目指すべき場所はいずこ

 生物や大気、土壌の回収が終わった人工天体は、テラポラパネシオたちの手によって一足先に移転予定地へと移動していく。

 二十あった人工天体が減るたびに、不思議と物寂しくなる。最後に残ったのは、ェマリモレスの船とクインビーだけ。眼下には、命の気配が失われた惑星ラガーヴがあった。

 カイトは、一回り小さくなったラガーヴの周囲に展開された力場を維持している。地中にまだ生存しているかもしれない微生物たちを守るべく、テラポラパネシオたちが作った力場だ。カイトにはこれほどの規模の力場を張る力はないが、展開された力場を維持することくらいは出来る。


『済まないな、カイト三位市民エネク・ラギフ。結局手伝ってもらうことになった』

「ま、見ているだけというのも味気ないので。お気になさらず」

『感謝する』


 ェマリモレスは恐縮した様子だったが、カイトも本心から言っている。口を出すだけ、見物だけではちょっともったいないと思ったのだ。

 リーンはどうしているか聞こうと思ったが、止めた。自分はこのプロジェクトを提起した立場だ。知ろうとするべきではないし、仮に嘆いていたとしてもかけられる言葉もない。

 いつか地球を移転させる日が来るとしたら、地球も眼下のラガーヴのような姿を晒すのだろうか。そうなる未来を思い浮かべてみて、不思議なほど心が動かないことにカイトは苦笑を漏らした。ここまで徹底的に地球に未練がないのか、自分は。


『キャプテン?』

「ああ、何でもないよエモーション。僕はもう連邦市民なんだなって思っただけさ」

『そうですか。トラムネルエンデ菌の培養、上手くいくでしょうか』

「さあ、どうだろうね。そういえば、あの菌を使って作る薬剤って何だったんだい」

『はい。簡単に言うと育毛剤ですね』

「……なるほど」


 それは支援者がつくわけだ。個人差や体質もあるから分類としては嗜好品の域を出ないということらしい。確かに、体毛が生まれつき存在しない種族もそれなりに存在する。

 だが、たとえばリティミエレの種族のように体毛が生態に大きな影響を持つ種族にとって、体毛の減少は死活問題だろう。熱心な支援者はどこまでも情熱的だろうから、対策を取っておいて良かった。この手のネットワークはどういう風に広がっているか分からないからだ。


『キャプテンもいつか世話になるかもしれませんしね?』

「気をつけないとなあ」


 思わず頭部に手をやる。そういえばカイトは身体改造の際に微細マシンを入れているが、毛髪のケアまではしてくれないのだろうか。

 と、そんな話をしている間にカイトの役割は終わりを迎えたようだった。


『待たせたな』


 もういい加減聞き慣れた、合成音じみたテラポラパネシオの声が聞こえてきた。


***


 個体に損失の出ないことを条件として厳命されたテラポラパネシオたちは、人工天体を動かしていた二十体以外にさらに四十体の個体をこの場に集結させた。

 六十隻のディ・キガイア・ザルモス。連邦以外の組織が見れば、すわ最終戦争の前ぶれかと恐れおののくような陣容らしい。カイトにしてみれば、元祖宇宙面白海産物が群れている以上の感想にならないけれど。


「それだけの数なら、皆さんに損傷は発生しないのですね?」

『うむ、心配してくれてありがとうカイト三位市民。生物や環境の維持に力を行使しなくて良ければ、惑星とてただ質量が大きいだけの岩塊に過ぎないからな』


 なんとも極端な物言いである。

 しかし裏を返せば、生物や環境を維持するための集中はテラポラパネシオの命を削るほどに繊細な作業ということだ。

 そこまでの負荷をかけずに済んだことを、素直に喜ぶことにする。

 ゆっくりと、惑星ラガーヴの回転が鈍っていく。回転を止めないまま運ぶより、止まった状態で運ぶ方が負荷が少ない。再度の回転は現地に到着してからすればよい、という判断だとか。


『さて、それでは先に行くとしよう』

『了解です。お気をつけて』


 テラポラパネシオとェマリモレスが、短い会話を交わす。

 ぐにゃりと惑星ラガーヴが歪んだように見えた。次の瞬間には、まるで泡が弾けるかのように、惑星ラガーヴもディ・キガイア・ザルモスもその場から姿を消していたのだった。


『……これで、プロジェクトの第一段階は完了した』


 感慨深げに、ェマリモレスが言葉を漏らした。

 もはやこの恒星系に、命ある惑星は存在しない。視線を横にずらすと、他よりは大きいが、まだここからでは小さく見える火の玉があった。決して遠くない未来、この恒星系と最接近する恒星だ。

 あれが通過した時、恒星系ラガーヴがどのように変貌するのかはまだ分からない。大した影響はないかもしれないし、ラガーヴと恒星が衝突して、新しい恒星に変化するかもしれない。もしも後者であれば、惑星ラガーヴは間違いなく滅亡していただろう。

 選択が正しかったのか、間違っていたのか。それを知る日はいつか来る。ラガーヴ王リーンはその時に行動していれば良かった、と嘆くのではなく。行動しなくても良かったじゃないかと笑い合える可能性を選んだのだ。

 その選択にかかった重圧が、せめて報われる結果であって欲しい。カイトはそう願うのだった。


***


 新たなラガーヴの居場所となる恒星系は、恒星の色以外は恒星系ラガーヴとよく似ていた。そういう恒星系を探したのだから当然だが、あとは生命が元通りか元に近いかたちで定着してくれれば。

 祈るリーンの様子には構わず、ェマリモレスは作業の大半をコロルケロルに引き継いだ。ここからの作業は繊細さが求められる。コロルケロルを始めとした、機械知性の高い演算能力が極めて重要になってくるからだ。


「揃っていますね。当然か」

「ああ。我々が最後だからな」


 表面の多くを削られたとはいえ、今も巨大な惑星ラガーヴ。それを囲むように力場で覆っているテラポラパネシオ。命や資源を大量に積載して二十の人工天体。

 ここからは星を再建する作業だ。第二段階は、ェマリモレスが担当した以上に誰も行ったことがない未知の領域。

 コロルケロルは何となく、あくまで見物としてここにいるカイトとその船を視界に収めた。連邦の常識をことごとく突き破ってきたあの非常識な来訪者は、とうとう惑星の居場所さえ移させてしまった。なんの論理的根拠もないが、あの三位市民がここにいるだけで不思議とすべて上手く行くような気がしてくる。


「では、始めましょう!」


 コロルケロルの言葉を受けて、一度静止していた惑星ラガーヴが徐々に回転を始める。恐ろしくも頼もしきテラポラパネシオが惑星に力を注ぎ始めたのだ。

 担当者である機械知性が回転と、新たな恒星との関連を観察して計算を始める。まずは恒星系の運動に惑星ラガーヴを馴染ませなくては。

 その後は大気や土壌を戻す。海洋もだ。それらが安定して定着したあとに、地上に生物たちを戻すことになる。やることは多く、そのために必要な計算も多岐にわたる。


「ェマリモレス。ひとつ提案なのですが」

「何だ?」

「惑星観察と、万が一の場合の環境保全のために、惑星ラガーヴに衛星を設置することを提言します」

「衛星? スタッフを常駐させるのか」

「はい。何しろ初めての試みです。完了後もしばらくの間、環境の変化を観察する拠点も必要でしょう?」

「それは確かにそうだな。どうする、リーン四位市民ダルダ・エルラ?」

「えっ」


 食い入るように作業を見つめていたリーンが、ェマリモレスから話を振られて慌てて振り返る。


「な、何でしょう?」

「コロルケロルの提案に関してだよ。惑星ラガーヴがこのまま安定すればいいが、何か不測の事態が起こらないとも限らない。何しろこのプロジェクト自体が初めて行うことばかりだからな」

「人工衛星ですか。……それがラガーヴの安全に繋がるのであれば、ぜひ」


 リーンはそれほど迷わずに答えた。カイトにあれこれ噛みついていたことが嘘のようだ。まあ、惑星を別の恒星系に動かすことを考えれば、衛星程度は些事かもしれない。


「了解です。それではカイト三位市民への提案をしてみましょう」


 おそらくカイトは断らないだろう。カイトが断らないなら、テラポラパネシオも嫌とは言うまい。惑星規模の異常が発生する場合、どうしたってテラポラパネシオの存在は必要だ。

 リスクと懸念が少し減った。だが、まだまだ作業はこれからだ。

 コロルケロルは複数の思考を走らせながら、新たな惑星ラガーヴの姿を回路に思い浮かべるのだった。

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