いつかに向けてイメージを練る

「なるほど。ご心配どうも」


 テラポラパネシオの説明を受けて、カイトは苦笑いで答えた。

 連邦上層部の、カイトに対する評価が何となく透けて見えて面白い。能力と人格については信頼されているものの、興味あることにふらふらと惹かれてしまう。どうしよう、間違っていない。

 とはいえ、やっていいことと悪いことの区別くらいはつく。少なくとも試すつもりはない。今のところは。宇宙クラゲがカイトを目印に送ってきた調査団に軽く挨拶を入れて、各宙域の調査に散るのを見送る。


『キャプテン。こちらの太陽系に連邦以外の勢力の反応は今のところありません』

「ありがとう、エモーション。では僕らも戻ろうか」

『了解です。そろそろあちらの改造作業も終わる頃でしょうから』


 ムーンベースに戻ると、エモーションはそのままドッグへ。カイトは用意された部屋に戻り、端末を開く。

 アシェイドたちに送りつけた、ダンたちの地球が消滅した瞬間のモデル。それを目に焼き付けながら、イメージを練る。

 超能力とはイメージだ。それが超能力の師匠でもあるテラポラパネシオから学んだ唯一のこと。イメージが具体化する限り、カイトと宇宙クラゲに出来ないことは何もない。


「転移が瞬間移動であるなら――」


 テーブルの上に転がっているペンに視線を向けた。超能力を通さず、じっと見つめる。じっと。じっと……。

 ペンがその場から消える。カイトは掌を差し出し、目を閉じた。

 意識をいつも以上に集中して、超能力を起動。ペンの形を思い浮かべ、この場所に来いと念じる。

 ぞわりと背筋が震えた。


「……来た」


 掌の上に、先程までなかった感触。目を開けると、そこには数秒前に姿を消したペンがあった。


「なるほど、本当にんだな」


 ほう、と息を吐いた。

 背筋に感じるぞわぞわしたこの感覚は、これまでにないものだ。出来てしまったことへの興奮か、恐怖か、それとも別の何かか。

 意志の力でそれをねじ伏せると、カイトは再び端末に目を落とす。


「宇宙クラゲが来ないわけだ」


 当たり前のことだが、カイトに出来ることはテラポラパネシオにも出来る。かれらがここを訪れない理由についても、実感を伴って納得できた。

 リアルタイムでテラポラパネシオの元へ送られているだろうデータを確認する。この太陽系と周辺の空間が記憶しているエネルギーの流れと種類。それが時間を追うごとにデータとして蓄積されていく。

 ある種の確信を持ちながらデータを眺める。データの名前と数値が意味するところはカイトにはさっぱり分からないが、これを確認している宇宙クラゲは今頃焦りに焦っているだろう。様子が目に浮かぶようだ。

 おそらく、程なく。


『カイト三位市民エネク・ラギフ! 無事かね!?』

「無事ですよ。どうしました?」


 ほら、やっぱり。


***


 こちらを過剰に心配する宇宙クラゲに心配は要らないと何度も伝えて納得させたところで、カイトはドッグに足を伸ばした。

 鬼神邪キッシンジャーの改造が終わったとエモーションから連絡があったからだ。カイトは(興味がなかったので)聞いていなかったが、一体どのような改造を施したのか。

 ドッグの出入り口で、エモーションが待っていた。


「キャプテン、お待たせしました」

「大丈夫。そんなに待っていないよ」


 何やらどことなく艶々しているような。

 謎技術の塊であるクインビーよりも、自分に理解出来る技術を存分に振るえた満足感がありありと。エモーションに、たまには機械いじりをさせて上げた方が良いかなと心に留めた。

 とはいえ、エモーションの技術もダンや呉博士らにとっては相当の謎技術である。

 扉が開き、視界に映ったのは改造を終えた鬼神邪の姿。


「ご覧ください!」

「ほう、これが……ずいぶんとゴテゴテと」

「ええ。これが新たなる鬼神邪……鬼神邪キッシンジャーχ(カイ)です!」

「へー」


 機体性能をあまり上げられない分、装備で不利を補うことにしたらしい。珍しくテンションの高いエモーションとは逆に、カイトのテンションは平常運転だ。

 まず、全体的に分厚くなっている。両肩に障壁の発生装置が搭載されているのは見て取れるから、防御面を考えて大きくしたわけではないだろう。


「ディーヴィンの動力炉は旧型でしたので、解体して改造しました。連邦製と比べてまだまだ旧式ですが、出力面は飛躍的に向上しています」

「……必死に解析したのに」


 呉博士が物陰でぼそりと一言。何だか怖い。

 防御面は障壁でどうにかするのだろうが、攻撃面はどうするつもりなのだろうか。正直なところ、鬼神邪は戦闘艇や戦艦との戦闘には根本的に向いていない。速度面で絶対に勝てないのだ。少数の船に対する奇襲には向くが、大規模な船団相手では距離を取られて終わりだ。

 アプローチの方法はふたつ。出来るだけ耐衝撃力を高めて、戦闘艇よりも速く動く機能を付与すること。あるいは遠距離を攻撃できる武装を所持すること。

 ダンが希望していた改造プランは前者だったが、エモーションがそんな無茶をするわけがない。

 よく見ると、鬼神邪χの背後に機体全長ほどの長さの銃が立っている。コードが伸びている先には、別の動力炉が繋がれている。


「こちらの小型砲、自信作です。ヴェンジェンスの砲よりも光線の半径は小さいですが、貫通力に優れています。ディーヴィンの現行の船が相手であれば、問題なく障壁を貫通出来ます」

「く、クインビーの障壁は……?」

「十丁束ねても無理です。諦めましょう」


 何故だろう、呉博士の殺意がカイトとクインビーに向いているような気がする。おかしいな、こちらが敵じゃないと最初に認定してくれたのは彼女じゃなかっただろうか。

 目が合う。何故だろう、尊厳を徹底的に破壊された者に特有の闇が見える。


「……呉博士に何したの、エモーション」

「特に何も?」

「えー……」

「色々と質問をいただいたので、丁寧に回答は致しましたよ。キャプテンのご指示どおりに」


 その言葉に反応してか、呉博士がニチャリと笑う。こわい。

 ともあれ、近接戦闘向けの機体ではなく砲戦主体の機体に改造したということらしい。


「な、なあ。これでどうやって連中の親玉と戦えっていうんだ?」

「ヴェンジェンスと鬼神邪χの戦闘コンセプトは、ディーヴィンの大軍勢を相手に多少なりとも時間稼ぎが出来ることです。強大な障壁と、長射程の武装。キャプテンがディーヴィンの皇王を捕縛するまで耐えられれば問題ないわけですから」

「……ね? こう言って聞かないのよこのひと!」


 ダンの素朴な疑問に対して、エモーションはにべもない。呉博士の悲鳴は、エモーションが彼らの希望を何一つ受け入れなかったことに対するものだ。

 まあ、それも仕方ない。カイトにしてみれば、月面開発事業団のしていることは蟻が鯨に挑もうとしているに等しい。まず勝負の場に立つ権利がないのだ。放っておいて決着をつけてしまっても良いのだが、それはあまりに情がない。エモーションもその辺りをよく把握しているからこそのこの改造プランなのだ。

 この性能であれば、一応戦場に立つことくらいは出来る。エモーションは彼女なりに彼らのオーダーを最大限叶えようとしたわけだ。


「そもそも見積もりが甘すぎるのです。いかに高性能な船とはいえ、傷ついた鹵獲品でどうやって本隊に勝てると思っているのですか」


 ド直球な批判に、呉博士をはじめ誰も言い返すことが出来ない。

 だが納得もしていないのは、表情を見れば明らかだ。エモーションはその様子をじっくりと眺め、首を横に振った。


「駄目ですね、キャプテン。これはもう放っておいて、連邦だけでディーヴィンの件を終わらせるべきではありませんか」


 身も蓋もない言い方だったが、エモーションの言う通りなのだ。

 カイトは少しだけフォローのための言葉を用意しようと考え、そして諦めた。無理だ。

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