それはまるで巨獣のようで
ディーヴィンからの救援要請は、周辺宙域に満遍なく流されていたようだ。
連邦から追放された彼らは、当たり前だが連邦への依頼を出したわけではない。周辺を航行しているどこの誰とも知らない相手に、無差別に救援要請を出しているだけだ。
その成否は、当然だが所属している組織(あるいは個人)の友好関係や力関係が大きく影響してくる。連邦市民であれば、同じ連邦市民は当たり前として、友好的組織である公社や連邦に恩を売りたい組織の者が手助けしてくれるケースが多い。
ディーヴィンはというと、最近までは連邦の勢力圏外ではそれなりに幅を利かせていたようだ。その状況が一変したのは、連邦から名指しで敵と指名されてしまったことによる。
連邦との友好を優先した公社だけでなく、連邦を恐れている組織たちもあっという間にディーヴィンから離れた。現時点において、ディーヴィンという集団は銀河の中で孤立しつつある。連邦に反感を持っている組織などが支援もしているようだが、あくまで連邦への復帰を目指しているディーヴィンにとっては表沙汰にしにくい関係性であるのだとか。
「それで結局、どうだったんだい?」
「救援自体には失敗したようだよ。到着した時には船団は壊滅、君が見つけた時と同じような惨状が広がっていたらしい」
報告がきてすぐ、アシェイドとテラポラパネシオは議会に参加すべく執務室から出て行った。カイトはまた疑われても敵わないので、わざわざ近くのホテルに宿を取った。
議会を終えたアシェイドは事情の説明と、カイトの疑いが晴れたことを伝えるためにわざわざホテルまで足を運んでくれた。
「君がホテルにいる、クインビーもここにある。特に外部と連絡を取った形跡もない。君の疑いは晴れたし、連邦がディーヴィンから手を引くという話も立ち消えになった。ひとまず落ち着いたということかな」
「それなら良かった。それで、今後の連邦の方針は?」
「ディーヴィンが報復を受けることについて異論はないが、連邦としては連中の代表を裁判の場に引きずり出したいと思っている。なので見知らぬ誰かの目的がディーヴィンの絶滅にあるというのであれば、まずは交渉を試みることになるだろうね」
「なるほど?」
どうやら襲撃者はディーヴィン以外を標的にしたことはないようだ。ディーヴィンを見限った情報屋のたぐいから、色々と聞こえてくるという。
情報によれば、正体不明の存在によってディーヴィンが襲撃を受けるようになったのは、ここしばらくのことらしい。最初のうちはディーヴィンの船も果敢に反撃などを試みていたようで、しばらくそんな小競り合いが続いていたようだ。
「偶然、ディーヴィンを襲っている連中を目撃した連中からの情報だが、やはり船ではなかったようだ。君や私のような前部機能肢発達型種族、それに似せた巨大な獣のような存在がディーヴィンの船を引き裂いていたところを目撃したのだと」
「僕たちに似せた巨獣……? そんな形の機械ってことかな」
「映像を確認する限りでは、そのように見えた。あとでエモーション
「ありがとう」
人型の巨獣。まさかとは思うが、古いSFムービーなどでよく見かけた人型戦闘機械のことだろうか。ちょっと見てみたい。
カイトも自分の船を用意することになった時に、当たり前だが少し頭をよぎった。想像してみたところ、思ったよりそそられなかったので実行には移さなかっただけだ。
戦うことが生きる目的や主題ではないから当たり前なのだが、人型戦闘機械を運用するという浪漫は、カイトには徹頭徹尾刺さらなかった。
とはいえ。自分が運用することには興味を惹かれなかったカイトだが、誰かが動かしているところを見ることについては興味が湧く。
「ふむ……。手がかかるようなら、僕も手伝おうか」
「いいのか? 証拠隠滅とか騒ぐ手合いが出ると思うが」
「まあ、言いたい奴には言わせておけばいいんじゃない?」
カイト個人としては、そういう手合いに対して敵意も反感もまったくない。むしろ何とかして連邦議会に放り込もうと画策してくる連中を牽制してくれる、素敵な味方だとすら思っている。
これまでに、自分が連邦議会に何の興味もないことは何度も伝えているのだ。が、当の本人たちだけが信じてくれない。困ったものだ。
当の本人たちは、カイトが自分たちを味方だと思っているとは想像もしていないだろう。言っても信じてくれる気もしない。特に宇宙クラゲがもう少しカイトから興味を失くしてくれない限り。
「そうそう。今回の撃滅された船団な、動力炉を奪われた船と、そのまま徹底的に破壊された船とが交じっていたようだ」
「おや、そうなのですか」
「心当たりでもあるのかい、エモーション」
「はい。動力炉を奪わなくなったということは……」
少しばかり、エモーションが落胆しているようだった。
何事かと首を傾げると、その思う所を説明してくれる。
「動力炉を必要とする事情がなくなったのだと思います。具体的には改造や改修が完了したとか。不足している動力の調達が終わったと見るべきでしょう」
「それは余計な厄介が増えるってことだねえ」
あくまでエモーションの予測であり、現実的にどういう事情なのかはカイトにも分からない。だが、なんとなく今回のエモーションの予測は、外していないのだろうなと予言めいた確信があった。
***
さて。カイトは現場近くの宙域に転移すると、次の転移に向けた準備を整えて待機状態に入った。
どうやらディーヴィンの船団を撃沈させるのはかなりの短時間で出来てしまうものらしい。カイトは少々のリスクにも配慮しつつ、転移で近づくのが最も可能性が高いのではないかと判断した。
結果として、クインビーのなかの二人は何もない宙域で、ディーヴィンの反応を待つ羽目になるのだった。
『キャプテン。静かですねえ』
「そうだね。そして、退屈な場所でもある」
このままディーヴィンからの救援要請がなかった場合、ずっと待ち続けることになる。そんな退屈は出来れば避けたい。
素敵な銀河の景色も、見慣れてしまえば飽きるものだ。出来れば早めに反応が来ることを願う。
それにしても、近くに船の反応がない。
どうやら、ディーヴィンを襲っている人型機械は連邦の新型だという噂がまことしやかに囁かれているようだ。実際はまったくの無関係なのだが、事情を知らない外野からすると連邦が現れたことは噂を補強するものだ。現時点でも多くの船団や組織が、ディーヴィンのいる宙域からの離脱を選択したらしい。
「まあ、ただ待っていても仕方ない。エモーション、仮眠を取ることにするよ。何かあったらすぐに起こしてほしい」
『分かりました。……あっ』
何かやらかしたのだろうか、そう思わせる奇妙な反応だった。何だろうと待っていると、エモーションが恐る恐るといった調子で聞いてきた。
『でぃ、ディーヴィンからの救援要請です』
「よし、それじゃ行こうか」
別に、退屈だったからひと眠りしようと思っただけだ。こちらの意向が通らなかったからといって、そんな不安そうな声を出さないで欲しい。
反応の中心点に向けて、クインビーを転移させる。視界が鮮明になった瞬間、その目に飛び込んできたのは。
「おお、本当に巨大ロボットだ」
地球人のバランスと比べると多少腕の長い人型機械が、鋭利な爪をディーヴィンの船に突き立て、力任せに引き裂く様子だった。
カイトが驚いたのは、機体の姿だけではなかった。右肩に塗装された、文字のような文様のような印。
「……漢字?」
思わず声が出てしまう。
似ているだけの単なる模様だと切り捨てるには、(多少崩してあるとはいえ)その肩に描かれた文字はあまりにも漢字によく似ていた。
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