惑星消失の謎を追え
宇宙クラゲへの確認事項はいくつかあるが、ダンたちの地球がディーヴィンの砲撃程度で消滅した件については出来るだけ詳しく聞いておかなくてはならない。
カイトはエモーションに呉博士と必要以上に揉めないようにと釘を刺してから、スタッフたちへの聞き取りに回ることにした。エモーションが「非常に不本意です」ときゅるきゅる言っていたが、今回に限ってはカイトも譲らなかった。
「それで、カーター少尉どの。君が地球の消滅を一番近くで見たと聞いたけど」
「ああ。船から放たれた光が、地球を包むように広がったんだ。光が地球を覆い尽くしたんだと思う。しばらくして、シャボンが割れるみたいに消えたんだ、全部」
「全部? 地球を包んだ光もかい」
「ああ。光もだ。その後すぐに、衝撃波が来た。ベースの外で一緒に作業していた連中は、その時に」
ダンが顔を伏せる。彼にとってはトラウマなのだろう。当たり前か。
何となく様子は分かった。これ以上を聞くのも酷なので、礼を言って話を切り上げる。複数の視線を背中に感じながら部屋の端へ。壁に背を預けて目を閉じ、ダンの説明の通りに様子を脳裏に描く。
彼らの地球が消滅した経緯はやはりおかしい。光線が惑星を包むように広がるという描写がまず異様だ。
障壁でもない限り、光線は地球に直撃するはずだ。大気と反応して多少減衰するかもしれないが、直撃した場所――地上あるいは海面――を蒸発させて地核まで到達する。
その後は内部から焼き尽くすにしろ、爆発を伴って吹き飛ばすにしろ。確実に残骸は残る。ディーヴィンの船に出来るのは、せいぜいがその辺りだろうとカイトは予測している。エモーションの意見も、その見立てに大きな誤差はなかった。
だが実際は、まるで障壁に干渉するように光が地球を包んだという。ダンの表現が正しいとすれば、まるで光が障壁に力を付与したかのような光景に思える。
「となると……地球はどこへ消えたか」
障壁のような力場に、エネルギーが注がれたのだとしたら。シャボンが弾けたような消失というのは、消滅ではなく別の現象なのではないだろうか。
もしも本当に地球を消滅させるほどの威力があったとしたら、その後に月面に届いた衝撃波はもっと破滅的なものでなくてはおかしいと思うのだ。それこそ、月そのものが破壊されるほどの。
それはつまり、そんな威力の攻撃を撃ち込んだディーヴィンの船団だって無事では済まないわけで。
「衝撃波はその現象を発生させた後の、余剰エネルギー……?」
どんな現象が発生したのかは宇宙クラゲに後で聞くとして、その時点で地球が何らかの力場に包まれていたとするなら。
ディーヴィンの船から放出されたエネルギーが、消失した地球の質量分の空間を埋めて、そして余剰が周囲に拡散したのであれば。月面や月面の地球人たちが無事に済む程度の威力で収まったのも何となく理解出来る。
つまりは。
「地球はどこかへ行っただけで、消滅したわけではないのかもしれない」
転移か、それ以外の何かか。第二班の面々をぬか喜びさせても良くないので、その推測は心の内に留めておく。
起きた現象が何なのか掴めなければ、移動した地球の人々が無事とは言い切れないからだ。
その現象が転移現象で、もしもまったく突拍子もない場所に転移してしまっていたら、彼らの地球は今頃、別の理由で滅んでしまっているだろうから。
***
かなりの怒号と激論を経て、ヴェンジェンスの改造プランは一応の決着を見た。髪を振り乱して幽鬼じみた顔の呉博士に、うちのエモーションが済みませんと心の中だけで詫びる。口にはしない。エモーションの無言の圧が怖いからだ。
さて、ヴェンジェンスの改造よりも難しいのが、
問題は機体への技術的なアプローチではない。パイロットのダンの方だ。身体改造さえ済んでいれば、どれほど強化しても問題はない。だが、ダンも月面開発事業団第二班の面々も、身体改造を施されていないまるきりの生身なのだ。
ただでさえ格闘戦を行うような、荒っぽい動きの機体としてデザインされている。不用意に高性能な機体改造を施して、反動を受けた生身が耐えられないというのは良くない。
「俺は構わないぞ。どうせあと何回も戦わないんだ、最期に連中の王様とやらに鬼神邪の爪を叩き込めればそれでいい」
殺意がつよい。連邦に参加して身体改造をしてはどうかと勧めたのだが、不思議なことにダンをはじめ誰も頷かなかった。
どうやら第二班の面々は、ディーヴィンと決着をつけた後の自分たちの未来については考えていないようだ。大事なのは仇を討つということだけで、他のことはその後でいいと振り捨てている。聡明なはずの呉博士も含めてだ。
母星を目の前で喪ったという絶望感がそうさせているのか。死んだ仲間たちを差し置いて自分たちだけ幸せになるという考えが最初からないように見える。
「キャプテンとは真逆ですね」
「そうだね。まあ、彼らには彼らの信念があるんだろうさ」
地球の滅亡に際し、生き残っているだろう地球人に交わらずに宇宙へと出たカイトは、確かに第二班の面々とは真逆の考え方なのだろう。カイトは連邦市民として、自分にはあまり共感できなくても彼らの自由意志を妨げようとは思わない。
もしも中央星団が敵の攻撃で壊滅したとしたら、カイトももしかしたら彼らのように憤り復讐を考えるかもしれない。そういう意味では、カイトはもとより地球人より連邦市民への仲間意識の方が強いのだろう。
「テラポラパネシオの方々の見解は何と?」
「証言だけでは確定は出来ないらしいよ。ただ、やっぱり砲撃による消滅ではないという見解は共通してたね」
「実際に見ないと分からないでしょうね。本当は放たれたエネルギーの計測値も欲しいところです」
ヴェンジェンスの改造作業をしているエモーションの横で、カイトは作業を覗き込む。見えないほどの速さで二の腕から先が動いている。凝視していると酔ってしまいそうで、カイトはすぐに視線を外した。
情報は大事だ。エモーションはディーヴィンの人工知能が保有していたデータを、カイトは連邦との通信結果を、それぞれ交換する。
「リ・エーディン計画の詳細はこの船にもデータがなかったんだね」
「はい。ディーヴィンであるなら船にいちいち確認はしない、と言われてしまいました。計画で行われる作業の内容はともかく、本質的な目的は上層部のごく一部が口頭で伝達するだけなのでしょうね。今回のような事例に備えてのことというなら、相当に警戒していると判断すべきかと」
「結局、王族を捕まえて聞くしかないか」
結論は出た。討ち取りたいという第二班の目的とは対立することになるが、元より連邦(つまりカイト)の目的は捕縛と裁判だ。ヴェンジェンスはともかく、鬼神邪の性能をあまり上げ過ぎると話が決裂した後でカイトの手間が増える。
あくまでダンの肉体にあまり悪影響がないようにという建前で、改造は本人の負荷が現実的な程度で収まるように配慮することを決める。
「さて、私からは以上です。これ以上の情報がないのであれば、こちらをトオル・ナガサキ主任に手渡してください」
「そうだね。これは?」
「鬼神邪の改造プランが記録されています。ナガサキ主任は鬼神邪の名づけ親でもあるそうですから、喜んでくれるでしょう」
「了解」
会話で必要な改造の程度を算出したエモーションが、記録チップを手渡してきた。改造が終わるまではどうせ暇な立場だ。カイトは受け取ったチップを届けるべく、エモーションの横を離れた。
ムーンベースの中をぼんやりと観察しながら、鬼神邪の修理を進めているブースへ向かう。
改造が終わった頃には、ディーヴィンを相手取った作戦が実行されることになるだろう。第二班の面々は、その戦いで命を落とすことも覚悟している。
だがカイトは、星を超えて知り合った友人たちには出来るだけ長生きして欲しいと思っているのだ。たとえ彼らの不興を買ったとしても、どんな手を使ってでも。
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