その星は9th-テラと呼ばれた
リ・エーディン計画
未知への墓標などはなく
これは、カイトが自分の星に巣食うディーヴィンの企てを暴き、連邦の助力を得て彼らの船団を駆逐して程なくのこと。
連邦の勢力圏外にある、とある宙域にディーヴィンの小規模な船団が姿を見せていた。
中央には意匠の見事な大型船が一隻。その周囲に護衛のような船が何隻か。
大型船には、乗員はいない。ただひとつの目的のために、周囲の護衛船によって曳航されている状態だった。
「船団長。本当にやるんですか」
「仕方ないだろう。陛下からの勅命だ」
護衛船のひとつに乗っていたクルーが、その船の長――同時にこの船団の責任者でもある――に不満を漏らす。
船団長もそれに同意見ではあったが、行動を撤回しようとはしない。自分の意志や感情とは別のところで今回の件は決まったからだ。
「……やむを得ないことだ。リ・エーディン計画は一旦白紙となった。我らの悲願と、連邦の倫理は残念ながら両立できなかった。陛下は悲願の達成よりも、我らディーヴィンの十億民衆の命と未来を優先するとお決めになられたのだ」
「しかし、ここまで上手く運んでいたものを……無念です」
「言うな。最も無念なのはここまで計画を主導してこられた皇子殿下だ。その無念を示さずにあの王族船を貸与くださった。そのご意志を無にしてはならん」
「ご無礼を申しました。お忘れください」
船団長の言葉は、誰よりも自分自身を納得させようという響きがあった。会話に参加していたクルーも、それ以外の者も、無念さを滲ませながらもそれ以上は口にしない。崇敬する皇王陛下が、その命令をどのような想いで下したのか、察することが出来たからだ。
目標とした惑星が見えてきた。遠く昔に喪われた彼らの母星にも似た、見ているだけで不思議と郷愁を感じさせる青い星。
「あれは……あれだけは連邦に知られるわけにはいかん」
船団長の呟きが、クルーたちの耳に届いたかどうか。
星に十分近づいたところで、船団が静止した。王族船と呼ばれた豪華な船を中心に、陣形を展開していく。
「王族船、主砲展開」
「主砲、展開します」
王族船の前面が開き、巨大な砲口が姿を見せる。
「全船、エネルギーラインを王族船に接続せよ」
「了解。エネルギーライン接続を指示」
周囲に展開した船団から、王族船に向けてパイプのようなものが伸ばされた。言葉通りに接続されたパイプを通して、船のエネルギーが一隻に集積されていく。
「王族船内部のエネルギー圧はどうか」
「限界量まで3……2……1。限界です!」
クルーの言葉に、だが船団長は返事をしなかった。パイプからは変わらずエネルギーが集積され、王族船の装甲が変色し始める。
「船団長!?」
「まだだ! 通常限界ではない、崩壊寸前の限界まで蓄積しろ!」
「無茶です! 王族船自体の炉心もあるんですよ!? 砲撃の前に船ごと我々まで吹き飛びます!」
「それでもやるんだ……ディーヴィンの未来のために!」
船団長は自分たちの命を考慮の外に置いている。
そう察したクルーたちだが、不思議と混乱は起きなかった。全員が同じ覚悟を胸に抱え、自分たちの席に座り直したのである。
皇王の命令や、自分の栄達が理由ではない。連邦市民としての権利も、寄るべき母星も喪い、放浪種族となったディーヴィン。この作戦が成功しなければ、ディーヴィンに未来はない。たとえ船が爆発して自分たちが死ぬことになったとしても、この一撃だけは成功させなくてはならない。
「船団長! 今です!」
「撃てぇーッ!」
激しい光が、王族船の砲塔から解き放たれた。青い星に向かって、不思議なほどにゆっくりと進んでいく。
青い星の大気に触れた光が、まるで星を覆うかのように広がっていく。王族船は不気味な鳴動を始めているが、砲身から放たれる光は消えない。
巨大な星の表面を覆うように、浸食するように広がった光は、星を全て覆い尽くすと呆気なく消えた。星ごと、跡形もなく。王族船の砲塔も限界を迎えたのか、光の消失と同時に砲撃を停止した。砲塔から小規模の爆発が発生する。
「成功だ……!」
誰が呟いたか。青い星は欠片も残さず消え失せた。皇王より受けた命令は完璧に実行されたわけだ。これでディーヴィン十億の民は未来を繋ぐことが出来た。糸のように細い可能性だが、まだ可能性は残されている。
船団長は、無茶な任務を果たしてくれた王族船を見た。純白の装甲は、熱とエネルギーの干渉で赤茶けた斑色に変色している。砲塔の爆発も続いている。このまま轟沈するのを待つか、自分たちの手で破壊するか。貴重な王族船だ、使い潰すことなく持ち帰ることも検討したいが。
直後、船団長の船に通信が届いた。相手は皇王直下の大将軍だ。全員が起立し、映像が繋がるのを待つ。
『ラムザルク子爵。首尾はどうか』
「閣下! 作戦は成功いたしました。映像記録を提出いたします、ご覧ください」
『……うむ、見事である。被害は』
「お借りした王族船でございますが、中破いたしました。それ以外には特に」
王族船にエネルギーを供給したので、船の燃料は随分と減っている。だが、炉心が動いている以上、時間があれば燃料も持ち直す。問題があるとは船団長もクルーも認識していなかった。
と、大将軍が顔を曇らせた。背中の茶色の翼が、軽く震える。
「どうされましたか、閣下」
『うむ。大任を全うしたばかりの子爵には、言いにくいことなのだが』
「お気になさいますな、閣下。我々はディーヴィンの旗の下、どのような任務にも否とは申しません。任務ですね?」
ラムザルクが述べると、大将軍は少しだけ顔を綻ばせた。だがすぐに表情を厳しいものに戻すと、船団に次の目的地を送ってくる。
『ああ。貴官らはこのまま皇子殿下の下へ向かって欲しい』
「殿下の? 一体何があったのですか」
『連邦の船団に捕捉されたようだ。現在、追われている』
「何ですって!? で、殿下の船は王族船ではないはずですが……」
『その通りだ。十分な高性能艦をお使いだが、残念ながら王族船には劣る。殿下の船は使えるか?』
ラムザルクは視線を王族船に向けた。無理だ、少しばかり負荷をかけ過ぎた。
万全を期して使い潰したのは拙かったか。いや、後悔は後だ。
「申し上げにくいのですが、不可能です。砲塔が小規模の爆発を続けています。このまま轟沈するのを待つか、こちらの手で沈めるかしか」
『わかった。それならば王族船は捨て置いて構わない。至急殿下の下へ向かい、殿下の離脱を手助けせよ』
「承りました」
『済まぬ……子爵』
大将軍からの通信が途切れる。しばし無言の時が流れる。
詫びの言葉が出た。皇子の離脱を助けろというだけならば、詫びる必要などない。その言葉の意味するところは、ラムザルクにも部下たちにも分かった。
「まさか、ディーヴィンの未来を守る戦いに、立て続けに参加することになるとはなあ」
「……ええ。船団長は引きが強い」
クルーたちの間に、笑みがこぼれた。
この船団に課せられた任務はひとつだ。皇子の離脱する時間を稼ぐために、敵船団に突っ込み、全滅しろということ。皇子の離脱した後、その経路を探らせないために。牽制し、囮になり、轟沈するまで戦えと。
「こう言っては不敬ですが、連邦の方々もだらしがない。羽無しどもの言葉に踊らされて、大義を見失っておられる」
「そうだな。我々の手で彼らの目を覚まさせてやらねばならん」
意気は高い。空元気などではない。相手がディ・キガイア・ザルモスでさえなければ、皇子を逃がすことなど容易い。そう確信する。
頼もしい部下たちの態度に、ラムザルクは笑みを浮かべた。
「よし、急ぐぞ。殿下さえご無事ならば、ディーヴィンの未来も明るかろう」
「了解!」
***
彼らは最後まで気づかなかった。
青い星のすぐそばにあった、小さな衛星。その星にほんの数人。青い星の住人が作業の為に残っていたことを。
自らの母星を焼き滅ぼした異星人の船を、しっかりとその目に焼き付けていたことを。
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