何よりも空に瞬く星々が

 惑星ラガーヴは、連邦の歴史で初めて恒星間の惑星の移転という偉業を成し遂げた惑星である。記録に残っている中では、銀河の歴史で初めてと言えるかもしれない。

 惑星の部分解体と、生命や環境の分割輸送。惑星の移転には始まりから終わりまで、テラポラパネシオの強い力添えがあったのは記録にも残っている。かれらの助力なくしてはこの大偉業は成功しなかったし、もし形としては成功していても、移転前と移転後に大きな環境の変化があったのは想像に難くない。

 解体と、組み立て。どちらも大きな問題は起きなかった。特に組み立てには細心の注意が払われた(予後の観察のために人工天体がひとつ、新ラガーヴの衛星として常駐することになったほどだ)が、土壌や海洋の定着は無事に終わり、観察の開始から現在までに大きな異常は発生していない。

 連邦政府は新ラガーヴが百周期を経て異常がないと判断された時点で、惑星の移転が成功したと発表する予定だと談話を発表した。この談話は、天体災害によって故郷を失った連邦市民たちに極めて好意的に受け取られた。自分たちと同じ悲しみを感じる者が、これから先は減ることになるのだ。

 この革新的な事業が生み出されたことは、ひとえに惑星ラガーヴとその首長であるリーン四位市民ダルダ・エルラの果断あってのこと。連邦議会は成功発表の前に、リーン四位市民に感謝状の贈呈を検討している――


「ふふ、彼の名前が出て来ていないな」

「あの方らしいではありませんか」


 新ラガーヴに新たに建築された王宮の、空中庭園。

 リーンは記事を読み終えると、小さく笑いながら端末をテーブルに置いた。椅子から立ち上がり、夜空を見上げる。


「昼間は気付かないが、夜になるとが違う場所なのだと実感する」


 夜空には無数の星々が瞬いている。そのうちの幾つかにはラガーヴと同じように誰かが暮らす惑星があり、そして連邦の人工天体があちこちに分布しているのだ。

 そして、見上げる星々の分布。リーンが幼いころから覚えていた並びと、まったく異なる星々の位置。それは新たな惑星ラガーヴがこれまでと違う恒星系にあるという、確かな証拠でもあった。

 そして、空に瞬く青白い星。かつてのラガーヴには存在しなかった衛星。カイトがこの星系から立ち去る前に、ツキとか言っていたような覚えがある。


「人工のツキ、と言っていたかな。彼は」

「ええ。陛下、あの星を私たちもツキと呼ぶのですよね?」

「そうしようと思っているよ」


 カイトはラガーヴの移転に関する報道について、自分の名前を表に出さないことを強く求めた。テラポラパネシオは最後まで受け入れがたいとゴネていたが、報道を見るかぎりはカイトの願いが叶ったようだ。

 リーンとしても、カイトには感謝と同時に巻き込んでしまったことへの申し訳なさが先に立つ。彼を介してテラポラパネシオの手を借りようとしたが、思った以上にこのプロジェクトはカイトの意向が反映された。

 事前に懸念していた生態系への影響も、今のところほとんどない。


「彼を利用する形になった我々が言うようなことではないが、彼への感謝を形にするなら、この辺りが落としどころだと思う」

「これ以上有名になりたくない、でしたか。あれ程に名を知られた方にも、悩みというのはあるようで」


 キャプテン・カイト。あるいは、カイト三位市民エネク・ラギフ。現在の銀河で最も名前を知られた連邦市民のひとりと言っても過言ではない。アースリングに限って言えば、間違いなく銀河で最も知られたアースリングだ。

 普通の連邦市民であれば、生涯のうちに一度当たれば十分と言えるような大きな事件に数多く関わり、そのうちの幾つかは明確に主導している。まだ連邦市民になってほとんど経っていないというのに。

 リーンとて最初は誇張が甚だしいのではないかと思っていたくらいだ。実際はその逆で、むしろ抑えに抑えた結果がこれだった。惑星を解体して他の恒星系に運ぶなどという発想、一体どこから湧いてくるのか。


「少し寝たら仕事に戻るとしよう。明日は何名ほど戻ってくる予定だったかな」

「はい陛下。四十家族ほどです」

「そうか。土地と建物の準備は?」

「滞りなく」


 踵を返し、寝室へと戻る。リーンの顔には柔らかい笑みが浮かんでいた。

 それは、恒星系ラガーヴに別の恒星が近づいていると知った日から、ずっと消えていた穏やかさだった。


***


『我々は納得していないぞ』

「別にいいじゃないですか。これ以上有名になんてなりたくないですよ」


 今日も今日とて銀河を翔けるクインビーの中で、カイトはあれから事あるごとに通信で絡んでくる宇宙クラゲへの対応にいい加減疲れていた。


『カイト三位市民が最もこの件には貢献したのだぞ。それをしっかり賞賛しなければ、連邦の沽券にかかわるとは思わないかね?』

「それを許していたから、今回みたいなことになるんじゃないですか」

『ぐぬっ』


 結局のところ、カイトならテラポラパネシオを便利に動かせると思った者がいたのが今回の騒動の原点だ。そろそろ宇宙クラゲの皆さんも学習して欲しい。

 だが、どうにも宇宙クラゲというのはこの件に関しては変に頑迷だ。今はやり込められても、どうせまた近いうちに同じようなことを言ってくる。どうにかして話題を逸らさなければいけない。


「あ、そうだ。皆さんは人工天体をいくつか買い取れるくらいの資産はあるんでしたよね」

『うむ。あるぞ。天然の居住用惑星もいくつか買えるが、それがどうかしたかね? もしかして、それを今回の褒賞にして欲しいとかか? それはいいな、すぐに――』

「違いますよ。僕はまだ、どこかに腰を落ち着けるつもりはありません。中央星団にある家で十分ですよ」


 大体、まだ仕事でしか銀河を飛び回っていないのだ。カイトの今の目標は、銀河のあちこちをその目で見て回ること。ただし、仕事以外で。

 どこかの星に身を落ち着けるなど、もったいなくて仕方ない。


『そうなのか。では何故我々の資産を?』

「いえね。人工天体を買い取れるんだったら、地球のクラゲ専用の人工天体を用意するのも方法じゃないのかなって」

『どういうことかねくわしくききたい』


 地球のクラゲが関わると、知能指数が一気に落ちるのは宇宙クラゲの仕様か何かなのだろうか。

 モニターの向こうで集結を始めた宇宙クラゲに呆れながらも、アイデアを軽く開示する。


「今回みたいに、地球を解体して運ぶのも方法としては重要なんですけど」

『うむ』

「別に地球のクラゲを宇宙で養育してはいけないって法はないんですよね」

『ないな』

「なら、その一部を人工天体に移して養育すれば、万が一の時にも安心じゃありません? 何しろほら、移転と違って環境の変化とかを抑えられますし」


 これはラガーヴのプロジェクトを眺めていて、何となく思ったことだ。

 地球のクラゲのためだけに、これほどのプロジェクトをやるのか? と思ったら湧いてきた答えでもある。

 宇宙クラゲの返答はない。やはり駄目か。そんな風に考えていると、宇宙クラゲたちが突然わさわさと動き始めた。怒らせてしまっただろうか。


『カイト三位市民!』

「ああ、いや。ちょっとした思い付きなので別に」

『君は天才なのだな!』

「……お気に召したなら何よりですぅ」


 それでいいのか宇宙クラゲ。

 ともすれば惑星ラガーヴの移転に意味がなかった、となりかねない話なのだが。

 まあ、せっかく未来を拾ったのだ。再生した地球に生きている命たちも、クラゲのついでに生き延びる方法を手に入れたと思えば無駄ではない。

 宇宙クラゲだって、まさか地球に住むクラゲをいきなり全部人工天体に引き上げようなんて暴挙には出ないだろう。


『カイト三位市民! クラゲは地球と人工天体でどれくらいに分布させれば良いだろうかな? 我々は安心のためにも人工天体に九割はいた方が良いと思うのだが!』


 多分。きっと。おそらく。


「せっかく戻った地球の環境をブチ壊す気ですか。多くて半々でしょうよ。本当にやるなら、冷静な判断が出来る機械知性の指示に従って決めてください」

『しかしだな』

「……いいですね?」

『ヒっ!?』


 本当に、地球のクラゲが関わると判断力や思考力がポンコツになるのだけはどうにかして欲しい。無理だろうけど。

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