移転準備、始まる

 原生生物研究所の横やりは入ったが、 ひとまず惑星ラガーヴの移転は予定通りに進められることになった。連邦議会からの問い合わせにも回答を済ませ、カイトはクインビーに乗ってラガーヴの重力圏から抜け出す。

 見学しないかと誘いを受けたので、特等席で見物することにした。


「さてと、何から始まるかな」

『楽しみですね』


 エモーションも今回は情報を仕入れなかった。新鮮な驚きを楽しみたいとのことだったので、カイトは文句なく受け入れた。順調に情緒は育ってきているようだ。

 ラガーヴから二隻の船が飛んでくる。片方はリーンとブナッハが乗った船だ。このままェマリモレスの大型船に乗り込んで、カイトと同じく推移を見守るという。もう一隻は、急遽公社からやってきた船だ。トラムネルエンデ菌の回収と培養研究を行うために、パルネスブロージァが寄越してくれた研究船。


『キャプテン・カイト。ご依頼のトラムネルエンデ菌は回収しました。このまま公社に持ち帰り、培養のための研究に入ります』

「お願いします」

『それでは、失礼します。またこちらにも足を伸ばしてください。社長もお会いしたいと申しております』

「ええ、近くを通った時には必ず」


 とはいえ、公社の総旗艦であるヴォヴリモスには会いたくない人物もいて。ヴォヴリモスから離れたと人づてに聞くことがあれば寄ろうかな、などと不届きなことを考えながら船を見送る。光を伴って、公社の船は彼方へ消えた。

 さて、トラムネルエンデ菌の問題はひとまず解決した。公社の研究でどうにもならなければ、技術の廃れた連邦でもどうにもならない。その時には諦めて原生生物研究所の支援者に頭でも下げることにする。

 ェマリモレスの船の向こうから、惑星ラガーヴの生命や土壌を分割して搭載する、二十の人工惑星が姿を見せた。一つひとつに気合十分のテラポラパネシオが搭乗している。人工惑星を現場から転移させるためだ。


『カイト三位市民エネク・ラギフ。君のお陰でこのプロジェクトを無事に始めることが出来る。心から感謝するよ』

「いえ、僕はアイデアを出しただけですから。むしろこんなに早く、実施にこぎつけたスピード感に驚いていますよ」

『そうかい? 連邦には君が思っている以上に、君のアイデアに期待している者が多いんだよ』


 テラポラパネシオやトゥーナのような特殊な事例でもない限り、ほぼ全ての知性体は惑星で生まれ、いつか故郷を旅立つ。そして連邦に出会ったり、あるいは別の組織と出会ったりして自分たちの世界を広げていく。

 世界は広がっても、故郷はひとつだ。今回の惑星ラガーヴのように、彼らに何の落ち度もない災害によって、惑星が壊滅することはそれほど珍しいことではないのだという。連邦はそれが災害によるものであれば、知性体を退避させて諦めることを是としてきた。あまり無体なことをすると、別のところに悪影響が出てしまうことを経験として知っているからだ。

 カイトには自覚のない話だったが、どうやら惑星の移転というのは別のところに悪影響が出にくいギリギリの線だということらしい。


「成功を祈っています」

『うむ、祈っていてくれ。地球のクラゲのためにも!』


 結局それか。締まらないなあと思っていると、人工惑星から次々と見慣れたシルエットが出てきた。ディ・キガイア・ザルモスだ。

 宇宙クラゲは惑星ラガーヴの軌道上に適当にばらけると、惑星ラガーヴに向けて指向性のある力を放った。これは、つい最近見たことがある。


「強制入眠……!」

『なるほど、惑星に居住する生物を一時的に眠らせるわけですね』


 昼夜の別なく、種族の別なく。全ての生物を強制的に眠りに就かせる超能力。ツバンダの残党を眠らせた時には、連邦の改造を受けていた個体に向けた力だったというから、それなりに細かい調整も出来るのだろう。

 カイトが影響を受けなかったのは、宇宙クラゲと同等の超能力を使えるならば効かない、という理由らしい。


『ツバンダの連中に使った時に閃いたのさ。これはラガーヴでも使えるとね』

『ああ。逃げ惑う動物を追いかけて捕獲するのは時間とストレスがかかるのではないか、と問題になっていたのだ』


 あの事件も、今回の役に立ったというなら怪我の功名というやつだろうか。

 と、カイトの横をすり抜けて、無数の船が惑星ラガーヴに降下していく。眠っている動物たちを回収して、人工惑星に運ぶのだ。ここからは物量でいくらしい。


「てっきり直接人工惑星で乗りつけるのかと思いましたけど、違うんですね」

『生物がいるうちは、やめておくのが無難だろうからね。土壌の回収まで状況が進んだら乗りつける予定だ』

『おや。出てきましたよ、キャプテン』


 話している間に、先発した回収船が何隻か上がってくるのが見えた。そのまま人工惑星へと戻っていく。不思議なのは、船によって入る場所が違う点だ。


「別々の場所に入るのには何か理由が?」

『ああ。種族ごとに最適な環境を整えている。移転が終わるまでは覚醒させない予定だが、それでも周辺環境が住環境に近い方が負荷も少ないだろうからな』


 疑問に答えたのはェマリモレスだった。なるほど、惑星ラガーヴの生物がどれほどいるかは分からないが、適応した環境も違うのは疑いない。そしてそのまま、強制入眠から強制的な冬眠状態に移行させる予定のようだ。

 出来るだけ負担をかけず、移転先へ移住させようという強い信念が感じられる。


「心強いね。おや、あれは……」


 ひときわ巨大な船が、連続して上がってきた。収容量も多そうなそれらの船は、また別の人工惑星に入っていく。

 エモーションが中を調べていたようで、ェマリモレスから説明される前にカイトに教えてくれる。


『あれは惑星ラガーヴの海を回収したもののようですね。生物と一緒に搭載するのでしょう』

『正解だ、エモーション五位市民アルト・ロミア。こちらも個体にかかる圧力などを調整し、無事に生存できるよう取り計らっている』


 ラガーヴの海洋は地球と比べると随分狭いとは聞いていたが、それでも上がって来る大型船の数は非常に多い。

 地球で同じことをするとなると大変だろうな、と眺めながら考える。地球のクラゲを救うためと宇宙クラゲを焚きつけてはみたが、そもそも地球にだって寿命はあるのかもしれない。移転しても地球の死が避けられなくなる時が来るとして。そうなった時にはまた別の、根本的な解決策を考える必要があるだろう。


「ま、今はいいか」

『キャプテン?』

「いや、何でもない。お、ラガーヴの色がちょっと変わったかな?」


 海の回収がすべて済んだのだろう、ラガーヴの色が一部変わっている。前に惑星の色が変わるのを見たのは、地球が滅びかけていた時のことだ。その時と比べて、今はなんと希望に満ちた色の変化であることか。大型船が出てこなくなった。カイトが見ているのは惑星の一部だけだが、迂回してくる大型船もないようだから、海洋の回収は全て終わったのだろう。


「次は樹木と土かな」

『それが終わったら大気の回収でしょうね』


 それらが全て終われば、あとは惑星ラガーヴ本体の移転を始めることになる。

 圧倒的な物量で、カイトの予想以上のスピード感で工事は進んでいく。その様子を見ると、やはり連邦の技術力というのは想像も出来ないほど凄いのだなと感心させられる。


「リーンさんはこれを見て、どう思っているんだろうね」


 愛する故郷が解体されていく様を見て嘆いているのか、移転先へのの希望を胸に抱いているのか。

 出来れば希望であって欲しい。こんなに荘厳な光景なのだから。


『希望であって欲しいですね。未来への』


 エモーションも同じことを思っていたことが、意味もなく嬉しくなるカイトなのだった。

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