まったく、地球人ってやつは
「おや、駄目かい?」
『駄目というわけじゃない。だが、俺たちは復讐のために生きているんだ。捕縛を手伝えと言われても』
「自分たちの手で仇を討ちたいってことか。立派な志だね」
嫌味ではなく、心からそう思う。
カイトは自分が彼らと同じ立場になったとして、ディーヴィンを追いかけ回してまで復讐を達成しようとは思わないだろうという確信がある。どちらかというと、連邦の力を借りてしっかりと落とし前をつける辺りで納得するんじゃなかろうか、と。
「ところで、そちらは全部で何人くらいの集団なんだい」
『え……? こ、こちらの人数が何か関係あるとでも』
「大丈夫? たしかディーヴィンの人口は億単位だけど」
『あっ』
「復讐するなとは言わないけどさ。……間に合うかい?」
具体的には、諸々の騒動の根源にまでたどり着くのに。
カイトがダンと話をしている間に、エモーションが地球人の記録をさらっている。連邦に所属している地球人の中に、ダン・カーターという名前は存在しない。ディーヴィンに売られた名簿の中にもないと、カイトの視界にエモーションからの回答が表示された。
つまり、ダン・カーターとは偽名か、事実を言っているがカイトたちとはルーツが違うかのどちらかということになる。
平行世界からの来客、というのがカイトの知識の中ではもっとも分かりやすい答えではある。互いに地球という星の出身で、互いにディーヴィンに運命を狂わされている。星が辿った運命がそれぞれ違うのも実に平行世界じみている。
『……すまないが、少し話し合いをさせてほしい』
「構わないよ」
ダンに仲間がいることは分かっていた。鬼神邪の機体性能では船に追いつくことも、船のように運用することも難しい。どうしたって運び、整備するものが必要だ。
船が鬼神邪に近づいてくる。突然現れたのは、ステルスに類する機能を使って近くに隠れていたのだろう。なるほど、彼らがどうやってディーヴィンが仇であると知っていたかが分かった。そして、彼らを的確に追いかけられていた理由も。
「鹵獲したのか」
『あるいは、捨ててあるのを拾ったか、でしょうね』
「その根拠は?」
『随分手を入れている痕跡があります。その一方で、装甲の色はまだらです。この変色は、異常な高温に曝された際の反応に酷似しています』
分析に関しては、エモーションの言葉を疑う理由はひとつもない。エモーションの予測も可能性の高いものとして頭に留めておく。
異常な高温、破壊された地球という言葉、ディーヴィンへの揺るぎない殺意。何となく、ダン達の経験してきたことが見えてきた気がする。
カイトは思わず背後のディーヴィンに通信を繋げた。準備が出来たら早々に転移して逃げるかと思っていたのだが、未だにその場に居座っているのはいい度胸をしているというか何と言うか。
「あんたら、本当にやりたい放題だなあ」
『な、何のことだ、やりたい放題なのは貴様の方ではないか! こいつらに我々を襲わせて、一体何がしたいというのだ!?』
「だから僕は今回無関係だって言ってるじゃないか。大体あれ、あんたらの船じゃないか」
『ふざけるなよ、あれのどこが我々……の』
出現した船を見たらしいディーヴィンが、言葉を失う。
どうやら心当たりがあるようだ。口を挟まずにいると、ぽつりと通信の向こうから重要そうな言葉が漏れた。
『あれはまさか……王族船……?』
「へえ、王族船」
『はっ……!?』
「エモーション」
『ただちに』
ディーヴィンが王制なのは周知の事実だ。どの程度改造されているのかは分からないが、王族船とやらの原型が分かる程度には特徴を残しているらしい。エモーションは即座に船の形状を記憶し、連邦と情報を共有する。
地球で撃破した船団には、似たような形状のものはなかったと記憶している。カイトたちの地球は王族が来るような星ではなかったということか。別に悔しくはないのだが、何となく不愉快だ。
「ま、それはいいんだけど。転移して逃げないわけ?」
『何を白々しいことを。我々が逃げられないように転移妨害をかけているくせに』
「え、そんな技術があるんだ? なるほど。逃げなかったんじゃなくて、逃げられなかったわけか」
『待て、本当に知らないのか?』
「そう言ってるじゃないのさ。ああ、そういえば地球ではあんたら、連邦の皆さんに包囲されていたっけ。そういう技術はあるにはあるのか……」
包囲を完了させたというのは、ディーヴィンが転移出来ないようにしたという意味だったのか。
転移を阻害して、混乱しているディーヴィンを船ごと撃滅する。つくづく殺意の濃ゆい戦術だ。
「ま、取り敢えず逃げる準備はしておくんだね。向こうの回答次第じゃ、僕もあんたらを気にかけている余裕はなさそうだ」
『何だと?』
言うべきことは全て言ったので、一方的に通信を切る。これでなお逃げを打たなければ、それ以上はカイトの知ったことではない。逃げおおせてくれれば手間は減るが、所詮は手間の増減程度の問題である。
カイトがディーヴィンに好意を抱く理由など、ひとつもないのだ。逃げるのを手助けするのだって、自分たちにとって都合が良いからするだけのことで。
『ミスター・カイト。話し合いは終わったよ』
「そうかい。それで、どうするんだいカーター少尉?」
ダンからの通信は、向こうから仕掛けられた。先程カイトが割り込んだ通信を解析して、あちらからねじ込んできたのだ。何となく察してはいたが、向こうには相当に優秀な技術者がいる。
ディーヴィンの技術を解析して運用していることからしても、並の知性ではない。正直なところ、カイトがいまいち彼らを『復讐に燃える地球人』として信じきれない理由のひとつでもある。どこかの知性体の支援を受けている可能性がどこかちらつくのだ。
ダンの表情はひどく平坦だった。この場でその表情、答えを待つまでもない。
『済まないが、君の申し出は受け入れられない』
「そうかい。理由を聞いても?」
劇的な出会いのテンションに浮かされて、こっちの言い分を聞いてくれる方向に流れてくれれば楽だったのだが。さすがに互いが持っている情報に差があり過ぎた。
ダンは苦しそうな表情で首を振った。
『君は怪しすぎるんだ。俺たちの知らない情報を知っている地球人がいる。あまりに不自然だ。違うかい?』
「同感だね。僕にしても君たちは怪しすぎて仕方ないもの」
なんだ、あちらとこちらで思うことは一緒だったということか。
人のことは言えないな。カイトは思わず苦笑を漏らした。
「まったく。地球人ってやつはつくづく疑り深く出来ているらしい。それで、これからどうするね?」
『退いてくれないか。俺たちの目的はディーヴィンだ。不自然とはいえ、地球人と名乗る君を殺したくはない』
「つまり、どうしてもこのディーヴィンをやっつけないと納得いかないと」
『そうだ。これが最後の警告だ。死にたくなければ……そこをどけ!』
鬼神邪を運んでいただろう船は、相応に大きい。カイトのクインビーは、見た目だけなら小型船だ。まあ、普通はダンのような論調になるだろう。普通ならば。
だが、クインビーは残念ながら普通ではないのだ。そして、それを操るカイトも、また。
「そうだね。僕もまだ死にたくはない」
『ああ、賢明な判断だ』
「だが、勘違いしてもらっちゃあ困る」
そして、今回自分でも初めて知ったことなのだが。
どうにもカイトは地球人というやつが、出自を問わずあまり好きではないらしい。見下ろしてかかられるのが、どうにも我慢ならない。
「君らごときの戦力で、僕を殺せると思っている辺りが特に勘違いだ」
『何を』
「むしろ気をつけてくれたまえ。僕は十分に手加減をするつもりだが――」
クインビーの装甲板が、一斉に弾けた。
「うっかり死んでしまわないでくれよ。君たちの命にはスペアはないだろう? 少なくとも、今のところは」
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