると、加減しきれる自信がない。改造されていない地球人は、あまりにも脆いのだから。
***
エモーションが鬼神邪χの修理にかかっている間、カイトはこの場所のリーダーであるザイオン・ギオルグと面談していた。なお、もう一人のリーダーである呉威華はエモーションの隣だ。知性の人である彼女は、自分に理解出来ない理論がどうにも許せないらしい。
エモーションが機械知性であることを知ったからか、これまでよりも随分と気安く話しかけている。エモーションは手を止めずに質問に答えているという。様子を聞いたカイトはエモーションが楽しんでいると把握した。多少なりとも自分の話についてこられる相手は貴重だ。
「作戦を確認したい」
ギオルグの言葉は、どこまでもシンプルだった。
感情の波がまったく読み取れない。こちらに対して好意的でもない。まるで拗ねたテラポラパネシオを相手にしているような気分だ。
まあ、人の好悪は好きにすれば良い。カイトは中央星団と確認の取れているスケジュールを開示することにした。
「まず、鬼神邪χの修理が終わった時点で出発だ。転移によって中央星団近くの集合地点まで向かう。本隊と合流するためだね。その後はディーヴィンの本拠地まで船団単位で一度に送り込む」
空中に画像を表示すると、ギオルグが目を見開いた。同席している数人のスタッフも驚いているから、これは彼らの技術的に到達していない技術であるようだ。
船団が転移する時点で、テラポラパネシオたちが検討した包囲の形で送り込むことになっている。要するに、転移が終わった時点でもう布陣は終わっている。
「あとは包囲したディーヴィンが逃げないように包囲を狭めながら、ディーヴィンの王族を乗艦ごと捕縛する。これは僕とクインビー、王族船の数によってはテラポラパネシオとディ・キガイア・ザルモスの役割になるね」
「そこに合流することは出来ないだろうか」
「どさくさ紛れに王族船を一隻くらい撃沈したいとか思っているのかい?」
「いや、そんなつもりは……」
まだ諦めきれていないらしい。彼らの復讐は、連邦の裁判によって間接的に果たされると思ってもらえないと困るのだけれど。
ともあれ、撃沈しないのであればヴェンジェンスも鬼神邪χも役には立たない。何故なら。
「ないなら駄目だね。そもそもヴェンジェンスも鬼神邪χも船の捕獲には向かないからさ」
「捕獲に向かない? ヴェンジェンスはともかく、鬼神邪χは……」
「小さすぎるんだよ。調べてあるけど、ディーヴィンの王族船の中では君たちの船型は最も小型だから。それより小さい鬼神邪χでどうやって捕獲するってのさ」
動力炉をピンポイントで破壊出来れば、捕獲は可能かもしれない。だが、身動きできないディーヴィンの王族を目の前にして、彼らが理性を保っていられるか。カイトには不安しかない。どちらも口にはしないくらいの分別はあるが。
徹底的に却下され、ギオルグやスタッフは意気消沈している。無理筋の依頼だと彼らも分かっているだろうに、それでも縋りたいのか。
「捕獲作戦の参加は無理だろうけど、その後の王族の尋問については参加出来るように取り計らっても構わないよ」
「本当か!?」
「武器類の持ち込みは許可できないけどね。連中の考えとかを知る機会は用意してあげられるかな」
どうする、と問うとギオルグはしばらく考え込んだあと、是非にと頷いた。
カイトはギオルグへの警戒感を、心の中で一段階引き上げた。隠しているつもりなのだろうが、カイトの言葉を聞いた瞬間の目のぎらつきに不安が掻き立てられたからだ。
『キャプテン。修理が終わりました。いつでも出られますよ』
「……エモーションの方も終わったようだ。出発の準備に入ってくれ」
「もう出るのか?」
「すでに連邦では八割がた集合が終わっているようでね。連邦の船団を待たせる度胸があるなら、待っても構わないけど?」
「……すぐに準備する」
ある程度目標が固まったからか、きびきびと動き出すスタッフたち。
なるほど、月の開発を託されるだけのことはある。本質的には有能なのだ。
ブリーフィングルームをばたばたと出て行ったスタッフたちを見送りながら、エモーションに言葉を送る。
「準備が始まった。エモーション、迅速な作業に感謝するよ」
『どういたしまして。それではクインビーまでお急ぎください』
さて、忙しくなりそうだ。
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