その言い分にはそれなりに理がある

 原生生物研究所は、連邦にあまたある生物の研究室ではそれなりに歴史と権威のある研究室らしい。そしてゴロウが参加した研究室とはやはり違った。

 カイトはここに来るまでの間に、呼ばれた理由は移転に反対するラガーヴ市民を説得してくれという話だと何となく思っていた。だが、まさか連邦の生物学者が現れるとは。予想外の話に当惑しつつも、まずは話を聞くことにする。


「それで、どういう話なんです?」

「彼らは連邦の原生生物研究所の職員だ。所長たちは現在、連邦議会にプロジェクトの中止を願い出ている」

「おや。つまり、連邦法に則って中止を求めているわけですか」

「その通りです」


 説明してくれたのはェマリモレス。こちらの確認に同意したのは研究所のメンバーの一人だった。

 視線を向けると、胸に手を当てて自己紹介を始める。これまでに出会ったどの種族とも似ていない。体毛はなく、皮膚はつるりとしている。トラルタン4で会ったリザードマン風の種族にどことなく似ているだろうか。


「原生生物研究所、副所長のウェリエンネ七位市民テトナ・イルチです。カイト三位市民エネク・ラギフにお会い出来て光栄です」

「はあ、どうも」

「カイト三位市民は、惑星を解体した後に別の星系に運び、再び組み立てる形で移転を果たそうとしていると伺いました。間違いありませんか」

「ええ。環境に出来るだけ負荷をかけず、恒星のニアミスから惑星ラガーヴを救うにはこの方法が良いのではないか、と提案しましたよ」


 特に隠すつもりもない。ウェリエンネの問いに答えると、ウェリエンネは深刻そうな顔で天井を仰いだ。何なのだ、一体。


「先ごろ、ツバンダ事件の裁判があったと思いますが」

「ええ。不本意ながら関係者となりましたね」

「裁判記録を読みまして、慌てて議会にプロジェクトの中止を申し入れました。こちらをご覧ください」


 ウェリエンネが取り出したのは、掌サイズの小瓶だ。中には緑色の粘液のようなものが入っている。


「そちらは?」

「トラムネルエンデ菌。惑星ラガーヴだけで確認されている細菌です。残念ながらツバンダでは禁止薬物の精製に使われていました」

「ああ、そんなものもありましたね」


 たしかブナッハ・ブーンが惑星ラガーヴに潜入した最大の理由が、この細菌の密輸だったはずだ。ブナッハがここにいない理由も何となく察する。

 そして、その話題が出たということは、原生生物研究所の理由も見えてくるというものだ。


「つまり、惑星の移転によってこの細菌が絶滅してしまうのではないかと危惧しておられる?」

「はい。トラムネルエンデは禁止薬物の精製にのみ使われていると思われるかもしれませんが、実際には貴重な薬剤の精製にも使われています。この細菌が失われてしまうのは連邦のみならず銀河の損失です。ご再考ください」

「なるほど」


 言い分を聞くだけなら、まったく理のない話でもない。

 カイトの反応に勝ち目を見たのか、ウェリエンネが勢いづく。


「そもそも、惑星の移転など方法としていささか乱暴ではありませんか。移転の際に発生するあらゆる困難が、惑星ラガーヴの生態系を著しく変えてしまう可能性だってあるわけですし!」

「ええ、いちいち仰るとおりです。僕だって、やりたくてこんな方法を提案したわけじゃありません」

「でしたら……!」

「そうですね。プロジェクトが中止になっても仕方ないと僕は思います」

『カイト三位市民!?』


 ノウハウを地球クラゲと地球のために使いたいテラポラパネシオが反応するが、カイトは片手でそれを制した。話はまだ終わっていない。


「では、この先発生する恒星ラガーヴと別恒星のニアミスに際し、この惑星ラガーヴを無事に存続させる対案をご提示ください」

「……対案?」

「僕たちとあなた方の間には、共通点があります。どちらも、惑星ラガーヴが今のまま無事に存続することを願っている。違いますか?」

「そ、それはもちろん」

「僕たちは、惑星ラガーヴに住む命を最大限守るために、移転という選択肢を提示しました。あなた方が提示される対案が、僕の方法よりも素晴らしく、この素敵な星を未来に残す可能性に満ちていることを証明してくだされば良いのです」


 そうすれば僕たちは喜んでプロジェクトを凍結しますよ、と。カイトの言葉にウェリエンネが黙り込む。他の研究員たちも同様だ。このプロジェクトは、色々な方法を検討した上で残ったものである。研究員たちが提示したものが検討済みのものであれば、その時点でこの話が意味をなさなくなる。


「ところで」


 そして、カイトは相手の言いたい放題に付き合うつもりはない。

 大体自分たちの主張だけを通そうとする連中というのは、往々にして後ろ暗い事情を抱えているものだ。


「あなた方はその細菌をどこから購入されたんです? まさかツバンダとは言いませんよね」


 ウェリエンネが目を逸らす。どうやらツバンダから購入していたらしい。周囲の視線が冷えたのを察してか、言い訳になっていない言い訳が始まる。


「し、仕方ないではありませんか。他に手に入れる伝手がなかったのです」

「その支払った資金で、ツバンダは私腹を肥やしたわけですがね。中間による搾取がなくなったから、今度は直接ラガーヴとやり取りをしたかったと」

「それは……」

「で、対案は?」


 あっという間に攻守が逆転した。テラポラパネシオが嬉しそうに揺れている。原生生物研究所の取った手続きは連邦法に則ったものだから、法の番人としては軽々しく反論も出来なかったのだろう。特に、今回の件では宇宙クラゲは利害関係者のど真ん中だ。

 そして、宇宙クラゲが反論できないとなると、ェマリモレスやコロルケロルが反論するのは難しいだろう。テラポラパネシオへの信頼が重過ぎるとこういう弊害も起きるということか。

 カイトはそういう空気を読むつもりはないので、宇宙クラゲの反論があろうとなかろうと言いたいことは言う。


「対案は……ありません」

「そうですか。それでは僕たちがプロジェクトを止める理由にはなりませんね」

「何故です!? 移転を諦めれば、ぎりぎりまでトラムネルエンデを採取し続けることが出来ます! ニアミスによって星が滅ぶのは仕方ないではありませんか!」

「その仕方ないで済ませたくない、というのがリーン四位市民ダルダ・エルラからの依頼だったからですよ。誰しも故郷の星の命を守りたいわけで」

「連邦法では! 知性体以外の生存権は必ずしも保障されない!」


 それはそうだ。現行の連邦法ではそのようになっている。

 だが、ウェリエンネの言葉はこの場では明確に悪手だった。


「……あなた方には、惑星ラガーヴの価値とはその細菌の価値しかないのですね」


 ぽつりと言ったのは、リーンだ。

 惑星ラガーヴを愛し、その存続のためにどんな苦労をも厭わなかった王。連邦議会から不興を買いながらも行動し続けた。不満も悔いもあるはずだが、最後にはラガーヴのより多くの命の未来のために、移転に同意したのだ。ウェリエンネの不用意な言葉は、言葉に出来ないほど不愉快だっただろう。


「それで、惑星ラガーヴが滅ぶ直前まで細菌の摂取を続けて、それが無くなった後はどうするつもりなんです?」

「どう、とは」

「その貴重な薬剤は作れなくなるんですよね? その後はどうするんです? 諦めるんですか」

「そうなりますね」

「ふむ」


 特に感慨もなく頷くウェリエンネに、カイトは違和感を覚える。いや、細菌を培養するという考えは、地球人的な感性なのかもしれない。何しろ連邦は、寿命と資源の問題から解き放たれて永いのだ。少ないものを培養して使うという感性が途絶えていたとしても不思議ではない。

 不愉快な連中にヒントを出す必要もない。カイトはその話はあとで確認することにして、ウェリエンネ達に冷たく告げた。


「貴重という割に、あなた方の考え方は行き当たりばったりが過ぎるようで。僕は議会にプロジェクトの中止を訴える必要はないと判断します」

「……後悔しますよ」

「へえ?」

「我々の薬剤を求めている方は多いのです。カイト三位市民、あなたはその方たちを敵に回しました」

「そうですか」


 こちらを睨みつけながら、部屋を出ていく原生生物研究所の面々。

 誰が敵に回っても特に怖くはないが、関係者だからと地球人たちに累が及ぶのは避けたい。リーンが研究員たちを追って出ていく。気配が十分に遠くなったところで、テラポラパネシオがぽつりと言った。


『済まないな、カイト三位市民。お陰で助かった』

「いえいえ。エモーション」

「はい。トラムネルエンデを利用して精製される薬剤のリストを確認しました。原生生物研究所の開発したものも公表されていますね」


 なるほど、材料が希少だから公開しても問題ないと思ったのか。

 エモーションは効果や価値についても説明しようとしたが、そこまで知る必要はない。


「ま、細かいことはいいや。トラムネルエンデがあればだれでも作れる?」

「ええ。それほど難しいものではありません。トラムネルエンデ以外の材料で精製出来ないかということでしょうか」

「それもある、ってところかな」


 首を傾げるエモーションへの返事として、ェマリモレスとコロルケロルに問いかける。


「確認ですが、現在連邦では細菌の培養とかは行っていないのですか」

「培養?」


 思った通り、反応が鈍い。

 宇宙クラゲは知っていたようで、少しばかり驚いたような声が響く。


『カイト三位市民は随分と古い技術を知っているな。かつては確かにそういう技術はあったよ。だが、培養出来ない菌類も多くてな。いつしか廃れてしまったよ』


 病気の治療に必須となる薬剤は、そもそも資源として合成するという。つまり、トラムネルエンデから作られる薬剤というのは、娯楽性が高いものらしい。


『培養か。技術データは残っていたかな……?』

「ま、不必要に敵を増やす必要もありませんしね。エモーション、トラムネルエンデ菌の培養実験を議会に打診しておいて」

「了解しました」


 地球の培養技術は残っているだろうか、などと考えたところで、ふとカイトはそういうのに詳しそうな相手を思い出した。


「あと、公社のパルネスブロージァ社長にも打診しておいて。公社ならその手の希少生物を保護する関係で培養技術とか持っていてもおかしくないから」

「なるほど。それでは議会への要望にその内容も含めておきましょう」

「よろしく」


 むしろ、惑星の移転に公社も一枚噛ませろと言ってくるかもしれない。

 可能性が上がるのは良いことだ。使えるコネは全部使う。


「惑星ラガーヴに住む命っていうなら、菌類だろうと動物だろうと生き延びるべきなのは一緒だものね」


 リーンの故郷への愛着に感化されてしまっただろうか。

 だが、不思議とこの判断を心地いいと思っている部分が、カイトの心のどこかにも確かにあったのである。

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