その怒りを塗り潰すほどの理不尽
『まったく、キャプテンはどうしてこう』
「悪かった、悪かったよエモーション」
クインビーの中で、先程からずっとカイトはエモーションを宥めていた。
なお、その間にクインビーには絶え間なく砲撃が加えられている。
カイトの目的はガス抜きと、あとはダンたちが自分たちの無力を理解することだ。クインビーを宙域に固定し、撃つに任せているのはそういう理由だ。
『くそっ、畜生ーーッ!』
「この際だからヴェンジェンスの砲も使ったらどうだい、ギオルグ船長?」
『そのように言うということは、ヴェンジェンスの砲を使ってもその障壁とやらを破壊することは出来ないということだな?』
「そうだね。ただ、エモーションが手抜きをしたわけではないということはあらかじめ言っておきたい」
根本的に出力不足なのだ。クインビーやディ・キガイア・ザルモスの障壁は既存の兵器の障壁と違い、攻撃に対する拒絶の意志そのもの。必要とされるのは、相手の心をも打ち砕く強靭な意志。兵器による攻撃が一切通用しないのは、心が通っていないからではないか、というのが宇宙クラゲの分析だ。
対象をクインビーに限定するのであれば、砲撃よりも爪による直接攻撃の方が可能性はあるわけだ。
『君たちを疑ったつもりはないが』
「そうかい? 最初に言ったけれど、身体改造をしてからであれば、まだこれ以上の改造の余地はあったんだけど」
『それは出来ない。前にも言ったとおりだ』
「やれやれ、信用がないね」
『信用してはいるさ』
「そうは思えないな。改造によって自分たちの思考を誘導されないか疑っているから受けられない。違うかい?」
『……誰もが君ほど、相手を疑いなく全て信じられるものではないのだよ』
結局のところ、彼らの心の奥底には連邦に対する不安か不信があるのだ。ディーヴィンが元々所属していたという情報のせいか、身体改造という言葉に対する印象の悪さのせいか。
まあ、勝手にすれば良い。ヴェンジェンスが参加しないというのであれば、それはそれで良い。
「さて、と」
『キャプテン?』
「このまま障壁を張っていても、この様子だと多分納得はしないだろうからね」
カイトは船体に貼りついている
あまり一気に距離を詰めるとダンが反応出来ないだろう。ゆるゆると近づき、ファイティングポーズをとった。
『何のつもりだ』
「ボクシングは専門外なんだけどさ。撃ち合いだと実感がなさそうだし」
『舐めるなッ!』
砲を手放して、殴りかかって来る鬼神邪χ。大振りのフックをゆるりと避けつつ、鬼神邪χの顔面に右拳を叩き込む。障壁を貼り忘れているのか、顔面が跳ね上がった。
『っが!』
「ほい、ほい、ほいっと」
右、左、右。腕の形を取っているとはいえ、元は鋼板。船体も左右に揺れるわけではないから、人が殴りつけるのとは色々と違う。角度も立体的だから、鬼神邪χというよりダンは反応が追いついていない。
振り回される爪には当たらず、クインビーの拳だけが当たる形。カイトは一旦手を止めると、苦笑交じりに一言。
「障壁くらい張ったらどうだい?」
『あっ!?』
カイトの言葉に展開される障壁。これで多少は勝負になるか。
右拳を撃ち込むと、障壁に干渉される。よしよし、これで良い。カウンター気味に振り回される腕を、少しだけ後ろに流れて回避。
『くそっ! 足もないくせに、何で!』
「宇宙空間で足を使ってどうするのさ」
鬼神邪χの足は、月面で作業するのに必要だったのだろうが、宇宙空間での戦闘には基本的には邪魔じゃないかなと思うカイトだ。クインビーに足をつけなかった理由も、そそらなかったこともあるが用途のイメージが出なかったからだ。
と、フックを避けたところに足が迫ってきた。なるほど賢い。だが、改造で上がるのは肉体の強度だけではない。見てから十分に回避が間に合う。
「前言撤回しよう。使い道はあるみたいだね」
『余裕ぶりやがって!』
「余裕ぶってるわけじゃないよ」
軽く距離を取って、指をクイっと曲げる仕草。要するに挑発だ。
「単純に余裕があるだけさ」
『てめぇーーっ!』
掴みかかってくるダンを傷つけないように、カウンターを一閃。コクピットではない頭部が大きく揺れた。
『キャプテン。やり過ぎです。これ以上叩くと頭部がもげます』
「おっと、加減が難しいな」
『うおおっ!』
追撃を慌てて止めたカイトの動きを隙と見たか、鬼神邪χが飛び込んできた。障壁同士が干渉する。
「おっと、いけない」
障壁の出力が違い過ぎる。ダンたちを削り取ってしまわないよう、出力を弱めに調整する。何を考えたのか、鬼神邪χは障壁を掴むように両手で挟み込んできた。
「あまり力を入れない方がいい。腕が弾け飛ぶよ」
『船長! このまま撃て!』
「おっと」
ここで捨て身とは。思ったよりダンはカイトを真面目に仇として取り扱っていたようだ。それは本気で予想外だった。
『一緒に死のうぜ、カイト・クラウチ!』
「それはちょっと御免被るかなあ」
さて、どうしたものか。
このまま障壁の出力を上げて弾き飛ばしても良いし、殴りつけて距離を取っても良い。そもそも転移しても構わないのだ。
と、ヴェンジェンスがクインビーの背後を取るように動き出した。おいおい、本気で撃つつもりか。位置取りから見るに、クインビーを盾にさせることで、鬼神邪χに当てないようにしようと考えていると当たりをつける。
中々賢い。とはいえ、これではカイトが変に動くと鬼神邪χにも当たる。障壁の出力を上げるしかないかと思ったところで、突然ヴェンジェンスが砲口をこちらに向けた。移動していないのに撃つつもりか。盾にされると思っていたカイトは、ほんの一瞬初動が遅れた。
『発射! カーター少尉、君の犠牲は無駄にはしないぞ』
「馬鹿じゃないの」
光が放たれる。カイトは冷めた表情で吐き捨てると、放たれる寸前の光そのものに意識を集中した。
『え、発射されない……?』
「よいしょっと」
発射の声に答えないヴェンジェンスの砲口に、ダンの意識が向いた。その隙を逃さず、カイトはクインビーで思い切り鬼神邪χを押し出した。
『うぉぉっ!?』
彼我の距離が離れる。カイトが再び意識をヴェンジェンスの砲に向ける。瞬間、砲口が光を放った。クインビーと鬼神邪χの間を、光が貫いていく。
ぞわぞわと、背筋に走る強い寒気。それを全力でねじ伏せつつ、カイトはクインビーを鬼神邪χの背後に転移させた。
「ほら、姿勢制御を忘れない」
『うっ!?』
くるくると回転する鬼神邪χの肩口を、片手で押さえる。
瞬間、それほど強い力を入れたわけでもないのに鬼神邪χの肩が破裂した。
「!?」
驚いたのはカイトだ。背中のざわつきも完全に消えている。奇妙な感覚に、鬼神邪χを掴んでいるクインビーの左手をまじまじと見る。
『キャプテン! ヴェンジェンスが』
「おっと。サイオニックランチャーを射出。一本で構わない」
『了解』
クインビーの下側から、サイオニックランチャーが射出される。働きバチを飛ばしてドッキングさせて、右手に装着させる。
左手で鬼神邪χの背後を取りつつ、砲口をヴェンジェンスに向ける。
「……まだやるかい、ザイオン・ギオルグ?」
『……いや、降参だ』
言葉の端にうっかりと乗ってしまった殺意を察したか、ギオルグが両手を挙げた。ヴェンジェンスの砲口からエネルギーが散逸するのを確認して、カイトもサイオニックランチャーを下ろした。
「君はどうする、ダン・カーター」
『俺は、まだ……!』
「ひとつ言っておくがね」
カイトは深く溜息をついた。捨て身をやるのは勝手だし、あるいは一緒に死んでやれば満足するのかもしれないが、連邦市民にそれはあまり意味がない。
「僕たち連邦は寿命と資源の問題を恒久的に解決している。つまり、僕の命にはバックアップがあるんだよ」
『何を……!?』
「君が僕と心中したいのは勝手だがね。仮にここで僕が死んだとしても、その直後連邦で新しい僕が再生される。それでもまだやるかい」
『嘘をつくな! なら、どうして今……』
「別に死にたいわけではないしね。それに、君はそこで死んだら終わりだろ?」
鬼神邪χの動きが止まった。
ダンはカイトの言葉を信じただろうか。ひどく沈んだ声で、聞いてくる。
『……ディーヴィンの皇王とやらに、そのバックアップは?』
「連邦にはないだろうね。追放されているから。ただ、連邦ではそれなりにポピュラーなアイテムでもある。旧式のやつは連邦以外にもそこそこ出荷されているようだよ?」
少なくとも、カイトが知る限りタールマケ船団には蘇生装置が流れていた。ディーヴィンの元に何基かあったとしても驚きはしない。滅亡したかつての地球の生き残りなどを売り捌いた金銭で、闇マーケットに流れたものを買い上げているのではないかとカイトは予測している。
ダンの苦悶の声が漏れる。
『ウァァァァッ……!』
カイトは静かに通信を切った。
理解できないほどの技術格差が、連邦と地球の間にはあるのだ。怒りや憎悪がどれほど深くても踏み越えられない格差が。
ダンはこの理不尽を受け入れられるのか。一人では難しいかもしれないが、彼には仲間がいる。カイトはそっと、鬼神邪χをヴェンジェンスの方に押しやるのだった。
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