喪われた9th-テラの謎
『9番目』の太陽系と情報交換
カイトは撃ち込んだ
少しだけ距離を離したのは、建物や施設の中に転移してしまうと破壊しかねないからだ。
周囲を見回して、見える星々に思わず呟きを漏らす。
「……似ているね」
『はい。私たちの住んでいた太陽系と惑星の形質、恒星の光量、ほぼ等しいです』
「太陽系ごと作り替えたんだろうか」
『念の為に確認してありますが、連邦内に存在する別の地球の場合、他の惑星については私たちのものとは異なっていました。ですが、ここは……』
他の地球では、火星や木星は、名前は一緒でも大きさや星の形質が違っていた。だが、エモーションが確認した範囲では、この太陽系はカイトの住んでいた地球とほぼ同じだという。違うのは、地球が存在していないことだけ。
「彼らの拠点は……やっぱり月なんだね」
月面開発事業団と名乗っていたか。彼らは月にいたから、地球の破壊に巻き込まれなかったのだろう。そして、見下ろした月は確かにカイトにとっては既視感のある月の姿だった。
『驚きました。クレーターの位置こそ違いますが、この月は材質・大きさともに私たちの月と同じです。こんなことが』
「ディーヴィンは星系そのものを作り変える技術を手に入れたんだろうか」
『分かりません。ですが、そうだとしか思えない近似値ですよ、これ』
エモーションが困惑している。実際問題、ここまで似ていると気持ち悪い。ちゃんと確認していなかったが、連邦は星系のコピーとかは作れるのだろうか。いや、星系ごとコピーできるのであれば、そもそもラガーヴ恒星系の時にそんな話が出ていたはず。となると、これはディーヴィン独自の技術なのだろうか。分からない。
カイトは月面に一ヶ所、不自然に人工物の多い場所を見つけた。おそらく彼らはあそこにいるはずだ。
「見つけた。あのクレーターだ」
『そのようですね。どうします、乗りつけますか』
「それでもいいけど、反撃されそうだね。このまま直接転移するよ」
『危険……ではないですね。彼らは身体改造も施されていないわけですし』
エモーションから許可が下りた。カイト自身あまり自覚的ではないのだが、クインビーに搭乗していないと、超能力の出力は下がる(はず)らしい。
言い方からして、どうやら同行するつもりはないようだ。
『キャプテン。あちらの地球人と話をつけている間に、少しこの太陽系を調べたいと思うのですが』
「そうだね。頼めるかい」
『了解しました。それでは、やりすぎないようにお気をつけて』
「どういう意味かな?」
危険がないと分かった途端、エモーションの発言がカイトのやり過ぎを懸念する方向に向かう。加減くらいは分かっているのだから、少しくらい信用して欲しいものだ。
***
「か……カイト・クラウチ!? 一体どうやってここを」
「
空いている椅子を拝借し、腰を下ろす。向けられる視線は困惑、混乱、興味といったところか。敵意がないのは有難い。
とはいえ少なくとも二人、内心を見透かされないように隠している。この中では最年長だろう男性と、女性スタッフの一人。カイトはテラポラパネシオのように心を詳細に読み取ることは出来ないが、感情の流れくらいは読める。それすら許さないというのは、こちらへの警戒か、別の手段でもあるのか。
それはそれとして。ダンとか言ったか、鬼神邪のパイロット。彼からの感情が特別悪いものではないのは、正直なところ意外だった。
「それで、交渉とは?」
「君たちとの停戦交渉、および協力要請かな。僕たちはディーヴィンの本拠地に近づく重要な情報を手に入れた。僕と連邦だけでディーヴィンの摘発に入ってもいいんだけど、君たちの事情も多少ながら聞いたのでね。一緒に行くかいってお誘いだよ」
「本拠地の情報? どうやってそんなものを」
「この前、君たちが撃沈しようとしていた船。あれにも働きバチを撃ち込んでおいたってだけだよ。材料はディーヴィンの船から調達したから、現時点ではまだバレてない」
疑いの視線。面と向かって疑っているとは言ってこないが、信じてもいないのが顔つきで分かる。彼らの居場所を特定した手段と一緒なのだが、簡単には信じられないか。
心を読めない片割れ。年かさの男が、軽く首を振りながら聞いてくる。
「我々にばかり都合の良い話のように思えるが」
「僕としても少々思うところがあってね。君たちの現状とか、情報交換を申し込みたいんだ。特に、そちらの船。あれ……王族船とかいうそうだね?」
「そうらしいな」
「なら、それなりに情報を貯め込んでいるよね? 連中のさ」
「残念ですが、非常に強いプロテクトがかかっています。ある程度は言う事を聞かせられていますが、ディーヴィンの情報は頑なに開示しませんよ」
心を読めないもう片方の女性が、そう言いながらこちらをじっと見てくる。観察されているようで微妙に居心地が悪い。お前に出来るのか、と視線が語ってくる。
確かに、専門知識のないカイトには無理だろう。だが、こちらには強い味方がいるのだ。
「ま、そういうのが得意なスタッフがいるのでね」
***
この基地はムーンベースというらしい。
カイトが連絡を入れると、程なくクインビーは上空までやってきた。エモーションはダンたちと話している間に十分調査を終えたらしく、素直に着陸して降りてきた。
その容姿を見た一部が、感嘆の息を漏らす。
「うっぉ、美人……」
「キャプテン、お待たせしました」
「大丈夫、待っていないよ。エモーション、紹介しよう。こちらが月面開発事業団、第二班の皆さん。ディーヴィンいわく、9th-テラとやらの住人だったそうだよ」
「皆さん初めまして。私はエモーション
「よろしくお願いします、エモーションさん。それで、あなたならディーヴィンの船から情報を吸い出せると聞いたのだけれど」
呉威華と名乗った女性が、挨拶もそこそこにエモーションに切り出す。
どうやらムーンベースの技術主任であるらしい。ディーヴィンの船に搭載された機械知性から情報を吸い出したと言うから、相当の才媛なのは間違いない。多少喧嘩腰に見えるのも仕方ないかもしれない。
「はい。ディーヴィンは連邦から追放されて以後、技術のアップグレードが遅れています。現在の連邦の技術力であれば、解析と情報の吸い出しは容易でしょう」
「へ、へえ? それじゃ、お手並み拝見と行きましょう」
一同の視線が、ドッグの反対側に停められているヴェンジェンスに向く。
開けさせるわ、という言葉を遮り、エモーションは周囲に仮想モニターを出現させた。どうも最近、テラポラパネシオだけでなくエモーションまで地球のエンタメ的演出に親しみ始めている気がする。
「解析開始。船籍名ヴェンジェンス。皆さんに権限が委譲される前の名前はアルガラトテプ。ディーヴィン第二皇子ラプランツァルエ・エディキニエルの所有する王族船ですね。現在の権限所有者は呉威華さんですか。この短い期間でよくこれだけ彼らの技術を解析できましたね。素晴らしい知性だと思います」
「!?」
ざわりと、メカニックたちが反応した。そんな名前の船だったのか、なんて声も聞こえたから、彼らの知らない情報に早々にアクセスできたようだ。
「ふむ。やはり旧式ですね。情報の吸い出しが終わった後は、少々改造してはいかがでしょうか」
「きゅ、旧式?」
「はい。情報の対価として、ある程度の技術を提供します。ディーヴィンとの全面戦争に入る前に、ヴェンジェンスと鬼神邪のアップグレードをしておくべきでは?」
「そ……そうね。助かります」
呉博士の顔が引きつっている。
カイトはまったく気にならないのだが、エモーションの直接的な発言はどうも一部の人の神経を逆なでするようだ。少しは矯正出来たと思っていたが、まだまだ甘かったか。
これ以上エモーションと話をさせると呉博士が爆発しそうだ。そうなる前に注意を逸らそうと、カイトは別の話題を振ることにした。
「そういえば、地球の残骸はどこかの星に引かれたのかな。先程この星系に来た時には見かけなかったけど」
「……残骸は残らなかった。ヴェンジェンスの出力限界を超えた砲撃で、跡形もなく消滅したのを俺は目の前で見たんだ」
答えたのはダンだ。鬼神邪のパイロットである彼は、元々作業機械の運用を担当していた。ヴェンジェンスの前身であるディーヴィンの船が、地球を砲撃した瞬間を見たという。
カイトはしかし、その説明に首を捻った。捻らざるを得なかったのだ。
「消滅した? 跡形もなく」
「ああ」
「……どう思う、エモーション」
「おかしいですね」
エモーションも手を止めてカイトの疑念に同調した。
それはそうだろう。何しろ――
「惑星ほどの質量を完全に消滅させる兵器だって? ディ・キガイア・ザルモスでもない船が?」
「連邦の戦艦級でも、公社の旗艦でも惑星を跡形もなく消滅させるなんて不可能です。それより劣るこの船では、そこまでの出力を出すのは不可能ではないかと」
「だが、俺たちは見たんだ!」
ダンが叫ぶ。いや、実際問題として月と太陽系があり、地球が跡形もないのだ。ダンが嘘をついているわけではないだろう。
何か奇妙な違和感がある。エモーションも首を横に振っているので、カイトはこの話が終わったら詳しいところに確認しようと心に留めておくのだった。
具体的には、宇宙クラゲである。
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