僕らと彼らの違いはなにか

――カイト・クラウチの情報を開示します。リ・エーディン計画における6th-テラの出身である地球人。連邦のプレスリリースによれば、自力で第五惑星の軌道上まで移動した際に連邦と接触。連邦では三位市民エネク・ラギフの市民権を付与されています。


「6th-テラ……? 待って、地球がいくつもあるってこと!?」


――質問に回答します。あなた方の暮らしていた地球は9th-テラ。リ・エーディン計画における最後の地球でした。


「9つの地球……? 何でそんなことを」


――これ以上はディーヴィンの機密に類する情報が含まれるので、開示できません。


「じゃあ質問を変えます。他の地球に住んでいる地球人は生身で宇宙空間で活動できるの?」


――そうではありません。カイト・クラウチは連邦に所属した際に肉体を改造されているはずです。その際に宇宙空間で生身でも活動できるような改造処置を施されたのではないかと。


「肉体を改造……!?」


――宇宙空間には、生態の異なる種族が多数存在します。多種族社会においては、肉体改造によって環境負荷に耐性をつけるのが一般的です。


 ヴェンジェンスと鬼神邪キッシンジャーは修理中だ。改修を施すにしても、まずは直してからというのが船長の判断だった。結果、修理が終わるまですることのない呉博士は、情報収集のためにヴェンジェンスとの対話を行っていた。

 搭載されている人工知能は中々に頑なだったが、数回の干渉によってある程度の思考改変に成功している。呉博士はかれの思考回路への干渉が、これまでの人生で最も難しいミッションだったと思っている。


「連邦とは何?」


――この銀河における最大勢力です。かつてはディーヴィンもその一員でした。現在は連邦への再加入を目的に活動しています。


 銀河における最大勢力。ディーヴィンはかつて連邦の一員だったが、現在は連邦に追われている。カイトの発言と人工知能の回答は矛盾していない。


「ディーヴィンが連邦から追放された理由は?」


――ディーヴィンの機密に関する情報が含まれるため、開示できません。


「ちっ」


 どういうわけか、人工知能はディーヴィンに関わる情報についてだけは決して開示しようとしない。ディーヴィンの船を攻撃するようになってからも『友軍の船ですが攻撃するのですか』と聞くだけになったというのに。

 よっぽど隠し通したい情報があるのだろう。多少の思考干渉では外れないほどに強いプロテクト。これまで何度も突破を試みたが、一度も成功していない。仕方ないので、話題を変える。


「船籍名クインビーの攻略方法は」


――ありません。不可能です。検討によって有効な解が算出される可能性は永遠にゼロだと理解してください。


「不可能って……ディ・キガイア・ザルモスって一体何なの?」


――連邦における最強の船です。連邦に所属している者であれば、比較的容易に手に入れることが出来ます。


「じゃあ、連邦に所属してディ・キガイア・ザルモスを大量に手に入れればディーヴィンなんて楽勝ってことね」


――それは難しいでしょう。永らくディ・キガイア・ザルモスはテラポラパネシオの専用船型であると認識されていました。実用するには特殊な才能が必要であるとされ、連邦史において実用レベルで運用出来たテラポラパネシオ以外の種族はカイト・クラウチだけです。


「はぁ!?」


――カイト・クラウチのどういった才能によってディ・キガイア・ザルモスを運用できているのかは、まったく不明です。調査の必要性は極めて高いものの、現在ディーヴィンはカイト・クラウチと敵対しているため調査出来る公算はありません。


 つまり、ディ・キガイア・ザルモスはとてつもない力を持つ最強の船だが、運用には特殊な才能が必要である。カイト・クラウチはその希少な才能の持ち主であるのは確かだが、何故動かせているかは調べようがない。

 要するに、何も分かっていないということではないか。


「……カイト・クラウチとディーヴィンの間で全面戦争が起きた場合、勝つのは?」


――考慮の余地なくカイト・クラウチです。


 明確な断言。即時撤退を強く進言してきたのだから、強力な船だというのは理解できるが。

 そこまで考えて、そんなわけがないと思い直す。所属している連邦とディーヴィンの戦争と解釈したに違いない。


「相手がカイト・クラウチだけで、連邦がその戦争に参加しなかった場合は?」


――考慮の余地なくカイト・クラウチです。


 回答は同じだった。理解出来ない。ディーヴィンの全戦力が、あの小型船一隻に勝てないという。


――ディーヴィンの上層部は、上位者は下位の者を囮にしてでも、とにかく逃げるようにと方針を定めています。あれと会敵した場合は、とにかく上位者を生かすべく行動しなくてはなりません。ディーヴィンという種の存続のために。


 人工知能はディーヴィンを贔屓する傾向はあるが、基本的に嘘はつかない。かれの知識を借りられなければ、ムーンベースをこれほど長期間生存できる環境には出来なかったはずだ。

 ヴェンジェンスと鬼神邪の改造後の戦力計算も、(それが対ディーヴィンであったにも関わらず)嘘がなかった。月面開発事業団第二班が今も無事に活動出来ているのは、呉博士の才覚というより人工知能の力によるところが大きい。

 その人工知能が、クインビーとカイト・クラウチを敵に回してはならないと言っている。

 まずいことになった。こちらは既に攻撃をしてしまっている。敵対しているのだ。どうしたものかと考えるが、名案など出てこない。


「……船長に相談しないと」


***


 ギオルグの呼びかけでブリーフィングルームに集められた面々は、呉博士の説明に一様に頭を抱えた。


「済まない、みんな」


 ダンは頭を下げた。自分の不用意な行動が元で、仲間たちを危険に晒してしまったのは間違いない。ディーヴィンの全戦力を上回るなんて話は、正直なところあまり信じてはいないが、自分たちの戦力では決して勝てないというのは分かる。

 戦場を離れて少し頭は冷えている。強い力を手に入れたことで、力に酔っていたのかもしれない。


「カーター少尉のせいではない。許可を出したのは私だからな。だが、どうしたものか」

「やはり、我々全体に気のゆるみがあったのでしょうね。どんな相手にでも勝てると思ってしまった」


 向こうは最初から交渉を持ちかけてきてくれていたのに、こちらから敵対してしまったのだ。頭を下げた程度では許してもらえないだろう。変に好戦的になっていたのは間違いない。

 地球そのものがなくなってしまった以上、カイトに対価として差し出せそうなものは何もない。


「出来れば味方につけたいよな。あっちもディーヴィンと敵対しているんだろ?」


 楽観的な意見を出したのはトオルだ。それが出来ればどれだけ良いか。

 もう一度、交渉出来るなら頭を下げる準備はある。味方になってはくれなくても、敵対状態だけは解消したいものだ。

 そう。最大の問題は、敵対状態で逃げ出した自分たちを相手に、カイトが再度こちらと交渉をしようと思ってくれるかどうかだ。次に会ったら問答無用で攻撃されてもおかしくはない。


「戦場で彼を探す……というのは不安だな。手加減なしの攻撃をされたら全滅しかねない」


 自分たちが全滅したら、この地球で暮らしていた人々の無念は誰が晴らすというのか。死ぬわけにはいかない。生き延びる可能性を高めるためにもカイト・クラウチと再度交渉をして敵対状態を解消したい。だが、出会える場所はディーヴィンとの戦場以外に心当たりがない。戦場で出会えば、戦闘になる公算が高い。

 方法が思い浮かばない。罠と思われるのを覚悟して、戦場で通信を仕掛けるしかないかもしれない。鬼神邪を盾にすれば、ヴェンジェンスの皆は一撃なら避けられる。ダンがそんな悲壮な決意を固めていると。


「――それならここで交渉しようか」


 聞き慣れない声が、頭上から降ってきた。


「……え?」


 ダンが見上げるのと、天井の景色がぐにゃりと歪むのはほぼ同時だった。

 歪んだ景色の向こうから、ゆっくりと降りてくる男が一人。自分たちの正気を疑った、あの光景の主。


「生身で顔を合わせるのは初めてになるね。僕はカイト。カイト・クラウチ。よろしくね、別の地球の皆さん」


 どこから見ても地球人にしか見えない顔で、カイト・クラウチは爽やかに笑うのだった。

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