疑いは晴れても新たな疑問が湧く

 カイトは一旦、中央星団に戻ることにした。

 もろもろ報告しなくてはならないというのもそうだが、何より連邦議会に話を聞いておく必要があると思ったからだ。

 中央星団に戻ったカイトは地球人の居住区画には寄らず、三位市民エネク・ラギフとして登録された時に用立てられた居宅に戻った。既に議会には報告と面談の申し込みを入れている。議員に面談を希望すると、多少時間がかかるものだ。カイトは三位市民だから優先的に処理されるが、それでも待たされはする。

 連絡が来たのは、ひと眠り済ませた後だった。最低限の身支度を整え、もっとも話が通じそうな相手の執務室へ向かう。


「やあ、カイト。取り敢えずの報告は確認したが、詳しく聞かせてほしい」

『ディーヴィンの件で、またカイト三位市民に負担をかけてしまった。申し訳ない』


 アシェイドと議員のテラポラパネシオが、カイトとエモーションを待っていた。

 挨拶もそこそこに、カイトも席につく。


「その前に確認しておきたいんだけど、残りの三ヶ所は」

「ああ、そちらは大丈夫だ。無事に全員中央星団に迎え入れたから安心してくれ」

「ありがとう。これでようやく肩の荷が下りたよ」


 地球人としてのカイトの責任は、これで果たしたと言えるだろう。あとはレベッカやほかの地球人たちが考えるべきことだ。

 仮に彼らがみな七位市民テトナ・イルチ以上の市民権を手にして、天然の居住惑星への移住を選択したとしても、カイトはそれに同行するつもりはない。地球への帰還についても口利きはしないので、自分たちでテラポラパネシオや連邦議会と折衝しろと伝えてある。

 さて、それならば話題はディーヴィンだ。関わり合いになりたくないというのが本心だが、面倒ごとというのは望まなくても勝手に近づいてくるものだ。


「僕が到着した時には、既に壊滅していた。映像は既に送ってあるよね? あの状態で宙域に散乱していたんだ」

「ああ。宙域の情報も指定されていたので、先程調査隊が現着した。君の懸念は当たっていたよ。確かにあれは、連邦規格の兵器による傷じゃない」

『というより、カイト三位市民のクインビーで行った破壊痕に近いように見えた。先程担当者が、本当はカイト三位市民がやったのではないかと言っているが』

「でしょうね。僕もうっかり我を忘れて暴れたんじゃないかと疑問を持ったくらいですから」


 連邦だけでなく、現在の銀河で戦闘のメインになっているのは戦闘艇だ。そして、武装はレーザーなどの光学兵器が多い。実体弾だと補給に課題がある一方、光学兵器はエネルギーの充填だけで撃てるという利点があるからだ。

 カイトがクインビーで使う働きバチワーカーズは、分類としては実体弾になる。撃沈した敵船の破片を回収して補充するなどというトンチキな戦術は、超能力を使えるカイトだからこそ使える反則なのだ。

 ともあれ。仮に実体弾だったとしてもそれはそれで奇妙な点はあるのだ。カイトが見た引き裂いたような破壊は、直線的な実体弾で出来るようなものではないように思えた。


「残骸の中に、実体弾と判断できるようなものは?」

「なかったようだ。念のための確認だが、君のクインビーが『手』を使ったら、ああいう傷は作れるか?」

「作れるとは思う。ただ、僕ならもっとスマートにやるかな」

「それはそうだろうな。まあ、私たちも君がやったとは思っていない」


 アシェイドはカイトがあっさり認めたことに、逆に安心したようだった。こういう時は変に誤魔化すのが逆効果であることを、カイトは十分に理解している。後ろ暗いことはないのだから、堂々と答えておけばよいのだ。

 そして、アシェイドとテラポラパネシオは、どうやらカイトがやったわけではない根拠を持っているようだった。

 表情だけで続きを促すと、アシェイドが頷く。


「連中の船だがね、動力炉が奪われていた」

「奪われていた? 破壊ではなく」

「破壊されたなら、そこそこの範囲が吹き飛んでいただろうね。君が攻撃したような痕だったということは、そういう熱量は発生しなかったとも言える。実際動力炉特有の残骸はなかったから、動力炉を奪って立ち去ったと見るのが自然だと私たちは考えている」


 ディーヴィンの船は、元々は連邦の船だ。追放される前の連邦の技術を踏襲しているから、技術レベルとしては連邦よりも遅れている。もちろんディーヴィンなりのアップグレードはしているだろうが、それでも地球で鹵獲したディーヴィンの船は連邦の現行型よりも性能が落ちていた。

 動力炉もそうだ。そもそも、ディーヴィンの船の動力炉はそれ単体でかなりの大きさだ。クインビーは分類としては小型船なので、そもそも積み込めるサイズではないのである。


『実際、ディーヴィンの大型船の動力炉であればクインビーよりも大きいだろうからな。カイト三位市民が動力炉だけを抉り出して別の場所で捨てるなどという奇行に走っていない限り、今回の件は別の誰かということになる』


 それは確かに奇行だ。ディーヴィンはそもそも連邦という組織の敵に認定されている。カイトが撃沈してもまったく問題にならないし、誰か別の犯人を仕立て上げる必要もない。そんなことをやる意味がないのだ。

 話を進めることにする。


「そうなると、今度はその誰かの動機ということになりますが」

『うむ。分析官は強い怨恨の線を推している。君の手ではないかという推測もその辺りから来ているようだ』

「赦してはおけないと思っていますが、あまり恨んではいないんですよね。恨む権利は僕たちじゃなく、僕たちの前に地球に住んでいた誰かにこそあると思うので」


 これは本音だ。カイトとしては、ここは譲れないラインでもある。ディーヴィンを恨む筋合いも、ディーヴィンによって消されてしまった地球本来の種族に恨まれる筋合いもカイトたち地球人にはないと思っている。

 ともあれ、自分のスタンスを誰かに押し付けるつもりもない。誰かが怨恨でディーヴィンをつけ狙うのだとすれば、その心当たりは無数にあるわけで。


「カイトのそういう考え、私は好きなんだがね。そこまで割り切れる者は連邦市民にも稀なんだよ」

「だから疑われていると」

「そうなるね。議会にも一定数いる。厄介なのは、君が関わるのであれば地球人の問題になるので、議会は手を引いていいのではないか。なんて言い出す者がいたことだ」


 誰が言い出したのか聞かなくても分かる。あからさまなことだ。この件を仮にカイトが行ったとしても、それを罪に問うことは出来ない。だから、別の手で嫌がらせをしようというわけだ。ついでに言えば、これをカイトがやらかしたと信じて疑っていない。人に対する理解の解像度が低すぎる。

 議員というのはもう少し中立性と公平性を持っているべきだと思うが、そうなるとカイトに対するテラポラパネシオの問題もあるので口にしにくい。

 面倒なことだが、この件自体はディーヴィンの船を破壊したのがカイトではないと証明されれば、攻撃している側の言葉は本義を失う。彼らがこの話をしてきたということは、言外にしばらく中央星団から出ないようにという意味だと察する。


「やれやれ。また中央星団ここに缶詰かい」

「そういうことになる。済まないね」

『せっかくだ、アースリングたちの居住区でのんびりしてはどうかね?』

「それは嫌です。しばらくあっちには寄りませんよ」

『おや』


 レベッカ辺りが待ち構えているのは想像に難くない。

 不用意に近づくと、地球人の代表に祀り上げられる未来が確定しそうだ。中央星団に居る間は、彼女たちの手が届かない場所に滞在しようと心に決める。


「それにしても」

「ん?」

「ディーヴィンの船をズタズタにできるような連中が、なんで動力炉なんかを奪っていったんでしょうね?」

『それは我々も疑問に思っていることだ。ひとまず君たちが遭遇した宙域の辺りに、調査船団以外にも探索の手を出している。怨恨によるものであれば、おそらくこれが最後ではないからな』


 ディーヴィンへの憎悪が理由であるなら、まだ同様の襲撃は続くとテラポラパネシオは見ている。同感だ。だからこそ、アシェイドとテラポラパネシオはカイトにしばらく中央星団にいるようにと言っているわけで。


「見つけられれば事情も分かる、ということですね」

『うむ』


 少なくとも議会は、その誰かにディーヴィンへの裁きを任せるつもりはない。連邦としてのスタンスが理解できたことで、カイトも多少は安心出来た。

 地球人を探し出して意向を確認していた時と違って、今は精神的にも時間的にも余裕がある。取り敢えず地球人と鉢合わせにならない場所で時間潰しをする計画を立てよう。

 そんなことを考えていると、ふと執務室に通信が入った。


『アシェイド議員! 調査隊がディーヴィンからの救援要請を受けたと連絡が!』

「……あらま」


 思ったよりも早く、身の潔白は証明されそうだ。

 余裕のある時に限って、事態というのは早く進もうとするものらしい。

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