それぞれが核心に近づく
随分と諦めが早い。早々に離脱を選択したダンたちにいささか拍子抜けしつつ、カイトは視線を後ろに向けた。
背後にいたはずのディーヴィンの船も、転移が可能になった時点で早々に逃げ出したようだ。この場には既にカイトとクインビーしかいない。散逸した砲撃の余波が宙域を軽く乱しているが、それも程なく消失するだろう。
おおむね完全にカイトの望んだとおりの展開だ。予想外だったのは、砲撃を防ぐためにクインビーの外に出ざるを得なかったことだけだろうか。
相当に高いエネルギー係数の砲撃だった。そのまま受けてもクインビーの障壁を破ることは出来なかったが、余波でも背後に庇っていたディーヴィンの船が撃沈されかねない威力だった。結果、カイトがクインビーの外に出て砲撃そのものを遮断したのでディーヴィンの船も無事に逃げおおせた。
「さて、エモーション。追えるかい」
『もちろんです、キャプテン。どちらから追いますか?』
どちらの船にも、
特に、撃ち込んだ働きバチは破壊されたディーヴィンの船から調達したものばかりだ。どちらもルーツがディーヴィンである以上、見分けがつくとは考えにくい。
エモーションの問いに、カイトは悩みもせず答えた。
「もちろん、ディーヴィンどもの方さ」
『良いのですか? 私としてはキャプテンに攻撃を加えたあの自称地球人どもを懲らしめてやりたいところなのですが』
「当初の目的を忘れちゃいけないよ。僕たちの目的はディーヴィンの根城を探すことだったはずだろ。それに、彼らがディーヴィンへの復讐を諦めない限り、必ずどこかで鉢合わせすることになるさ」
むしろ、カイト達よりも先にディーヴィンの根城に乗り込まれる方が面倒だ。
あくまでカイトの体感に過ぎないが、
おそらく切り札は、あの砲撃の方だろう。相当に高い破壊力だった。だが、あれだけでは全体と渡り合うには足りないだろう。
連射できるような代物にも見えなかった。小さな船団を襲撃して数を減らすという戦術は、彼らに取り得る唯一の方法だったはずだ。ディーヴィンを逃がしたくなかったのは、復讐心だけでなく自分たちの正体を知らせたくなかったという事情もあったに違いない。
『なるほど。では放置ですか?』
「こちらの準備が諸々整ったなら、彼らを探す必要は出てくるかもしれないね」
出来れば、それまでは無謀な行動は慎んでほしいものだけれど。
***
自分たちはまさしく、理解できないものに触れた。
ヴェンジェンスと鬼神邪の改造のため、設備を拡充したムーンベースはダンたちの拠点となっている。最初は二度と戻るつもりはなかったはずが、取り回しの良さに負けて出戻ったのだ。
ディーヴィンの技術を導入した結果、生存するだけならば問題がないだけの進んだ環境に変わっている。かつての絶望感はなく、ヴェンジェンスと鬼神邪という戦力でいつかディーヴィンを打ち倒す。月面開発事業団の面々は、いつしかその想いを心から信じていた。
だが。
「なあ、船長。俺たちは……何と戦ったんだ?」
「分からんよ。分からん」
ブリーフィングルームに戻ってきた一行は、疲労感で倒れそうだったがひとまず席についた。先程の反省点を確認すべく、ぽつぽつと話し始める。
悪夢の方が上等に思えるような、恐ろしい何か。ただの小型船だと思っていたら、最終兵器とエンカウントしていた。そんな恐怖。
「博士は何か分かるかい?」
「分かりません。分かるのは……彼が言葉通り、私たちに手加減してくれていたということでしょうか」
「手加減!? 手加減だって、あれで!?」
「ええ。だって、誰も死んでいませんから」
当たり前といえば当たり前の言葉に、ダンも勢いを失う。
だが、そうなるとより絶望感が増す。ただでさえ勝てる気がしないのに、ここから鬼神邪をどれほど改造すれば、あれに勝てるような機体になるのか。ヴェンジェンスだってそうだ。惑星ひとつを吹き飛ばしたあの砲撃が通じなかったのだ。たとえ地球を吹き飛ばした時ほどの出力を出せていないとしても。
「あんな化け物相手に、どうしたらいいって言うんだ」
「え? 何故、あの船と戦う前提なのですか」
呉博士の言葉に、ダンは顔を上げた。博士がここで最大の天才であることは理解しているが、その発言については意味がまったく分からない。
どうやら呉博士自身、自分の疑問が周囲と共有できていないとは思っていなかったようで、周囲の視線に驚いた顔を見せる。
「あら、皆さん同じ意見?」
「では博士は何故、あれと戦う必要がないと言うのかね?」
「ヴェンジェンスがあれを敵だと認識しているからですよ」
その言葉に数人があっと声を上げた。だがダンにはまだ分からない。
「お忘れです? ヴェンジェンスのデータベースはディーヴィンのもの。つまり、ヴェンジェンスがあれを逃げるべき敵だと思っているということは、彼はディーヴィンの敵だということ」
「で、でもあいつはディーヴィンをかばったじゃないか」
「そうですね。後でヴェンジェンスに知っている情報を吐き出させましょう。まだ微妙に素直じゃないんですよね」
「うむ、それは必要だろうな。どちらにしても推測の域を出ないが……」
「それはその通りです。出来れば一度、ちゃんと話をしてみたいですね。私たちの知らないことが色々と分かるかも」
呉博士の言葉には説得力があった。どちらにしろ、ヴェンジェンスと鬼神邪は修理を必要としている。しばらくは身動きが取れない。ギオルグも納得した様子なので、ダンはそこで矛を収めることにした。
だが、このままにはしておけない。地球の仲間の仇を討つこと、ヴェンジェンスの仲間たちを守ること、そのどちらも自分の役目なのだから。
***
「というわけで、ディーヴィンの集合地点を捕捉しました。残念ながら本拠地ではないようですが、多少は役に立つ情報かと」
『多少どころではない。これは極めて重要な情報だ。感謝するよ、カイト
ディーヴィンの工場らしき場所を見つけたカイトは、隠形の効く範囲で様子を調べた結果、王族船と呼ばれた船がいないことでここを本拠地ではないと結論づけた。
ひとまず座標と映像記録を確保し、一旦無関係な宙域に転移。中央星団に報告を入れたところだ。
『それで、連中を襲っていた勢力とは接触したのかね?』
「ええ。地球人を名乗っていました」
『何だって?』
「自分たちの星を破壊された、と言っていました。そのうちの一人が名乗った名前も連邦に記録されている名簿にはないものでした」
カイトの言葉を聞いて、通信先でテラポラパネシオが触腕で腕を組むような仕草を見せた。いちいち芸が細かい。
実際、使っていた言語も地球の言葉だった。多少発音などに違いはあったが、方言程度の違いしかないのは、今考えても異様だった。
宇宙クラゲの様子を見る限り、何やら心当たりがある様子だ。そして、言い淀んでいるのも分かる。言うべきか迷っている?
「もしかして、何か心当たりがあるんですか」
『あるといえばある。……だが、ここで通信越しに話すようなことではないのだ。済まないが一度、中央星団に戻ってもらえるか』
「通信越しに話すべきではない? 分かりました」
少しばかり慎重過ぎるとも思うが、テラポラパネシオがこういう時に判断を誤ることはない。カイトは急ぎ中央星団に戻るべく、意識を転移に集中するのだった。
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