惑星ラガーヴの移転先
ラガーヴの移転先の候補が決まったという話が舞い込んだのは、七基めの人工天体の竣工の報告と同時だった。さすがに連邦、仕事が早い。
移転先の恒星系について、専門的な知識を持ち合わせていないカイトにアドバイスできることは何もない。にも関わらず報告が届くのは、アイデアを出した人間への最低限の礼儀なのだと思いたい。……思いたかった。
『頼む、カイト
「またですか」
思わず口にしてしまう。宇宙クラゲの表情などというものは分からないが、何となくバツが悪そうにしているのは分かる。
「で、今度は何です?」
『う、うむ。どうにか候補地を四つに絞り込んだのだが、どこを最終候補地にするかが決まらなくてな』
「ほう」
むしろこの短時間に四ヶ所も見つけられたのかとカイトは驚いた。この銀河の半分近くを版図に収める連邦の環境で、移転に向いた宙域。探せばあるとは思っていたが、連邦の情報掌握能力は圧倒的だと痛感する。特に自分たちの勢力圏では。
だが、決まらないと宇宙クラゲは言った。それはつまり。
「どの場所も元のラガーヴの環境と比べて、問題点があるということですね?」
『その通りだ。問題というほどではないが、何しろラガーヴの民は少々自分たちの意見を通したがる傾向にあるからな。どうしたものかと悩んでいるのだ』
その懸念はカイトも十分すぎるほどに分かっている。リーンが特別故郷に愛着を持っているわけではなく、あれは種族的な思考形態らしい。いや、普通はそういうものなのかもしれない。
ともあれ、宇宙クラゲが何を気にしているのかは理解した。そして、それが決して考えすぎではないことも。
「つまり、最低限リーンさん辺りが納得する場所を選びたい、というわけですか」
『そうなる。何か良い知恵はないだろうか』
テラポラパネシオがカイトに相談してきた理由は分かる。他のスタッフはリーンに良い印象を持っていない。それはラガーヴの民に良い印象を持っていないことと同じだ。彼らに相談すれば、納得させる必要などないからこちらで主導して決めれば良いと言い出すに違いない。
変に軋轢を残すと、後で確実にややこしいことになる。宇宙クラゲにしてみれば、重要なのはラガーヴではなく未来の地球だ。地球に住まうクラゲの未来の為にも、ここで後ろ向きな風評が流れるのは避けたいはず。
「そういうことなら、僕が出せるアイデアはひとつだけです」
『何かね!?』
「向こうに決めさせればいいんですよ。好きな場所に移転先を選ぶと良いと」
『はぁ?』
***
カイトの部屋の壁面に、十台からのモニターが並ぶ。そこには今回のスタッフ達が映し出され、相手を待ち受けていた。
最後のひとつのモニターが点灯する。映ったのはリーン、そして。
『おや、リーン
『はい、テラポラパネシオ様。私はラガーヴに仕える機械知性のブナッハと申します。よろしくお願い申し上げます』
『ブナッハ
『それは失礼いたしました。リーン陛下がお留守でしたので、惑星ラガーヴの政治を代行しておりましたので、本日はその報告に』
ブナッハの口調は丁寧だが、どことなく棘を感じる。ラガーヴの内政を引き受けていたというのは確かなのだろう。報告も嘘はないと見た。だが、ここでリーンと一緒に会議に参加したということは、何か意図を感じる。
リーンも心なしか顔色が良い。味方のいない会議の席に、絶対的な味方がいるので安心したのだろう。まさかそれだけのために呼び寄せたということはないはずだが。
『そうか、ご苦労だった。この会議はラガーヴ王のリーン四位市民と我々との重要かつ高度な機密を伴うものだ。手間を取らせて済まないが、しばらく外してくれたまえ』
ェマリモレスが口火を切る。だが、カイトはその発言を悪手だと見る。
確かにその内容は冷静で有無を言わせない道理がある。だが、相手はリーンを補佐してきた機械知性、ェマリモレスの発言への反論も既に用意してあるらしい。
『なるほど。ラガーヴの政治における何かしらの権力を保持していないと参加が許されないということですね?』
『その通りだ』
まずい。カイトは思わず額を押さえて天を仰いだ。
『それでは私もこの会議に参加する資格があると判断します。現時点で、ラガーヴの内政の90%は私が判断・行使していますので』
『え? あッ!』
ェマリモレスが反応する。嵌められたと気づいてももう遅い。
内政を任されている機械知性であるなら、確かに参加する権利はある。
ェマリモレスが言ってしまった以上、突っぱねようがないと判断したのだろう。テラポラパネシオが許可すると一言述べた。
『ありがとうございます。それで、本日の会議の議題とは』
『あ、それはだな』
ちらちらと、ェマリモレスの視線がこちらに向くのを察する。自分が何かを発言すると言葉尻を捕らえられるのではと警戒しているらしい。
やむをえず、会話を引き継ぐことにする。
「改めまして、ブナッハ六位市民。アイデアの発案者のカイトです。本日の議題は、惑星ラガーヴの移転に関するものです」
『なるほど、貴方がカイト三位市民ですか。移転については、リーン様から伺っております』
「そうですか。それなら話は早い」
あくまでにこやかに、ブナッハに語りかける。ブナッハは決して好意的な反応を見せなかった。これはカイトのアイデアにも納得していないと見た。
「現在、連邦は惑星ラガーヴの移転先候補として、四ヶ所の宙域を候補に挙げています。おふた方にはそのどこを選ぶのか、選定していただきたいと思っています」
『チッ』
舌打ち。リーンかブナッハかは分からなかった。カイトの言葉は明確で曲解できる余地がない。そのことに対する苛立ちだろう。
リーンはこちらを直視してこない。ェマリモレスと同じく、カイトを警戒して発言しないようだ。つまり、説き伏せるべき相手はブナッハのみ。
「宙域と恒星系の名前は伏せさせていただきます。余計な先入観を与えたくありませんので」
『……良いでしょう。それで、その四ヶ所とは』
「第一。恒星の放つ光の量と質、恒星系の友邦となる星々の情報がこちらです」
テラポラパネシオから送られてきた情報を、端末を操作してモニターに表示。カイトのモニターだけでなく、会議に参加しているスタッフ全員のモニターに映ったようだ。おお、と数名から声が上がる。
『なるほど。データ上は問題がないように見えますが、ラガーヴをどこに配置する予定ですか』
「第四惑星の軌道上ですね。問題点とはこちらです。およそ同じ環境で恒星を回っている惑星が存在します。この惑星に生命の発生はありませんが、惑星ラガーヴが移転した場合、軌道上にふたつの惑星が存在するという状態になります」
『なるほど。これは確かに問題ですね。惑星の排除は現実的に可能ですか』
「排除は可能と報告が来ています。また、この恒星系には生命の存在する星がありませんので、そういう意味でも天体のすげ換えは問題ないかと」
『了解しました。それで、次は』
保留、といったところらしい。カイトも促されるまま、残り三つの恒星系についても説明する。
第二が、恒星の放つ熱量が高い恒星系。光量と熱量の関係上、惑星ラガーヴの移転先は今までよりも恒星から遠い位置になる。この移動先の問題点は、惑星の一周期が延びることだ。
第三が、恒星が年老いている恒星系。言うまでもなく、恒星の寿命が他より短いのが大きな問題だ。寿命が短いと言っても千年や一万年単位の寿命ではないから、この問題は無視しても構わないといえば構わない。強いて言うなら、そう遠くない未来にふたたび惑星を移転させる必要に迫られる日が来ることだろうか。
最後は、他に生物の住んでいる星がある恒星系だ。知性体もいるので、彼らが宇宙に進出してきた時に問題になる可能性は高い。ある意味で最も厄介な恒星系と言えた。ただし、環境的にはもっとも恒星系ラガーヴに近い。
どれも一長一短がある提案だが、カイトはリーンたちが乗って来るのであれば最初の恒星系だろうと思っていた。問題点の解決には、これが最も手っ取り早いし現実的だ。
ブナッハもどうやらカイトの説明に何やら感じ入ったようで、うんうんと頷いている。
「以上です」
『なるほど。何かしら制約があるということですか』
「そうなりますね」
『……それでは、カイト三位市民。私はこの会議に今回から参加しましたので、基本的なことから確認させていただきたいと思うのですがよろしいでしょうか?』
来た。本題はこちらだったか。
カイトは薄く笑みを浮かべると、何なりとと答えるのだった。
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