お役御免にはまだ早い

 裁判は始まるや否や、あっという間に終わった。

 拍子抜けするほどのスピード感。バットムテ元議員があまりにも素直に色々と認めたからだ。そしてカイトの思ったとおり、バットムテは連邦の機材による記憶データの確認を、いくつか明確にすり抜けていたことも明らかになった。

 それを最初に知ってしまったからか、アシェイドはずっと不機嫌だ。


「バットムテ師……いや、バットムテ受刑者が私に何て言ったと思う? 連邦の機械を誤魔化すのなんて簡単さ。だってあれはテラポラパネシオじゃないんだよ、だと」

「はいはい。それはもう何度も聞いたよ」


 ツバンダの運営に関与していた連邦市民については、基本的に全員が市民権を剥奪のうえ追放処分。生体データも抹消され、連邦の外へと落ち延びて行った。よほどの手腕でもない限り、身を立てるのは困難だろうというのが議会の見通しだ。

 バットムテに関しては、セメノーンへの軟禁という形に落ち着いた。市民権の剥奪も生体データの抹消も済んでしまっており、連邦にはそれ以上の罰は原則的に存在しない。一方で、バットムテを慕う市民は各地に多くおり、未だに今回の裁判を何かの間違いだと信じている層もいる。追放しようものなら、そういう支援者が陰に日向に支援するのは目に見えていた。

 何より、機械で吸い上げきれない記憶データが残っているかもしれないのが大きな問題だった。不用意に追放してしまうと危険という意見も出たようだ。

 結果として、どこかの星系で寿命を迎えるまで軟禁するというのが落としどころと判断されたようだ。軟禁場所もどこにするかは紛糾したのだが、結局は生まれ故郷のセメノーンが選ばれた。


「大丈夫なのかい、セメノーンで」

「仕方ない。ツバンダとセメノーンには繋がりがない。どう調べてもね」


 アシェイドも苦い顔だ。カイトはバットムテが隠したかったのはツバンダとセメノーンの繋がりだと思っている。だが、公的な調査では両者の間には関係がないと証明されてしまった。アシェイドの追及もかわしきったというから、バットムテの逃げ切り勝ちと認めるほかない。

 だが、バットムテは今後二度と表舞台には出てこない。カイトにはそんな確信があった。少なくとも、裁判の時に証人として出廷した地球人たちに深々と頭を下げて謝罪した姿に嘘があったとは思わない。

 どういう事情で彼がツバンダに関わることになったかは分からずじまいだったが、もしかすると彼はツバンダとの関係を終わらせたかったのではないか。そんな風にも思えて。


「まあ、君には今回も随分と世話になったね。私はこれからしばらく研究所に出向しなくてはならない。やれやれ」

「議会の仕事はどうするんだい」

「兼任だよ。出席は免ぜられているけど、通信機材さえあれば議会に参加は出来るからね」


 名残を惜しむように紅茶を飲み干して、アシェイドは席を立った。バットムテが機械によるデータの吸い出しに抵抗したことから、新しい機材の開発に協力する羽目になったのだとか。尋問の大部分を行ったのがアシェイドなので、アドバイザーの一人に抜擢されたという。

 仕事が増えて大変だが、嫌がってはいない。アシェイドという人物は元より働くことが好きらしい。


「そうだ、君はどうするんだ?」

「僕かい? まあ、またしばらくはあちこち飛び回って地球人の意志確認かな。必要とあれば救出もするし」

「いや、そうじゃなくて」

「?」


 言葉を濁すアシェイドの視線。それを追いかけると、そこには。


『た、頼む。力を貸してくれ、カイト三位市民エネク・ラギフ

「またですかぁ!?」


 力なくふよふよと宙を漂う、テラポラパネシオの姿があった。


***


 カイトは逃げ出したかった。

 しかし逃げられるような状況ではなかった。


「……まあ、仕事が増えたわけじゃないからいいんだけどさ」

『お断りすればいいじゃないですか』

「じゃあ僕の代わりに断ってきてくれるかい」

『無理を言うものではないですよ』


 クインビーの中で、カイトとエモーションはいつものように軽口を叩き合う。向かう先は惑星ラガーヴ。リーンとブナッハはようやく惑星の移転先を決めて、移転に向けた準備を始めていた。話は順調だと思っていたし、方針を決めた後はェマリモレスたちに任せる運びになっていたのだ。

 それが、急遽力を借りたいと言ってきた。間違いなく厄介ごとが起きている。行きたくないなと思いつつも、プロジェクトに関わっている以上は無視も出来ない。


「見えてきちゃったね。……はぁ」


 緑色の星。惑星ラガーヴである。

 恒星系ラガーヴにおいて唯一生命体が居住する惑星であり、遠からず恒星のニアミスによって壊滅的な打撃を受けることが予想されている。

 果たしてどんな問題が待っているのか。


「見栄えは良いんだけどねぇ」

『それには同感ですね』


 来てしまった以上、不満ばっかり口にしていても仕方ない。さっさと終わらせようと心に決めて。カイトはテラポラパネシオの誘導に従って、クインビーをラガーヴへと降下させるのだった。


***


「カイト三位市民! ラガーヴへようこそ!」


 ラガーヴ唯一の宇宙港。

 クインビーから降りたカイトとエモーションは、リーンから歓迎を受けた。中央星団で会った時と比べると、随分明るい。本来はこちらが素の性格なのだろう。

 ブナッハはいないようだ。聞くと、王宮で政務を執らせているのだとか。普通は逆ではないのかと思うが、事務的な作業であれば生身よりも機械知性の方が向いているのは道理だ。色眼鏡で見なければ、役割分担としては間違っていないのかもしれない。


「綺麗な星ですね」

「ありがとうございます。私が言うのも何ですが、良いところですよ」


 目的地に向かうまでの間、リーンは通りがかったラガーヴの名所を滑らかに解説してくれる。思っていたより話術も達者だ。中央星団の暗い様子を見ていたカイトからすると別人かと思うほどに違う。

 それほどこの星に愛着があるのだとすれば、なるほど極めて愛情深い。


「それで、僕たちはどこへ向かっているのですか」

「王宮です。ェマリモレス五位市民アルト・ロミアやコロルケロル六位市民アブ・ラグも一緒ですよ」

「ふむ」


 先にラガーヴに来ていた者たちも王宮にいるという。星からの転居は進んでいるようで、向かっている間に他の市民を見かけることはほとんどなかった。それでいて、周囲は閑散とはしていない。他の生き物が出している騒がしい音が、耳に心地よかった。


「キャプテン」

「何だい?」

「随分とリラックスしているようですが」

「そうかい? そうかもね」


 周囲に生物の気配を身近に感じるのは、久々だ。トラルタン4の時は仕事だったし、未開惑星だったので雰囲気が違った。あそこはもっと、命のやり取りが近い殺伐とした空気が満ちた場所だった。

 生命の危険と隣り合わせではない、生命の気配に満ちた星。自覚はなかったが、思ったよりもこういう環境に飢えていたのかもしれない。


「なるほど、こりゃあ捨てがたいや」


 リーンには聞こえない程度に、小さな声で呟いた。


***


 王宮の会議室には、ェマリモレスとコロルケロル、そしてテラポラパネシオの姿があった。

 机を挟んで反対側には、ラガーヴ人とは違う風体の知性体が四体。こちらを睨むようにして座っている。


「お待たせした。カイト三位市民をお連れしたよ」

「どうも」

「カイト三位市民! 済まない、呼び立ててしまって」


 ェマリモレスがこちらを向いて礼を述べる。テラポラパネシオとは異なるつくりの触腕を伸ばして、カイトとエモーションが座る椅子を示す。

 促されるまま座るが、そもそも何故ここに呼ばれたのか分かっていない。リーンの方を見ると、頷いて四人を示した。


「こちら、連邦の原生生物研究所の方々です」

「初めまして。カイトです」

「初めましてカイト三位市民。お噂はかねがね」


 原生生物研究所。聞いたことはない。ゴロウが就職した研究室と名前は似ているが、微妙に名前が違うような。

 挨拶のイントネーションにも微妙に棘があった。


「それで、こちらの方々はどういった事情でこちらに?」

『うむ。彼らは惑星ラガーヴの移転を認められないと乗り込んできたのだよ』


 話を引き継いだのは宇宙クラゲだった。

 まさかまた、ブナッハ・ブーンの置き土産か何かだろうか。剣呑な視線をリーンに向けたが、彼は首を慌てたように横に振った。意図は伝わったらしい。そして、どうやら違うらしい。


「カイト三位市民。あなたが惑星の移転について提唱したと聞いています」

「ええ、そうですが」

「申し訳ないが、我々はそれを認めることは出来ません!」


 だから何で。

 誰か理由を説明してくれ。宇宙クラゲはいつだって説明が足りないが、それは連邦全体の傾向なのだろうか。

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