ディーヴィンとの決着
折り合いはつくのか
『先ほどの超能力については、説明していただけるんでしょうね?』
「もちろんさ。僕は君に隠し事をするつもりはないよ」
クインビーの中では、エモーションがカイトを詰問していた。具体的には、ヴェンジェンスの砲撃のタイミングがズレた理由だ。エモーションはそれをカイトの超能力の一種だと看破していた。特に隠すつもりもないので、詳細に説明する。
生身のボディでいたとしたら、間違いなく頭を抱えているだろう。きゅるきゅるきゅると音を立てながらも、カイトの説明に反論などはしてこなかった。
『鬼神邪χの肩が破損したのはどういうわけです?』
「確実なことは言えないかな。殴ってヒビが入っていたのかもしれないし、その辺りは何とも」
『そうですか。……あとで修理に関われるなら破損の原因をチェックしたいところですね』
出来ると自覚してしまうと、思ったより簡単に使えてしまうのは困りものだ。テラポラパネシオに説明するべきかどうか。
ムーンベースでは今頃どんな会話が行われていることだろう。
カイトはダンたちが結論を出すまでの間に、連邦に連絡を取ることにした。
ダンたちがどんな結論を出すにせよ、ディーヴィンをこのままにしてはおけない。それだけは違えようのない現実なのだから。
***
ムーンベースへと戻ってきた月面開発事業団第二班の面々は、疲れた面持ちでそれぞれの乗機から降りた。
カイトと関わると、ひどい疲労感を覚える。最初の戦闘でも、今回の戦闘でも。トオルはのろのろと鬼神邪χを見上げた。壁に寄りかかって座り込んだ鬼神邪χは、ついさっきまで乗っていたダンと同じように打ちひしがれているように見える。
破損しているのは左肩の障壁発生装置、傷ついているのは殴りつけられた上半身。これほどの損傷を受けながらもパイロットのダンが無事なのは、間違いなくカイトが加減をしたからだと分かっている。いや、分からされてしまった。
何より、最後にクインビーが構えた砲。あれを撃たれたら死ぬ、そんな確信があった。ダンを巻き込んでも一矢報いるという、そんな浅はかな考えに対する答えがあれだったのだろう。ヴェンジェンスが二度目の砲撃を企図しなければ、クインビーはあの砲を用意しようとはしなかったはずだ。
そもそも、ダンを巻き添えにしてでもカイトを討つという考えにトオルは同意できなかった。口は悪いし味方とは言い難いが、誰よりも親身に第二班のために手を尽くしてくれたのは間違いない。何故ギオルグが彼と距離を置こうとしているのか、出来れば排除したいと思っているのか、それが分からない。
まあ、その辺りは整備士である自分が考えることではない。彼にとっての大きな課題は目前にある。
「……なあ、博士」
「……なんでしょう」
自分と同じように、呆然と鬼神邪χを見上げている呉博士に声をかける。
思った以上に疲れた声が出た。博士の返答も同じく。
「俺たちであれ、修理できるのかな」
「さあ……?」
言葉に生気が感じられない。投げやりになっているようにも見える。無理もない。あのエモーションと名乗った女は、さも当然のように呉博士の着想や知識を飛び越えていった。折り合いは決して良くないが、トオルは呉博士を現代最高の知性だと認めていた。なのに、そんな彼女が心折れている。地球が無くなった時とはまた違う敗北感を背負って。
実際、クインビーは凄かった。目に見えて性能の上がった鬼神邪χが、手も足も出なかったのだ。
千載一遇だった。ヴェンジェンスの砲が誤作動を起こさなければ、間違いなく勝っていた。ダンという仲間を失いながら。ディーヴィンではない相手に、そんなことをする意味はあったのか。冷静になった部分が、そんな言葉を囁いてくる。
「ナガサキ主任、呉博士。悪いがブリーフィングルームへ頼む。この後のことを決めたい」
「分かりました」
修理の当てがないなら、まずは自分たちの身の振りを考えなくては。最初は敵か味方か分からずに喧嘩を売って、次は本人から仇の一人だと言われて喧嘩を売った。カイトとエモーションがこの先も同じように接してくれるという保証はない。
ブリーフィングルームに集まると、誰もが疲れ果てた顔で座っていた。まるでクインビーと最初に戦った時のようだ。
あの時と違うのは、誰よりもダンが打ちひしがれているということだろう。
「ダン。大丈夫か」
「ああ。俺は大丈夫だ。心配するなよ、トオル」
どう考えても大丈夫とは思えない返答。だが、かけてやれる言葉がない。
俯いているダンに何と声をかけるべきか考えている間に、ギオルグがパンと手を叩いた。
「疲れているところを済まない。だが取り急ぎ、方針を決めなくてはならない」
「ここで何もかも諦めて結果を待つか、連邦に頭を下げて力を借りるかのどちらかを選ぶ……ですね?」
「そうだ。ミスター・カイトからは既に連絡が入っている。我々との戦闘を理由に、我々への対応を変えるつもりはないそうだ」
舐められている。こちらの本気の殺意でさえも、彼にとっては子ども相手のレクリエーションとでも思っていそうな軽さ。
船長の言わんとしていることは聞かなくても分かる。二度も喧嘩を売った恥を忍んで、彼に力を借りたいと思っている。そのための言質も取ってある。
意見を言えとばかりに、船長が一人ひとりの顔を見る。トオルは自分が損な役回りをすることを覚悟で声を上げた。
「ミスター・クラウチに頭を下げるべきです。こっちはディーヴィンの本拠地の情報だって持っているんです。好き嫌いで考えるべきじゃない。彼に着いていかないと、僕たちが準備している間に全部終わってしまう」
あまり好意的ではない視線が自分に集中する。
だが、トオルは折れなかった。自分たちは自分たちが思っているほど、手段を選べる立場にないのだから。
***
「それじゃ、ディーヴィンの本拠地は捕捉したんですね」
『ああ。カイト
「分かりました。ところで」
モニター向こうのテラポラパネシオが、帰還を急かしてくる。その態度に何となく勘づくものがあったカイトは、少し突っ込んで聞くことにした。
「調査隊の調査結果はどうだったんですか」
『……我々と君の力の痕跡が検出されたそうだ』
やはりそうか。テラポラパネシオがふよふよと空中で一回転した。
『だが、我々が彼らに力を貸す理由はない。一体何故、我々の力が検出されたのだろうか』
「さあ? 彼らの地球にも居たんじゃないですか?」
『居た?』
「地球クラゲが」
『!!』
カイトの言葉に、宇宙クラゲがぶるると震えた。
『それは本当かね!?』
「いえ、まったく確証はありませんよ。皆さんの姿を見た彼らがクラゲだと言ったなら、地球クラゲが居たのは間違いないでしょうけど」
『うむ……! そうであれば、我々が手を貸す理由になるだろうな』
相変わらず、宇宙クラゲは地球クラゲが関わると何かとポンコツになる。ともあれ確認はディーヴィン相手の諸々が終わってからだ。
「9th-テラの皆さんの装備を改修し終えたら、引き連れて合流しますよ。そんなに時間はかからないと思うので、それまで出発を待ってもらえると助かりますね」
『了解した。それでは出来るだけ急いでくれよ?』
「善処します」
通信が切れる。カイトはムーンベースの方を見た。
連邦と通信をしている間に、それなりに話が進んでいると良いのだが。
「さて、そろそろ立ち直っている頃かな」
『さすがに早過ぎませんか。彼らにはキャプテンと違って悩むという感情が存在するのですから』
「人を即断即決の権化みたいに言うのは止めてくれるかな」
どんな状況でも、エモーションの口の悪さだけは変わらない。
カイトはそれが、何となく嬉しかった。
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