奇妙な救難信号
カイトは中央星団へ向かうカーゴ船を、万感の想いで見送った。
連邦の勢力圏外。支配する大きな組織が存在しない、無法地帯ともいえる宙域。
『お疲れ様でした、キャプテン。只今をもって、ディーヴィンによって売却された地球人の意向確認が終了したことをお知らせします』
「お疲れさま、エモーション」
厳密には今送り出した地球人が最後ではない。
だが、残っているもう三ヶ所にはテラポラパネシオと連邦の精鋭が向かっている。今からカイトが合流しても意味はないと言われている。その三ヶ所が無事に終わった時点で、意向確認は完全に完了する。
十万二百六十七名。大半は連邦の力を借りたが、どうにか終わった。
「これで心置きなく、色々なところを見て回れるね」
『そうですね。とはいえ、ここまでに色々と回ってしまいましたが』
「まあね。でも、連邦内はほとんど見ていないし、仕事だと出来ない楽しみがプライベートにはあるから」
『そうなのですか?』
いまいち納得していないエモーションに、カイトは必殺の一言で返す。
「銀河美食巡り」
『いつ出発しますか? 今から? 私はいつでも構いませんよ』
綺麗な掌返しに苦笑を漏らすと、カイトは首を横に振った。
カイトは自分が地球人の代表だという自覚はあまりないが、最後の三ヶ所がどうなったかを確認する責任はあると思っている。
旅立つのであれば、それが終わってからだ。それに。
「ちゃんと言ってから出ないと、テラポラパネシオの皆さんが捜索隊とか出しかねないからね」
『……仕方ありませんね。美食は逃げませんし』
エモーションも宇宙クラゲを例に出されると弱い。あの非常識の権化を説得できる自信がないのだそうだ。そして実際、追いかけてきそうではある。
取り敢えず中央星団に戻ろうと、意識を集中しようとしたところで。
『キャプテン。救難信号です』
「おっと。それは大変だ」
『あ、いえ。無視しましょう。行く必要はないと判断します』
奇妙なことを言う。エモーションが人道的配慮を放棄するとは。心なしか口調も冷たい。
理由もなくそういうことを言い出すタイプではないので、聞き返す。
「どうしたのさ?」
『……救難信号を出している相手が問題でして』
「おっと」
エモーションがそんなことを言い出すということは、相手はかつてカイトに敵対したことのある誰かだということだ。宇宙ウナギはそんな信号を出さないだろうから、選択肢は三つ程度に絞られる。
ザニガリゥ大船団の残党、犯罪商社タールマケ、そしてディーヴィン。
『ディーヴィンの船です』
「了解。行こう」
『……良いんですか?』
「もちろん。まあ、向こうが嫌がるかもしれないけどさ」
カイトは別にディーヴィンを助けようと思っているわけではない。議会から連中の討伐に関する進捗を聞いているからだ。
ディーヴィンは連邦から追放された後、当たり前だが連邦の勢力圏外へと出た。連邦の勢力圏を外れたということは、彼らの根城にしている宙域は連邦が安全に探索出来ない場所だとも言える。
宇宙クラゲが出れば探索も楽なのだろうが、そういう宙域にディ・キガイア・ザルモスが軽々しく現れると妙な緊張感が走るらしい。カイトにとっての面白宇宙海産物は、他所から見たら銀河最強の戦闘生物なのだから仕方ない。
そんなわけで、実際は連邦議会が主導するディーヴィンの探索は遅々として進んでいないのが現状らしい。ここで救援すれば、連中の拠点を探る足しになるかもしれない。
「というわけだね」
『成程、納得しました。キャプテンがディーヴィンを赦すつもりなのかと少し不安になりましたが』
「ははは、赦す訳がないじゃないか」
地球だけならばともかく、他の星々にも同じような干渉をしている。創造者気取りで。そんな連中に慈悲などかけるつもりはカイトにはなかった。
生き残っている星々にも、程なく連邦の手が入ったという。逃げ出す前に捕縛出来たディーヴィンもいたが、大部分は逃がしてしまったと聞いている。
「最悪、撃沈されていても構わないさ。その時には、ディーヴィンを攻撃していた連中に話を聞けばいいだけだからね」
『了解です。それではナビゲートを開始します』
「頼むよ」
救難信号が届くくらいだから、それほど距離があるわけでもない。転移で急行するつもりもなかったカイトは、それなりにゆっくりとクインビーを回頭させた。
***
「なんだ、こりゃあ」
現場にたどり着いたカイトは、思わず声を上げてしまった。
その宙域には、無惨にもバラバラになった船の残骸が散乱していた。デザインからしてディーヴィンの船であることは間違いない。だが、散乱の仕方があまりにも異質だった。
そもそも、いったい何隻分の残骸なのか。
「おかしいな」
『ええ、おかしいです』
カイトが疑問を持ったのは、散乱している残骸についてだ。
だが、エモーションが疑念を持ったのは、別のことだったようだ。
『この近辺の転移反応が、ディーヴィンの船籍のものしかありません』
「……なんだって?」
『おや、キャプテンは別の疑問が?』
この場に散乱しているのはディーヴィンの船しかない。だが、この残骸を作り出した犯人はどこへ行ったのか。エモーションのことだ、ディーヴィンの転移反応しかないと分かれば、周辺宙域に他の船がないかどうか探すくらいの気は利かせる。それでもこの反応ということは、周囲にクインビーとディーヴィン以外の船の反応はないということだ。
取り敢えずエモーションの疑念には答えようがない。カイトは自分の疑問を優先することにした。
「うん。これらの船の損傷なんだけどね」
『はい』
「光線や熱による破壊痕じゃないよね。強い力で引き裂かれたような」
『ええ、そうですね。……そうですね?』
この異質さ、エモーションにはピンとこないか。どちらかというとこれらの損傷の特徴は、クインビーが
しかも、引き裂くような動きというのは、船による攻撃には不似合いだ。アグアリエスの特攻のようなもの以外、カイトには心当たりがない。
「獣が獲物を食い殺した後みたいな、そんな雰囲気だね」
『そういえばそうですね。私の記憶している映像にも似たような描写があります』
「僕も君が保管しているものでしか見たことないけど」
そう、獣が爪や牙で獲物を引き裂いた後のような様子なのだ。だが、それにしては残虐が過ぎるような。
「クルーはどうなっているかな」
『……ああ、キャプテンが気にされている通りです』
「と言うと?」
『蘇生が不可能なほど、徹底的に破壊されていますね。まるで生き残りがいないかを執拗に確かめているように見えます』
「ふむ」
つまり、これは怨恨の可能性が高いということか。
この場合、ディーヴィンに対して強い怨恨があるとなると。
「……エモーション。僕がうっかり怒りに我を忘れて連中を皆殺しにしたとかってオチはないだろうね?」
『ええ、残念ながらそういうことはありません。我々がここに到達した時点で、間違いなくこうなっていましたから』
「そっか。ところで、この近辺には他の船はいないんだよね? ディーヴィンの船も含めて」
『ありません。キャプテンはディーヴィンによる同士討ちの可能性を考慮されていますか』
カイトは素直に頷いた。
これだけの破壊を行った理由について、思いつくものはそれほど多くない。
「うん。この惨状は証拠隠滅」
『なるほど。その可能性はありますね……。転移反応を追ってみますか?』
「いや、もう遅いんじゃないかなあ」
現場の確認に時間をかけ過ぎた。相手の素性がどうあれ、これだけ経ってしまえば追跡できないようにしてから逃げ去っていることだろう。
「この件も連邦に報告しなきゃダメだろうね。……参っちゃったな」
カイトは思わず溜息をついた。ディーヴィンとのあれこれについては連邦議会に任せるつもりだったのだが。
「これは、連中とはちゃんと決着をつけなきゃいけなくなりそうだ」
『えっ?』
「勘だよ、勘」
超能力のせいで精度が高まったカイトの勘は、この件がこれで終らないことを伝えてくる。
そして同時に、きっとこの件にどっぷりと関わることになるだろうと予感させていた。
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