宇宙クラゲの懊悩
中央星団、アシェイドの執務室。
議会ではカイトがもたらした情報を受けて緊急の会議が行われている頃だろう。アシェイドとテラポラパネシオは会議への参加を免除され、カイトからもたらされる情報の獲得と整理を命じられている。
9th-テラの消滅に関する話も大ごとだが、アシェイドたちにとってはそれ以上に頭を抱えたい話題が出てきた。
「9th-テラ、か。つまり、ディーヴィンが『地球』を造ったのは連邦内に多くても8つ」
まずこの事実が、連邦議会に大きな動揺を与えている。
連邦の勢力圏内で生命の入れ替えが行われたのは、十五の星にわたった。かつてのディーヴィンがそのおぞましい行為に密接に関わっていたのは分かっている。ディーヴィンという種族そのものを追放したのは、生命の入れ替えを主導したのが、ディーヴィンの皇王だと判明したからだ。ディーヴィンの皇王を追放したのは、実行したもの達が全員死亡していたからでもある。
皇王に対するディーヴィンの民の心服は病的だったと言って良いだろう。皇王を追放することが決まった時も、ディーヴィンの国民たちはほとんど全員が皇王に同行することを選んだのだから。
時間遡行に関する技術は、完全に封殺したはずだ。ディーヴィンにもその技術が残らないよう、念入りに処置したことをテラポラパネシオが確認している。彼らは追放された時に、時間を操作する技術は持ち出せなかった。
そして同時に、当時のディーヴィンが連邦の勢力圏外に手を伸ばしてはいなかったことも確認している。彼らは追放された後、どうにかして9th-テラという惑星を造り上げたことになる。
『残り7つから9つの惑星が、どんな星だったかという疑問が生まれてしまったな』
十五の惑星について、命の入れ替えは行われた。そのうち最少で6、最大で8の惑星が『地球』として作り上げられた。
そして残り7つから9つについては、全てが不明だ。星の生物自体も遠い昔に滅んでいる。こんな事件が起きなければ振り返られることもなかっただろう。実行したディーヴィンが死んだ以上、知っている可能性があるのは追放されたディーヴィンの皇王か、その係累だけ。
「捕縛しなくてはならない理由が増えていく一方だ」
『ああ』
何しろ、残りの星々については連邦内にいる誰かが関わっている疑いが濃い。追放の憂き目に遭ったのはディーヴィンだけで、それ以外の者はこれ幸いと口を閉じたわけだ。もしかすると、今も密かにディーヴィンと繋がって彼らを支援しているかもしれない。
地球と呼ばれる惑星を造るのが『リ・エーディン計画』に密接に関わっているのは疑う余地がない。何しろ、追放されてもなお行っているのだ。ディーヴィンは何かの意図をもって計画を進めていた。
9th-テラを破壊した理由は、十中八九証拠隠滅だ。時期的なものを考えても、カイトが連邦市民になったことと無関係ではない。
『カイト
「そういえば、奇妙なことを言っていたな。ただ破壊されたわけじゃないとか」
アシェイドが端末を弄る。カイトが送ってきたシミュレーション映像だ。9th-テラが砲撃され、消滅したシーンを再現したものだという。
ディーヴィンの船団が惑星近くでエネルギーを一隻に集積し、地球へと放つ。放たれた光は地球に直撃するのではなく、大気圏辺りで星全体を包むように拡散。光に覆われたあと、光の球体は弾けるようにして消失している。
「ふむ。惑星を包囲して消滅させる砲か。連中は随分と危険な装備を開発したものだな……どうした、テラポラパネシオ?」
『この現象は……まさか』
アシェイドは映っていた様子に、特に不自然さを覚えることはなかった。むしろ連邦を離れてからも技術開発に力を尽くしていたのだろうという感想しか出ない。
だが、議員のテラポラパネシオには何やら心当たりがあるようだった。アシェイドとは比べ物にならないほど深刻な様子で、繰り返される映像を凝視している。
「心当たりがあるのか? ディーヴィンの技術ではないとか」
『うむ。我々も確証があるわけではない。我々が知っている現象と非常に似ているとは思うが、果たしてまったく同じ現象であるのかどうか』
「要領を得ないな?」
『断言してしまうには少々デリケートな話題なのだ、アシェイド議員。これをディーヴィンが引き起こしているのか、別の何者かが引き起こしているのかによっても対応が異なる』
「違う誰かが関与した可能性があるというのか?」
『大いにある。……出来れば宙域のデータが欲しいな。詳細なものが必要だ。調査団の派遣を要請する』
議員のテラポラパネシオが、慌ただしく動き出す。
程なく議会にテラポラパネシオからの要請が出され、調査団の派遣が決定した。相変わらずの手際の良さに舌を巻きつつ、端末に提示された名簿を流し見る。
「君たちは行かないのか?」
『今のところ、避けたいと思っている。もしもこの現象が我々の考えている通りであるなら、情報が出揃ってからの方が無難だ』
「そうなのか。向こうに送り届けるのはやってもらえるんだよな?」
『無論だ。あちらにはカイト三位市民がいる。後は上手くやってくれるだろう』
奇妙なほどに警戒感が強い。テラポラパネシオを警戒させるような事態が起きていると考えると、アシェイドの心にも名状しがたい不安が押し寄せてくる。
「教えてくれ、テラポラパネシオ。君たちは一体なにを警戒している?」
『もしもこの現象をディーヴィンが行ったというならば、我々はすべての個体を動員して、ディーヴィンをこの銀河から文字通り殲滅しなくてはならないだろう』
「!?」
『我々が懸念しているのは――』
***
「そうか。それは確かに警戒する必要があるな」
テラポラパネシオの説明を聞いたアシェイドは、深い溜息をついた。正直なところ、聞いたことを後悔しているほどだ。確証がない状態で議会に上げるわけにも行かないし、だからと言って自分ひとりで抱え込むのも気が重い。
心からテラポラパネシオの心当たりが外れていてくれることを願う。
と、大事なことに気付く。
「ところで、カイトは大丈夫なのか?」
『それは我々も気になっている。どちらにしろカイト三位市民には我々の推測を伝えなければならない。彼は聡明だからな、慎重を期すだろう』
「そうだな。……あれで結構、気が短いが」
『う、うむ。あと好奇心も旺盛なのでな。興味を持ったりしないかという不安はある』
宙に浮いているテラポラパネシオを見上げると、テラポラパネシオもまたアシェイドを見下ろしていた。いや、かれらの目がどこにあるのかは分からないが。
テラポラパネシオと違って相手の心を読めないアシェイドではあるが、今ばかりは互いに考えていることが一緒だという確信がある。
『ああ。考えていることは一緒だ』
「読むな心を」
心を読める方が認めてしまった。まったく。
「どちらにしろ、ディーヴィンの皇王と王族は捕まえて裁きの場に立たせなくてはならない。一体誰のために命の入れ替えをしでかしたのか」
『連邦の誰かであっても、連邦以外の誰かであっても、問題が大きくなるな』
「まったくだ」
ディーヴィンが連邦から追放されたのは、そもそもアシェイドが生まれる随分と前のことだ。悠久を生きてきたテラポラパネシオと違い、若い連邦市民にとってディーヴィンは歴史でしかない。
そんな歴史の旧悪が、今になってその邪悪さを明らかにしつつある。
命の入れ替えをディーヴィンに依頼した誰かが、せめて自分の父祖や近しい種族でないと良いのだが。
「さて、ディーヴィンの本拠地に送る部隊の選別を済ませるか。テラポラパネシオ、手伝ってくれ」
『了解した』
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