肩入れする理由

 エモーションの痛罵に、月面開発事業団の面々は反論してこなかった。

 身体改造は嫌だ、自分たちで決着をつけたい。戦って死んでも構わない。正直なところ、論理として破綻していると言わざるを得ない。

 彼らの精神状態が正常ではないと判断したらしく、エモーションは改造に際して誰の意見も取り入れなかった。それについてはカイトも異論はない。ただ、もう少し言い方があったんじゃないかと思うだけだ。

 そして、ヴェンジェンスも鬼神邪キッシンジャーχ(カイ)も性能面では前のものを遥かに凌駕しているから怒るに怒れない。

 ディーヴィンと互角の状態から、ディーヴィンの船団を状況次第で蹴散らせる性能に引き上げたのだ。普通に考えれば大満足の結果だろう。


「それにしてはご不満のようで」

「そうだな。不満だ」

「鬼神邪の手で連中を引き裂けないのが?」

「それは……そうかもしれない」


 結局のところ、彼ら自身分かっているのだ。月面開発事業団の人数だけでは、ディーヴィンという種族を絶滅させるところまではたどり着けないということを。怒りはいつか風化する。滅ぼすには相手が、背負うにはいなくなった仲間の数が、どちらも多すぎた。

 いつか惰性となり復讐への情熱が磨滅するか、戦い続けて寿命が来るか、戦場で命を散らすか。どれにしても未来がなく、どれにしても価値がない。


「君たちにとっての復讐の最終目標は何かな? ディーヴィンの絶滅? それとも、復讐を続けているという満足感を得ながら死ぬこと?」


 カイトの問いかけは、触れられたくない部分だったのだろう。おそらく彼らの誰もが考えつつ、結論を出せていない問題。復讐の相手は誰なのか。

 実行犯を討てればいいのか。そもそも実行犯は誰なのか。指示した相手なのか。それも誰なのか。彼らには分かっていない。ただディーヴィンという存在が敵だという、ふわっとした情報だけがある。

 船長と呼ばれるギオルグが苦笑を漏らした。


「随分と直接的だね、ミスター・カイト。我々にはそれしか縋るものがなかったのだ、理屈なんて後付けだよ」

「なるほど? 未来に希望がない瞬間については、僕もそれなりに覚えがある。その気持ちは分からなくもないな」


 地球の緩やかな滅びを目の当たりにして、行ける限りの宙の果てを見に行こうと思った。当時カイトの心にあったもの、それは確かに絶望だった。息苦しい社会から解放されたという喜びも交ざっていたせいで、妙にポジティブな絶望だったかもしれないけれど。

 彼らはカイトほど人類に愛想を尽かしていなかった。だから地球を失くし、月と一緒に取り残されたことで感じた絶望は深かっただろう。ディーヴィンへの復讐に縋らなければ、前に向くことも出来なかったわけで。


「リ・エーディン計画」

「それは……!」

「聞き覚えはあるだろう? どうやら僕たちも君たちも、その計画に関わっているらしい。主導しているのがディーヴィンの皇王であることも確認してある。つまり、すべての元凶は皇王に帰結すると言っていい」


 だからこそ、目標を明確にさせてやるのは少しばかり視野の広い側の役割だ。


「ディーヴィンの皇王のところに奇襲をかけて、船を撃破する。君たちの復讐に方向性を与えるのであれば、その辺りが落としどころかもしれないね」


 カイトの言葉に、ギオルグと呉博士が考え込む。ダンたちからも異論は上がらないから、それなりに彼らの中では整合性が取れる方針だったか。

 一同が頷き合う中、ぽつりと問いが飛ぶ。


「何故そこまで教えてくれるのです? 私たちが同じ立場だから、と?」

「それもあるがね、僕にはもうちょっと君たちに肩入れする理由がある」

「肩入れする理由……?」

「キャプテン!」


 エモーションからの鋭い叱声。冷静かつ平坦な口調だった彼女が珍しく声を荒らげることに、ダンたちが驚きの表情を見せる。

 だが、カイトは構わなかった。微笑みを浮かべて首を振り、言葉を続ける。


「僕が連邦に加入して、僕たちの地球からディーヴィンを追い立てたのと、ディーヴィンが君たちの地球を破壊した時期。どうやらそのタイミングは随分と近いらしい」

「それが……?」

「まさか!」


 感づいたのは、思った通り呉博士だった。エモーションはもう止めない。鋭い目つきでカイトを見つめてくるだけ。


「ディーヴィンを追い立て、彼らにリ・エーディン計画を諦めさせたのは僕である可能性が高い。つまり、君たちの地球が破壊される遠因は僕にある、というわけだ」


 空気が凍った。

 それはそうだろう。協力者が実は黒幕だったと言い出したようなものだ。顔色を悪くした呉博士が、震える声で聞いてくる。


「じゃ、じゃあ。私たちに力を貸すのは罪滅ぼしのつもりだとでも?」

「罪滅ぼし? そんなつもりはないね。僕は自分が間違ったことをしたとは思っていない」


 カイトがあらかじめ9th-テラの存在を知っていて、それでもディーヴィンを排除することを選んだのだったら、恨まれても仕方ない。それは覚悟の上ですることだからだ。だが、彼らの存在は、カイトだけでなく連邦の誰も知らなかった。

 責任を追及される筋合いも本来はないのだ。黙って協力して、感謝だけされていれば良い。エモーションが怒ったのもそこだ。だが、カイトは聞かれたことについて誤魔化したり嘘をついたりするつもりはなかった。


「何も知らないまま、ディーヴィンの願うまま地球人として生き、そして滅ぶ。僕はそれを選ばなかった。結果として僕たちは連中と決別することになり、連中はなぜか君たちの地球を破壊することを選んだ。それだけのことだよ」

「それだけ? それだけだと!?」

「……連中の目的は何だと思う?」


 激昂する面々を前に、カイトは淡々と続ける。彼らが怒るのは分かる。だが、カイトにはカイトの言い分がある。


「9番目の地球。何故連中は『地球』をいくつも造った? アクアリウムのように、そこで生まれ育つ僕たちをただ観察したいと思ったのか」


 カイトはそうは思わない。連中には地球を造らなくてはならない、何らかの理由があったのだと見ている。

 その根本はおそらく、連邦に戻るため。

 最初は自分たちの価値を連邦に認めさせて、自分たちの市民権を上げようと思ったはずだ。それが禁忌とされ、追放されることになった。追放を解除させるには、自分たちの考えが間違っていなかったことを証明しなくてはならない。だからこそ彼らは追放されてからも自分たちの造った『地球』に拘った。それは分かる。

 分からないのは、9th-テラの存在だ。アシェイドと議員のテラポラパネシオからの情報で、彼らは追放されてから9th-テラを造っている。時間に干渉する技術はその時点で破棄されたという。造った方法も、造った理由も。分からないからこそ、知る必要がある。


「そ、そんなの分からねえよ。連中に聞かないと」

「そう。だから僕はディーヴィンの皇王を捕まえたいのさ。殺すのじゃなくてね」


 ただ仇を討てば良いという話ではない。自分たちがいったいどんな目的のために生み出されたのか、どんな陰謀の渦中に育ってきたのか。それを知らなくては、一切を知らぬまま、知られぬままに滅んで行った他の地球の者たちだって報われない。


「分かんねえ、分かんねえよ!」


 一際大声で怒鳴ったのはダンだった。目を怒らせて、カイトを睨みつけてくる。


「あんたが正しいのは分かる! 何となく分かる! だけどな、ディーヴィンがどんな考えで地球を造ったとか、そんなのは分からねえ! 知りたくもねえよ!」

「それで?」

「俺に分かるのはあんたが俺たちの地球の仇の一人だってことだけだ!」


 なるほど、分かりやすい。


「俺と戦え、カイト・クラウチ!」


 遠く手の届くか分からない仇より、目の前にいる分かりやすい仇。

 あまりにも思い通りの反応に、カイトは思わず苦笑を漏らした。


「いいよ、やろうか」

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