地球人と地球人

誰もが何かに慌てている

 カイトはディーヴィンの船を襲っている機体、その肩に書かれている懐かしい文字に困惑を隠せずにいた。


「鬼、神、邪? どういう意味だろ、あれ」

『随分と崩してありますが、確かにそう読めますね。地球の文化にかぶれた連邦市民でしょうか』

「ああ、その線もあったね」


 何しろ、連邦では地球の文化が一部の層に大人気だ。エモーションが記憶していた古典SFの中に、ああいった人型戦闘機械が出てくるものがあったのかもしれない。そしていつかのバイパーのように、実際に造ってみちゃった誰かが試運転のついでに連邦の外でディーヴィンを追いかけ回している、とか。

 悪い前例があるせいで、荒唐無稽な想像だとはあながち否定しにくいのが困りどころだ。

 と、クインビーに通信が飛んでくる。追われているディーヴィンの船からだ。


「出るのも業腹なんだけどな……っと」

『れ、連邦の方! き、救援に感謝する……って貴様はぁ!?』


 慌てているわ、カイトだと分かって急に喧嘩腰になるわで忙しい。一応クインビーはディ・キガイア・ザルモスの改造船なので、ディーヴィンはテラポラパネシオが助けに来てくれたとでも思ったのかもしれないが。


『貴様が来るということは……! やはりあれは貴様の差し金かぁ!』

「濡れ衣だよ。こっちは助けに来てやったつもりだけど?」

『嘘をつけ! くそ、我々は死しても志は死なん! 我々は必ず我らの母星に帰るのだ……!』

「おっと、その辺り詳しく知りたいな」


 どうやら目の前の船員は、これまでのどのディーヴィンよりもそこそこ事情に詳しいようだ。

 これは素晴らしい出会いだ。精々助けて恩を着せてやることにしよう。

 カイトはクインビーをディーヴィンと正体不明の機体の間に割り込ませた。


「ま、不愉快だが救難信号をキャッチしてしまった以上は仕方ない。今回だけは助けて進ぜよう」

『断る!』

「そんな権利はあんたらにはないっての」


 救難信号を出しておきながら、やってきた相手が嫌だから断るとか正気だろうか。この分だと、助けてやっても感謝などせず逃げるに違いない。カイトは働きバチワーカーを一枚、しれっとディーヴィンの船に貼りつけた。

 ディーヴィンとの通信を切って、目の前の機体への対応を考える。

 諸共に巻き込んで攻撃してくるかとも思ったが、攻撃してくる様子はない。攻撃していいものかどうか迷っているようにも見える。地球かぶれの連邦市民だったとしたら、カイトとクインビーを知らないということはないはずだ。もっと直接的な対応になるはず。具体的には、こちらに通信を仕掛けてくるとか。

 何もしてこない、というのが何よりも違和感だ。カイトは取り敢えず通信を繋げないか試してみることにした。


「ええと、こちらクインビー。僕は地球人のカイト・クラウチ。そちらの所属を教えていただけると嬉しいんだけど」


 こういう時、テクノロジーを所々超越した船に乗っていると便利だ。相手の回線の方法や理論をすっ飛ばして、『こちらの言葉を伝える』という行為だけを強引にねじ込むことが出来るから。

 目の前の人型兵器が、振り上げていた手を下ろした。攻撃するわけではないのに、手がごちゃごちゃと動いている辺り、中にいる誰かはひどく慌てているのだろうなというのがよく分かる。


『こ、こちら月面開発事業団、ダン・カーター少尉だ! ミスター・カイト! 君も生き残ったのか!?』

「月面開発事業団……? 済まない、カーター少尉。僕はその企業体を知らない。その事業団がどういう事情でそんな物騒な機体を運用しているのかとか、聞きたいことが色々あるのだけれど」


 聞こえてきたのは、間違いなく地球の言語だ。だが、月面開発事業団という組織についてはまったくと言っていいほど記憶にない。カイトたちが住んでいた地球では、月面は西暦の最終盤に某国によって戦略基地化された後、西暦の終わりと同時期に放棄された。それ以後は月面開発は行われていないはず。

 過去からのタイムスリップ、平行世界。そんな単語が頭をよぎる。


『そ、そうなのか? これは元々月面開発用に開発された人型機械キッシンジャーを戦闘用に改修した機体なのさ。それより、君が庇っているその船! 君はその正体を知っているのか!?』


 なるほど、あれは鬼神邪と書いてキッシンジャーと読ませるのか。読めるかそんなもの。


「ディーヴィンのことかな。それならよく知っている。地球を始めとした複数の惑星への干渉などの犯罪によって、追われている連中だね」

『犯罪……そうだ! 俺たちの地球を破壊したディーヴィン! 君はそれを庇うのかっ!?』

「破壊……地球を?」


 現在、カイトたちの住んでいた地球はテラポラパネシオの管理下だ。いかにディーヴィンが無謀でも、今の地球を破壊することは不可能だろう。

 やはり平行世界からの越境者なのだろうか。


「君たちの状況についてはよく分からないんだけど、僕としては彼らを裁判の場に立たせたいと思っていてね。感情に任せて暴れ回られてもそれはそれで困ってしまうんだなあ」


 なので出来れば、連中の捕縛に協力してくれないかと。

 カイトはクインビーの右手を差し出すのだった。


***


 ヴェンジェンスからいつも通り『鬼神邪キッシンジャー』で強襲を仕掛けたダンは、いつも通りその両手でディーヴィンの船をずたずたに引き裂いてみせた。回収した動力炉はようやく、ヴェンジェンスと鬼神邪の機能を完全に引き出せるだけの出力を出してくれた。

 ここからは一方的に、ディーヴィンを狩るだけだと心が逸る。だからだろうか、接近してくる船に気付かなかった。


「なんだ、こいつは……!?」


 これまでのディーヴィンの船とは、デザインが根本的に違う。これもディーヴィンの仲間なのかという疑問に、ディーヴィンへの攻撃の手が止まった。

 倒していいのかどうか、判断がつかない。ダンは自分での判断を保留して、離れた場所にいるヴェンジェンスに通信を送った。


「船長、攻撃しても構わないだろうか」

『馬鹿な、速過ぎる……!』

「船長? あれを知っているのかい?」

『え? ああ、済まない。知っているわけじゃない。いつもより応援が早すぎると思ったんだ。いつもの相手なら、大体終わった後に来るはずなのに』

「それもそうだ。それで、攻撃は」

『……少しだけ様子を見よう』

「了解」


 やってきた船は、ディーヴィンの船と比べても鬼神邪と比べても小さい。ダンは目の前の船がこちらに攻撃してきても、余裕を持って撃退出来る自信があった。


『ええと、こちらクインビー。僕は地球人のカイト・クラウチ。そちらの所属を教えていただけると嬉しいんだけど』

「地球人!?」


 聞こえてきた声は、間違いなく地球の言葉。カイト・クラウチという名前も実に地球人的だ。ディーヴィンによる罠を一瞬疑ったが、自分たちが地球の生き残りだと知る者はヴェンジェンスの乗組員以外にはいないはずだ。ということは、自分たち以外にも生き残りがいたということか。

 目の前で地球が消し飛ばされたのは間違いない。彼は一体どんな奇跡によって生き延びることに成功したのだろう。


「おい、船長! 聞こえていたよな!? どうするんだ、船長!」


 思わず声が上ずる。だいたい、通信の向こうだって大騒ぎなのだ。

 ディーヴィンによる罠じゃないか、なんて声も否定する言葉も聞こえてくる。考えることは一緒らしい。


『ひとまず話を聞くとしよう。カーター少尉、頼めるか?』

「こ、こちら月面開発事業団、ダン・カーター少尉だ! ミスター・カイト! 君も生き残ったのか!?」


 つとめて冷静を装って言ったつもりだったが、すぐに気持ちが溢れてしまった。

 ああ、この感動は向こうにどのように受け止められるだろう。


『月面開発事業団……? 済まない、カーター少尉。僕はその企業体を知らない。その事業団がどういう事情でそんな物騒な機体を運用しているのかとか、聞きたいことが色々あるのだけれど』


 ダンの熱量に対して、カイトという男の反応はひどく冷静で淡泊なまま。宇宙の果てで、こんなに奇跡的な出会いを果たしたというのに。

 怒りが湧くとかそれ以前に。ダンは気が急いていた自分が、何だか急に気恥ずかしく感じられたのだった。

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