クインビーVS鬼神邪

 馬鹿なことを。

 手加減してやる、というカイトの言葉を、当たり前だがダンは信じなかった。

 信じるまでもない世迷言だからだ。見たところこれといった武装もない小型船でどうするというのだ。

 だが、発言については気になるところもあった。こちらは死ぬなという言葉と、まるで自分の命にはバックアップがあるかのような口ぶり。


「命のバックアップ……クローンのことでも言っているのかな」

『そうかもしれない。もしかすると彼は、オリジナルの地球人ではないのかもしれないな』


 ギオルグの言葉に、そうかもしれないとダンも頷いた。

 彼はディーヴィンによって製造されたクローンで、必要ない知識は学んでいないのだろう。だからこそ、自分と相手の実力差を理解出来ない。

 自分はクローンだから、命を喪うことはなんでもないと。言葉の意味が分かってしまえば、単純なことではある。だからこそ、そんなおぞましい存在を創り上げたディーヴィンに更なる憎しみがわく。

 主であるディーヴィンを守るように教育された、悲しい地球人の成れの果て。ダンは歯を食いしばり、鬼神邪キッシンジャーの腕を振り上げた。


「すまない……!」


 神ならぬ自分が出来るのは、その悲しい命に一刻も早い安息を与えてやることだけだ。勢いよく振り下ろされた鬼神邪の爪は、しかし虚しく空を切った。

 速い。軍人として鍛え上げられたダンの視力は、カイトの船の動きを目で追ってみせた。間髪入れずに腕を振るうが、全て避けられる。


『迂闊だね』

「何を……ッ⁉」


 言葉と同時に、船とは違う側から衝撃。

 元々が作業機械である鬼神邪の視野は決して広くない。何かが激突したのは分かったが、それが何だったかまでは把握できなかった。


「船長! 攻撃手段が見えなかった。一体なにがぶつかってきたんだ!?」

『こ……鋼板だ。さきほど、あの船が周囲に撒き散らした鋼板。それがまるで吸い寄せられるように』

「馬鹿な。ただの装甲だろ!? スピードを出すためにパージしたんじゃないのか!?」


 続いて、下から衝撃。次は上だ。何がなんだか分からないが、とにかく腕を振り回して防ごうと試みる。

 だが、衝撃は止まない。まるで振り回す腕をすり抜けるように、前後上下左右から衝撃が絶え間なくやってくる。それほど威力が強くないのは、つまり手加減というやつなのか。


「くそ、どうなっているんだ!? ただの板じゃないのかよ!」


 何度も叩かれている間に、鬼神邪の視界でも攻撃の瞬間を捉えることが出来た。ギオルグの言うとおり、剥がれた装甲板が、攻撃の合間を縫うようにして激突してくるのだ。弱い攻撃でも、何度も撃ち込まれると損傷が発生する。アラートが鳴り始めた。

 前方から向かってきた鋼板を蹴るようにして、一旦距離を取る。カイトの船は確か女王蜂クインビーとか言ったか。鋼板を女王を守る働きバチと見るなら、確かにその名前はよく似合っている。

 クインビーを守るように、鋼板が周囲を取り囲む。宇宙にいながらにして、危険な蜂の巣と対峙しているような錯覚。


『そのまま突っ込んでくるかと思ったけど。思ったより慎重だね?』

「馬鹿言え。確かにちょっと驚いたがな、打つ手がないわけじゃないんだよ!」


 当たり前だが、鬼神邪にだって飛び道具はあるのだ。

 ダンの操作によって鬼神邪の腹部が開いた。内部で圧縮されていた空気が爆発し、周囲に無数の弾丸を撒き散らす。

 元々はディーヴィンの障壁を破壊するための装備だ。面に衝撃を与えて障壁を浪費させるためのもので、それ単体がディーヴィンの船を破壊する種類のものではない。だが、この場面では有効だと判断したのだ。

 撒き散らされた散弾が、周囲の鋼板に衝突する。外れた弾丸は別の方向に逸れていくもの、カイトの船に向かうものと様々だ。クインビーに向かっていた弾丸は、船体の障壁に阻まれて消失する。船への有効打にはならなかったが、鋼板は相当数損傷させた。これで精密な制御は出来なくなるだろう。

 そう思っていたのだが。


『……ああ、勘違いさせたかな』

「なんだと!?」


 カイトはまったく動じた様子はなかった。破損した鋼板が、先程とまったく遜色なく動き回る。


『別にシステムで操作しているわけじゃないんだ。多少の損傷じゃ止まらないんだ、これがね』

「馬鹿なっ」


 と、不意をついて視界の外から、物凄い勢いで鋼板が飛来してきた。避けられずに直撃を受ける。両腕と、両足。鋼板は何故か勢いを失わず、鬼神邪をヴェンジェンスまで叩きつけた。


「ぐっは……ッ!」


 衝撃で息が詰まる。

 反射的に両手と両足を動かそうとするが、反応がない。メインカメラを動かすと、両腕の方だけは見えた。関節部を突き通した鋼板が、鬼神邪とヴェンジェンスを繋いでしまっている。この分だと、脚も同じと考えるべきだろう。


『その状態で使える装備、何かあるかい? ああ、悪いけど腹の散弾は止めておいたほうがいい。弾を無駄にするだけだからね』

「くっ」


 見透かされている。磔にされてしまった鬼神邪では、もはや手も足も出ない。

 歯を軋らせるダン。その背後で、ヴェンジェンスが動き出そうとしていた。


***


「ヴェンジェンスの武装を使用する!」

「了解しました」


 ギオルグの言葉に、呉博士を始めとしたブリッジクルーが慌ただしく動き出す。

 相手が小型船だからと侮ってはいけない。相手は自分たちよりも明らかに実戦経験が豊富だ。自分の強みをはっきりと理解し、それを上手に駆使している。

 ヴェンジェンスの火器は、鬼神邪よりも強力なはずだ。何しろ地球を消し飛ばした船そのものなのだから。しかし、どうやら船体か動力炉の損傷が原因で、最近まで火器の使用自体ができなかった。

 呉博士のアイデアで、ディーヴィンの船の動力炉を鹵獲して搭載すること何隻か。ようやく不足していたエネルギーを賄えるようになり、火器の使用を視野に入れ始めていた矢先なのだ。


「よし、ターゲットロック」


 指示を出した瞬間、ブリッジの中に過去最大の警報が鳴り響いた。


「な、何事ですか!?」

「わっ、分かりません!」


――警告。当該戦闘宙域に、即時撤退対象の敵対者の存在を感知。即時撤退を強く進言。即時撤退を強く進言。


「即時撤退対象だって?」

「その敵対者の情報を開示なさい!」


 度重なる調整により、ようやく地球人に逆らわなくなったヴェンジェンスの人工知能が、呉博士の指示に従って情報を開示する。


――当該戦闘宙域の敵対者の情報を開示。船型ディ・キガイア・ザルモス改。船籍名クインビー。船体速度・障壁強度・武装攻撃力において不利。近辺の僚船を全て囮にして撤退するべきと判断します。


 ブリッジの誰もが、その説明に耳を疑った。勝っているものが何一つない。人工知能はそもそも勝負にならないと告げている。わけが分からない。


「待て、武装攻撃力において不利だと!? この船には地球を消し飛ばした武装があるだろう!」


――結論は変わりません。当該砲を暴走させて発射したとしても、クインビーの障壁を貫通することは出力的に不可能です。即時撤退を強く進言します。


「馬鹿な!」


 断じて納得できる話ではない。惑星を破壊出来るだけの武装を使って、たった一隻の船を破壊出来ないはずがない。


「砲塔を向けろ! エネルギー充填開始!」


――了解。エネルギー充填開始。ただし即時撤退を強く進言します。


 あくまで撤退を進言しながらも、指示の通りにエネルギーの充填が開始される。ブリッジが微かに暗くなった。


『おっと、思ったより躊躇がない。果断なのはいいことだね』


 当然のように通信をねじ込んでくるカイト。余裕を崩さないその表情に、呉博士――威華は言語化しにくい苛立ちを覚えた。


「今だ、撃てぇーッ!」


 視界を純白が占めた。


***


「……俺は、正気なのか?」


 自分の正気に自信が持てない。

 ダンは目の前の光景が、現実のものだと信じることが出来ずにいた。


「直撃したはずだ、避けられるわけがない」


 なのに。そう、それなのに。

 発射された光が消えた時、そこには相変わらず無傷のクインビー。

 そしてその上に、生身で男が立っていた。宇宙空間に、生身で。あれがカイト・クラウチなのだろう。それはすぐに分かった。


『て、転移。転移をーッ!』


 恐慌に陥ったのだろうギオルグの声。瞬間、景色が変わる。

 言葉に出来ない安堵のなか、ダンは自分の両手が震えていることに気付いた。ギオルグが叫んでいなければ、きっと悲鳴を上げていたに違いない。

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